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毎日の中でふと思ったことを書きとめてみました。
●12月29日(水)
寒い。寒いと思ったら、雪が降ってやがる。うーさぶい。
この寒さの中、例のコールセンタから連絡が入り、新年五日から職場に復帰する事になった。しょうがない。条件面だって悪くないんだから、アソコで頑張って働くしかない。半分諦めて、時間の切り売りをあそこでしよう。
そうだ。時間を切り売りして、その対価として給料を貰うのだ。そんな仕事が面白いわけ無い。あ。そうか。困っている人を助けてあげる仕事と思えば、いいのだ。これで少しは気が楽になってきた。
それにしても、明日はスタジオだってのに今日はこんなに雪なんか降りやがって、明日一体どうなるんだろう。心配だ。まさかタイツはいてドラムなんて叩けないし。ムレてしまう。明日は相当な重ね着をしていかないと、「責任者出て来い!」というような事態を招きかねない。寒さ対策は万全にして、気をつけてスタジオに臨もう。
しかしこの寒さはまさに画期的な寒さだ。寒くて寒くて、筆が進まぬ。ストーブを「強」にしても、ウチの電器ストーブじゃヘナチョコすぎて、あまり効果はない。仕方が無いので部屋の中でも、モコモコの重ね着をして、モコモコしている。
こうなったら仕方ない。中から身体をあっためてやるしかない。まだ昼間の三時だけど、ちょっくらガソリン入れてみっか。・・・暖まってきた。こりゃ相当暖まってきた。ストーブが暑く感じる。ちょっくらストーブを弱めよう。
明日の宴会は、こりゃきっと鍋だな。其れとショーチューのお湯割りに梅入れて。寄せ鍋。キムチ鍋もいいな。五人前ぐらい一気に頼んでしまう。大鍋がぐつぐつぐつ。こりゃ相当身体が温まる。其れにガソリンもガンガン入れるぞ!
それにしても、天気予報によれば、明日は晴天だそうだから、今日は暖かくしてじっとして、おとなしくして、ガソリンも程ほどにして、カレー喰って、明日に備えよう。
あんまり寒いので、今日はもうこれで終わりっ!
●12月28日(火)
ヤマト運輸の面接は、即決でOKとなったが、連続勤務がニヶ月までしかできないそうで、条件面でNG。また振り出しに戻った。
結局、例のコールセンタで、また働きに出る事となった。またややこしい講習が三日間有って、其の後現場に配属になるらしい。もうこうなったら背に腹は代えられない。こちらは、入学金という大事な金を稼がねばならないのだ。しかも来年の一月二十六日までに。入学金を稼いで、是を納付しない事には入学は許されないのである。だから、入学金は是非稼がねば成らない。
高層ビルでの仕事は厭だけど、仕方ない。仕事なんだから、其の時間を売って、其の対価としての給料を貰う訳だから面白いワケがない。半分諦めて働くしかない。
と言うわけで、「試験休みはもういいので、職場に復帰したい」旨を例の会社に連絡した。もうこうなったらイケるとこまで、イッたれ!ヤッたれ!アー。またもやキアイの入れなおしでうんざりする。
でも、お金を稼ぐってのは、大変な事なんだから、適当にキアイ抜きながら頑張っていかないと、入学金は稼げない。其れに、入学金は待ってはくれないのだ。入学しない事には、我が青春の高田馬場がパーになってしまう。
この手で再び青春を取り戻す為にも、アルバイトを頑張ろう。そして、再び青春を謳歌しよう。
いざ高田馬場。我が青春の日本福祉教育専門学校。PSWを頑張って目指そう。
●12月27日(月)
突如として働きたくなった。其れも、ヤマト運輸で「荷物の仕分け」という「作業」をしたくなったので或る。
一旦決めたら、行動は素早い。ヤマト運輸東京ベースに電話をし、「今、アルバイトの募集は、ありますか?」と電話を入れた。担当の方は、「有るけど、来年からなら」と言う事なので「来年からで結構で御座います。」と言う話になり、明日、面接に行く運びとなった。
ヤマト運輸の担当の方は「今日にでも、来てもらってもいいですよ」と積極的だ。さすがに今日の今日では困るので、「じゃ、明日にでも」と云う話になったので或る。こういう話運びになると、コーフンしてくる。気分も昂揚する。
例のコールセンタのアルバイトは、とりあえず「試験休み」を貰ってあるのだが、其のまんま「長ーい試験休み」にしてしまえばいいのだ。あんな新宿の高層ビルでのデスクワークは小生には不向きだ。一ヶ月やっただけで、身体もココロも神経もズタボロになった。あそこは、道理で出入りが激しい訳だ。
と、云う訳で、明日はヤマト運輸・東京ベースでの面接試験だ。ひとつキアイを入れて頑張ってこよう。午後二時三十分の東陽町溌の、ヤマト運輸専用送迎バスに乗ってしまえば全ては決まる。
労働者は、矢張り、労働するに限る。大切なのは、ココロと身体のバランスなのだ。
●12月26日(日)
カツ丼を食べた。しかも自分で作って食べたのだ。材料はトンカツ、タマネギ、玉子、めんつゆ、ゴハン。以上。
普段なら、コレステロールとか中性脂肪とかを気にして、近所の肉屋かなんかでヒレカツ二つとコロッケに刻みキャベツ。其れにソースタップシ。以上。それだけ。とこうなるのだが、最近ではめっきり食が細くなって、焼いた塩ジャケとか、納豆とか、たまにカレーとか、奮発してギョーザ十個とか、そんなもんばっかり食べていたものだから、ここらで、思いっ切り「胃にドシンとくるもの」が食べたくなったのだ。
しかも自分で作って自分で食べるのだから、ソバ屋でカツ丼の大盛りを食べるのと違って、儲ける必要は一切無く、カツ丼のメインとなるトンカツの吟味から、味付け、丼ブリの大きさからゴハンの盛り具合、築地の市場なんかで、カツ丼の「アタマ」と言われる煮カツの溶き玉子のゆるさ加減まで全部自分で調節でき、しかも、今、其処で出来たてのアツアツを食べることが出来るのだ。ここが、自分で作るならではの長所であろう。
カツ丼の中心となるトンカツについては、最も注意して是を選択せねばならないので、十分な吟味をした。その結果、選ばれたのが、近所にもある「新宿・さぼてん」のロースカツで或る。これがデカい。カツ丼のドンブリに余るほどデカい。しかも厚い。これは、普通のドンブリじゃダメで、ラーメンの丼ブリを使う事になるのであろうか。しかし、ラーメン丼一杯のカツ丼を食べきれるのであろうか。其処に少々問題を感じた。問題を感じたので、結局用意したのは、中華丼なんかが良く盛られているぐらいの深さの皿よりも、もっと深めのカレー皿であった。この皿は、小生宅では、よくカレーを食べる時に用いられる。中華皿より深めの、万能皿で或る。
さて、いよいよカツ丼の作成に取り掛かる。まず、シルを用意する。シルは多少濃い目にメンつゆを薄めて作っておく。そして、小さい方のフライパンを取り出す。小生は大きい直径三十センチぐらいのと、小さい直径二十センチぐらいのと二つのフライパンを持っている。なので此処では小さい方のフライパンを使う。
そして、フライパンを強火で熱し、其処へ一気にメンつゆと刻んだタマネギをタップシ入れる。自分で作って自分で食べるのだから、儲ける必要など一切無いので、此処ではタマネギはタップシ入れる。
タマネギに「多少火が通ったかな?」と言うところで切ったトンカツを、新宿さぼてんの巨大トンカツをいれ、蓋をし、しばしグツグツする。そして、全体を暖める。
全体がグツグツの佳境に来たら、溶き玉子なんと三個をかき混ぜ、一気に入れてまた蓋をする。そして、此処が重要なタイミングで、「グツ?と言った?かな?」と言う時に火を止め、しばし蒸らして、玉子を半熟の状態にする。後は、例のカレー皿に熱いゴハンをよそって、出来上がった巨大なカツ丼のアタマを乗せるだけである。
こうして、巨大カツ丼は出来上がったので或る。湯気がモーモーと出ている。カツ丼のカツが厚くてデカい。カツ丼のシルもタップシある。是をだな、もう、ただひたすら、フーフー言いながらハフハフと食べたのである。カツ丼のカツもいつもとは違って巨大ロースカツ。幾ら喰っても一切儲けなしの巨大カツ丼。ひたすらアグアグと食べる。こうして小生はお腹いっぱいになったのでした。
●12月25日(土)クリスマス▼▼〆
矢張り、昨日は厄日だったのである。みなさん。来年の元旦には、「あけましておめでとうございます。平成十六年 元旦」と印刷された、恐怖と戦慄の、まるで不幸の手紙のような年賀状が届きますが、ひとつ、この間抜けさに笑ってやってください。来年は平成十七年だっちゅーの。あー。またひとつ間抜けな事をしてしまった。
いいんだ。どうせ小生なんて。所詮間抜けなんだ。平成十七年に平成十六年の年賀状出して。いいんだ。笑えばいいさ。小生の事を。「アイツはやっぱり阿呆だ」って。
今日だって、何の予定も無い。精神病院に朝行ったきりだ。後は手足のツメを切ったぐらいだ。どうせいいんだ。小生なんて、手足のツメを切って、クリスマスだって何の予定も無くたって。第一、ウチのお墓は天台宗のお寺に在るのだ。キリストの生誕とは無縁だ。其れに、代々神職を務めてきた家系でも在る。だから、ウチの宗教は、神道だ。いいんだ。クリスマスと関係なくたって。どうせいいんだ。笑えばいいさ。
皆で小生の事を笑えばいいんだ。「アイツはアホだ」って。そうさ。どうせ小生はアホさ。「中島らも」ばっかり読んで。後は、東海林さだおとか西原理恵子とか、酒飲みながら、そんなもんばっかり読んで。
今夜だって、夕食は肉野菜イタメだし。どうせいいんだ。肉野菜イタメを精一杯喰おう。そして、シャンパンでもなく、ワインでもなく、ショーチューの緑茶割りを独りで啜ろう。そして、ミジメなクリスマスの晩を肉野菜イタメと共に過ごそう。そして泥酔し、「コンチクショー」と叫ぼう。
しかし、だからといって、夜中に犬などを追い掛け回す事は、してはいけない。こんなクリスマスだからといって、年賀状を作るのに失敗したからと言って、夜中に犬などを追い掛け回す事は、ひとりの成人男子として、してはいけない。
●12月24日(金)クリスマス・イヴ▼▼〆
年賀状を刷った。来年は、平成十六年で良かったんだっけ?
出来た年賀状がこれまた間抜けだ。自宅の住所の部屋番号が途中で抜けている。完全に印刷されていないのだ。刷った年賀状を出しに行く時、自分の年賀状をつくづく眺め、部屋番号が完全に印刷されてない事に気付き、「あははは。こりゃ間抜けだわ。」と、独りで関心してしまった。きっと来年は間抜けな一年になるのだろう。
昨夜、勝麺壱に電話をした。勝麺壱は元気そうであった。小生が「ギター欲しいんだよね。」と話すと、「買やあいいじゃねえか」と、にべもない。そりゃあそうだ。でも、小生は勝っちゃんとお話しがしたかったのであって、ギターの事などどうでもいいので或る。
勝っちゃんとは三十分も話しただろうか。今月三十日のリハの事をしきりに気にしていた。誰が来るんだ、とか、宴会は席だけでも予約しておいた方が良いんじゃないか、とか。練習はしてるのか、とか、セッションはどうするのか、とか。
「なるようにしかならないんじゃないの」と言ったら、「そりゃあそうだけど、まあいいか。」的な事を言っていた。んもーヘンな所で細かいなあ。勝っちゃんは。いーじゃんかあ。どうにかなるって。
でも、今日はもうクリスマス・イヴ。小生はタコヤキ相手にショーチューの緑茶割り。今年は盛大且つ壮絶なクリスマスを期待していたのに、今年もまたこうなった。独り者は侘しい。侘しいという字をよーく眺めてみると、如何に侘しいかが良く解る。そして侘しさも増してくる。そして、侘しいクリスマス・イヴを、涙にむせびながら、タコヤキをつまみつつ、ショーチューを飲み、其れが、やがて、ヤケ酒となり、泥酔し、「コンチクショー」などとブツブツつぶやき、荒れ果てて、そして眠るので或る。
いいんだ。どうせ俺なんて、ギョーザでも食って、クリスマス・イヴを過ごす運命にあるんだ。もう諦めて、今夜は飲もう。「本格純米焼酎・よかもん」を頼りに、これからは生きて行こう。どうせいいんだ。小生には、タコヤキとギョーザのクリスマスがお似合いなんだ。独りきりのクリスマス・イヴ。ウメボシでも齧って寝よう。
こんな事辛くないやいっ!慣れっこだいっ!
●12月23日(木)天皇誕生日
久しぶりに林檎を食べた。勘違いしないで欲しい。椎名林檎を食べた訳ではない。コンビニで売っているカット・フルーツを食べただけの事で或る。でも、出来る事なら椎名林檎も食べてみたい。
林檎を食べたのは何年ぶりだろうか。独身男に林檎は似合わぬ。独身男が八百屋で林檎を買っている姿を、小生は見たことが無い。せいぜいみかんかバナナで或る。気張ってパイナップルと言うところだろうか。パイナップルを買うのは小生で或る。
昔は、オヤジに、食後に良く林檎を食べさせられた。「歯の掃除になる」という理由からで或る。でも、今、良く考えてみると、食後に林檎を食べたからと言って、歯の掃除になる、とは思えんが。
ウチのオヤジと云う人は、とかく果物が好きだったらしい。いつでもバナナや林檎や梨や、みかん、と云った季節の果物がテーブルの上にころがっていた。小生は、果物は、有ればまあ食べる、無ければ無いで別にどうということは無い、という少年で在った。
しかし、この歳になってみると、何故か矢鱈と果物が欲しくなってきた。今の季節なら苺なんかを口いっぱいに食べてみたいな、と良くそう思う。でも、わざわざ苺を買ってきて食べよう、とは思わないので、此処が不思議なところで或る。
小生は、食い物に関しては殆ど無頓着で在るからして、このような按配になったのかもしれない。しかし、カツ丼や串カツや、餃子や野菜炒めライスや、タンメン等は、時たま無性に喰いたくなるから困ったものだ。
●12月22日(水)
いつものように家で酒を飲んでいたら、急に餃子が食べたくなり、いつものラーメン屋の軒先で売っている生餃子を買おうと、出掛けて行ったら、本日はお休み。
「食べられない」
となると、食べたくなるのが人間の欲望で、どうしても、焼いた生餃子を食べたくなって、自宅から暫く離れた「松坂屋ストア」まで行って、生餃子をゲットしてきました。
しかし、この餃子、いつものチビ餃子とは違って、表記に「丸上 手作りジャンボ餃子」と或る。小生は、多少狼狽し、だじろぎながらも、この生餃子ニパックを手にするのであった。
そして帰宅。敵は、この「丸上 手作りジャンボ餃子」で或る。コイツをいかに料理してみせようか。小生は、王道を辿った。生餃子を焼く王道で或る。しかし、此処は、相手が「ジャンボ」であるからして、多少警戒を要した。
いつものように、秘伝の量の油をフライパンに注ぐ。フライパンの温度は秘伝の温度で、丁度いいようだ。此処で、片栗粉にまみれた生餃子を、フライパンに乗せる。
そして、秘伝の量の●●をフライパンに注ぐので或る。そして、しばし待つ。●●が、●●するまで待つのだ。
頃合いは良し。此処で秘伝の量の油を、再度餃子の上にかける。
此処で、音が変わる。フライパンから出る音が変わるのである。●●●●という音から、●●●●という音に変わる。この音が問題なのだ。
●●●●という音が、●●●●と、●●●を揚げているような音に変化したら、其れは、餃子が焼きあがった証拠だ。
こうして出来た餃子は、焼き面はカリッと、裏面はもちもちっとして、中はジュウシィで、アツアツで、とてもウマいのであった。
●12月21日(火)
昨夜は夜中の三時頃に、こないだ扁桃腺を手術した、と言う友人の女のコから電話が掛かってきた。眠れず、小生と話がしたくなって、たまらず電話した、と言う事だった。
小生も昨夜はなんだか眠れなくて、悶々とした夜を過ごしていた。こんなに眠れないのは、例の、先日作った激辛カレーのせいである。激辛カレーを喰うと夜眠れなくなる。しかし、其の激辛カレーも昨日で終焉を遂げた。小生は激辛カレーを完食し、勝利を我が手中に収めたのであった。
それはそうとて、夜中の三時といえば、小生は意識モーロー中で或る。そんな意識モーロー中の中で、ん?電話が掛かって来たのは二時四十五分?通信記録にはそうやって載ってるなあ。まあでも大体三時ぐらいか。其れから、意識モーローとしながらも三時半ぐらいまで話をしたらしい。通信記録にそうやって記録されている。
そんな訳で、本日の小生は、多少寝不足気味で、こうやって駄文を綴っている最中にも、うっかりすると、意識がモーローとして、バタリ、と寝てしまいそうで或る。こんな時にラーメン大學へタンメンなんぞを食べに行ってはいけない。急性の睡眠に襲われ、ラーメン丼の中へカオを突っ込み、寝てしまいそうだからだ。是をナルコレプシーって言うんだっけな。
ナルコレプシーに罹ったら、ラーメン大學へはもう行けない。急性の眠気に襲われ、自分でどうすることも出来ず、ラーメン丼の中へカオを突っ込み、タンメンで溺死する事も十分考えられるからだ。
かの、中島らも氏は、ラーメン屋で、ラーメンを喰ってる最中に、突如ナルコレプシーに襲われ、ラーメン丼の中へカオを突っ込んで、ハナのアナからソバをたらしたそうだ。ラーメン屋のオヤジに「らもさん、ハナのアナからソバ出てましたがな。」と、後になって言われたそうである。
小生もどうやらタコ中(タコヤキ中毒)に罹ってしまったようで或る。昨日も買ってきたタコヤキと同じ物が目の前にある。ここで突如、ナルコレプシーに襲われたら如何し様。
「華さん、昨日、ハナのアナからタコヤキ出てましたがな。」
●12月20日(月)
久しぶりに内科医の診察を受けた。午前中の受付終了三十秒前にスベリコミセーフ!あぶないところだった。
が、診察の内容は全然アブナく無く、「なんや。ほいな。」で終わってしまった。せめて腹部を触診するとか、血圧測るとかしてくれてもいいのに。「なんや。ほいな。」で終わってしまってはあんまり意味が無い。でも、薬だけは一ヶ月分処方してもらってきた。なんや。ほいな。で或る。
そういえば、最近、血液検査もめっきりしていない。ここは矢張り土曜日に病院に行って、消化器専門のドクターに診てもらうしかないのか。しかし今日は病院が人で込んで居た。うんうん唸りながら診察の順番を待っている若い青年もいた。後は爺さん婆さんばっかりで、後はそーだな。新人の看護婦さんでカワイイ子が居たっけな。
そうこう云っている内に、たまらなくタコヤキが食べたくなってきた。「なんや。ほいな。」で或る。買いに行って来よう。・・・買ってきた。近所の「たこQ」というタコヤキ専門店で買ってきた。八個入り四百二十円(消費税込み)。
このォ、タコヤキと言うものはァ、誠にアツい。湯気が出ていない、と思って、一個まるごと口に入れると、口の中が大変な事になる。ハホハホ、アヅヅヅ、そんで噛んでゆくと、タコヤキの中からネギと紅生姜とタコの味になって、トロける。アグググ。・・・終わり。
このタコヤキは一パック八個入っている。八個で四百二十円であった。一個辺りに換算すると、五十ニ円五十銭で或る。結構いい商売だなあ。アグ。ハホハホ。アヅヅヅ。しかし、このタコヤキ、屋台のタコヤキに比べると、随分デカいなあ。直径四センチと言いたいところだけれど五センチはあるな。タコも大ぶりのがキチンと一個に一切れずつ入っている。
現時点で、五個を食べた。五個食べたら、腹がくちくなってきた。後残り三個。喰えない。とてもじゃないけれど腹がいっぱいで喰えない。タコヤキの入ったパッケージをよく見ると、「この箱はレンジで使用できます。」と書いてある。矢張りそうだったのか。小生のように半端に食べ残して、後でレンジでチンして食べる輩が多いわけだな。
と、申しましても、タコヤキなんてものはですな。唯のメリケン粉を水で溶いて、具にタコ、ネギ、紅生姜などを入れただけのものですから、消化も早い訳で御座いますものですから、と、申しましても、ウー。モーダメ。お腹いっぱい。四個でやめにしときゃよかった。
●12月19日(日)
昨日、PSWの友人に騙されて、アップルストアへMacを注文してしまった。金も無いのに。あしたキャンセルの電話を入れなければならない。んもー。面倒だ。
しかし、放って置いたって、ローンの審査だってあるだろうし、確認の電話だって掛かってくるだろうし。でも、だからと言って放って置く訳にはいかない。キチンとキャンセルしておかないと、後々面倒な事になったら厭だ。
昨日は体調が物凄く悪かった。高層ビルの仕事のせいであろう。人間なんて物は、二十五階とか、そんなところで働くように身体は設計されていないのだ。気圧の変化で体調がガタガタになる。小生はすっかり神経がマイッてしまった。
それにしても!
「タイツマン」は名作で或る。小生は保証する。こないだ作ったカレーが、昨日は辛くて、辛くて、ヒーヒー言いながら食べたのに、今日食べてみると(?)そんなに辛くない。風味が増して、味が段段とマイルドに成ってきている。
其れと同じ事で、最近の外笑の文章は名作が多い。タイツマンは其の代表作ともなろうべきか、と言う作品にふさわしい。文章の昂揚、抑揚の附け方、メインテーマの搾り出し方、「タイツマン」の其の存在感、落とし方。どれをとっても名作であるに違いない。
此処は、是非、連載をお願いしたいところで或る。
「タイツマン」の正体?其れは秘密。
●12月18日(土)
今日は消化器科のある「あそか病院」に久しぶりに行こうか知ら、と思っていたのであるが、目が覚めたら午後の三時だった。土曜日は、午後は休診なので、また来週まで待たないといけないのか。しんどい事だ。
其れはさておき、昨日はカレーを作った。是は掲示板に書いたカレーの事である。チキンとしめじ茸だけのシンプルなカレーで或る。その代わりスパイスを奢った。シナモンにクミンシードにガラムマサラに醤油で或る。其れにスープにコンソメを使って、鶏がらのエキスも加えた。
このカレーが、一晩寝かせてみたら、びっくりするほどウマい味に変わっていたのである。こんなにウマいカレーを喰ったのは久しぶりの事だ。原因は矢張りガラムマサラに在るようで或る。
普通のレトルトカレーにガラムマサラを振りかけるだけでも、びっくりするほど味が変わる。是は是非皆様にもお試しいただきたい。
こうなってくると、是はもうカレーじゃなくて「カリー」で或る。インド人もびっくりするであろう味に仕上がっているので或る。そういえば「インド人もびっくり」ってコピー、どっかのカレーのコマーシャルに無かったっけ?しかしこのカリーの味はまさに「インド人もびっくり」するほどウマいんであった。
何処かにインド人は居ないか知ら。とっ捕まえて、このカリーを喰わせて、びっくりさせてやりたい。
●12月17日(金)
面倒くさいので白状してしまう事にする。小生は、はっきり言うとズバリ「精神異常者」で或る。
「精神保健及び精神障害者福祉に関する法律第32条及び45条」の適用も受けている。そして、精神障害者保健福祉手帳、いわゆる障害者手帳三級を受給しているモノホンの精神障害者で或る。
身内に是だけの「資格」を持った人間が居る事をよく覚えておいて頂きたいものである。精神障害者は、其れを保護するシステムが無ければ生きて行けないのだ、という事もまた然りで或る。但し、其れを逆手にとった犯罪者は逆であるべきだとは思うけれども。精神障害者を保護するシステム自体を批判する事は、精神障害者自体を批判する事になりかねないので、其処をよく注意して、物申して頂きたいと思う。
さて、話は変わって、小生は今日から一ヶ月間試験休みを貰った。受験まであと一ヶ月を切っているので或る。この一ヶ月で体調を万全に整え、勉学に勤しみ、受験に対してのラストスパートを切ろうと言う訳である。試験の本番は来年の一月十六日の日曜日で或る。
今現在の小生の様子を話せば、心身の状態が非常に悪い。まさに受験には不向きである状態だ。其処で試験休みを貰ったのだ。一ヶ月の内前半は心身を平常な状態に戻す事に専念する。勿論其れと平行して、勉学にも勤しむ。残り後半の半月は勉学あるのみだ。論文を書いて、書いて、また書く。手が痛くなって腱鞘炎になろうか、と言うところまで論文を書く。
そうして、入学試験に挑み、晴れて合格となった際には、素晴らしき高田馬場の学生生活が待っているのだ。此処でスベるわけにはいかない。
学生生活を送っていくうちに、小生のうつ病も段段と癒され、「精神保健及び精神障害者福祉に関する法律第32条及び45条」の適用も解除となることであらん事を祈る。
●12月16日(木)
朝、寝覚め前に、焼いたシャケで御飯二杯とラーメンを食べる夢をみて、実際に起きてシャケを焼いて御飯を食べようとしたら、おなかがいっぱいで、御飯一杯しか食べられなかった。こんな事ってあるのだろうか。
其れはそうと、体調を整えなければならない。年末に軽い気持ちでリハをやろうと思っていたのに、其れが何時の間にかミニライブになってしまっている。まあ、それでもいいんだけれど。今から楽しみで仕方がない。あと二週間。この間に、精神力と、体調とを調えておかねばなるまい。
問題は、酒で或る。是を節制して、御飯を食べなければならない。御飯は大事で或る。後は、十分な睡眠と。これらをしなければ、健康な心身は得られないであろうからして、是に十分留意する事とする。
では、おやすみなさい。
●12月15日(水)
風邪は、暖かくして、ゆっくり睡眠をガツンと摂ったら、何時の間にか治ってしまった。簡単な身体だ。
今日は外笑が奇襲攻撃をかけてくるらしいから、其れに備えて準備をせねばならない。まず、酒を用意する。肴はなんでもよい。あまり腹にたまらないものがよろしい。今日は昼御飯もバッコシ食べたし、昼寝までした。準備万端で或る。
それにしても小生は明日からまた仕事で、金曜日まで行ったら、また土日はお休み。なんて休みが多いんだ。稼げないではないか。でも、是ぐらいがストレスもたまらず、仕事を長続きさせるためには丁度良いのかもしれない。
夜のお酒を多少控えめにしていたら、体調がよろしい。この状態をキープして、でも酒はなるべく控えめに飲む。飲むと言う程を飲まなければ、受験も順調に行くで在ろう。
受験まで丁度あと一ヶ月。一月十六日(日)が受験日であるからして、其れまでに体調に万全をきたさないといけない。今までに増して勉学にもイソシまなければならず、此処がラストスパートで或る。
●12月14日(火)
小生は遂に風邪をひいてしまいダウン。熱が三十七度五分ある。小生の平熱は三十五度五分ぐらいなので、是はかなりキツい。今日は勤務を休ませて頂いた。明日も休みなのでこの間に風邪をやっつけて置かないと、後々大変な事になる。
風邪をひいて魘されたのは、朝の一瞬だけで、今はハイで或る。小生は風邪をひいて熱が出ると、食欲はこれまた増進し、気分は昂揚するタイプなのであった。だから今はハイで或る。歌のひとつでも歌いたいぐらいだ。
しかし、身体は矢張りキツいので、此処はライスカレーなどの発汗作用のある物を摂取し、明後日の仕事に備えたいものである。
そして薬を飲んで、グッスリ眠る事が大事なのは解っちゃ居るんだけれども、このハイになったアタマだけは誰にも止められない。思考はぐるぐると回転し、次から次へとヘンなアイデアが湧き出てくるのである。しかし、此処は其処をぐッと堪えて、ライスカレーを摂取し、休養を取ることにしよう。桜田淳子の物真似などしている場合では無いのだ。
てな事を書いている内に段段とアツくなってきた。発汗もしているようだが、今日は軽くシャワーを浴びる程度に抑えて、是は、炎症を起していると言う事だから、暖かくして早く寝よう。其れでも気分はハイのままなので、是は困ったおっさんで或る。
●12月13日(月)
寝たのか、寝ていないのか、解らない昨夜だった。今は朝の七時半で或る。
ストオブが暖かい。そんな朝を迎えている。昨夜も矢張りおかしな夢に魘された。他人の夢の話程つまらないものはないので、この話は是ぐらいにしておこう。
今は御飯を炊いている。朝御飯で或る。シャケを焼いて、御飯を頂いて。そんな毎日が続いている。このシャケは「チリ産」らしいのだがどうやって日本まで運ばれたのだろうか。おおぶりの一切れが一切れ百五円であった。塩加減も甘塩で、とてもウマい。チリの人はシャケは喰わぬのだろうか。
あら、もう御飯が炊けたらしい。御飯を、一番飯を神様仏様にお供えしなくちゃいけない。神棚と仏壇に一番飯をお供えする。仏様には、線香も炊かなくちゃいけない。金をチーンと二回する。
何気ない朝の光景で或る。
●12月12日(日)
昨夜はおかしな夢に何度も何度も魘されて眠れなかった。やっとの事でちょっとは眠ったかな?と思ったら、早朝の悪戯電話のせいで目が覚めた。その悪戯電話も今から思うと幻聴を聴いただけの事のような気もする。
其れでも、無理やりにでも睡眠時間を確保しようとして、また眠ったけれど、またおかしな夢を見て目が覚めたので、もういい加減に諦めて、よっこらしょ、と起床した。
こんな風であるから、当然体調が悪いし気分も悪い。抑うつ気分もまた出てきそうで恐い。神経がささくれ立っているような按配だ。もういい加減に小生の事を苛めるのは止めにして欲しい、と本気でそう思う。
そういえば、もう年賀状を準備しなけりゃならん時期なのか。うっとおしい時期だ。そうだ、今日は是から年賀状を創ってしまおうか。いや、止めておこう。とてもじゃないけど今日はそんな気分じゃない。
高田馬場に行ったのは、昨日の事なのに、もう随分昔に行った事のような錯覚に陥る。矢張り精神状態がおかしな事になっているに違いない。うつ病とは恐い病気だ。「死に至る病」と誰かが表現して、うつ病の事を哲学書で書いてたっけ。
誰だ、あれは。キュルケゴールだ。「我々は絶望は非常な優越であると言わなければならないであろう。この病に罹りうるということが人間が動物より優れている点である。」・・・云々。
「のんきと見える人々も、心の底をたたいてみると、どこか悲しい音がする」・・・云々。我輩は猫である(夏目漱石)・・・うるせえやいっ!
うるせえっ!そんな輩に「其れじゃ、現実にこうなった俺をどうしてくれるっ!」そんな事を小生は言わないっ!其れは、ケツの場所を持っていき違えたスモウ取りの理論、或いは、自分で自分のケツに自分の手が回らなくなったスモウ取りの理論だからだっ!
過去の栄光にすがった文化人は、文化人らしく大人しくしていなさい。てめえで今更何も出来ねえで居るクセして、矢鱈に文化人らしい発言をするんじゃねえっ!こっちゃあ現役なんだよ現役!手前らはチキンラーメンでも喰ってやがれ!
小生は、真っ向からこの病に対して立ち向かい、勝たねば成らないので或る。勝ちに向かおうという戦士に向かって、「絶望とは云々」などと説かれたって、そんなものは知ったこっちゃない。凶器攻撃でもバズーガ砲でもなんでもやったれってんだ。其れでも勝たなきゃなんないんだよこっちは。手前らみたいに呑気にチキンラーメン喰ってる輩とは違うんだ。現場で戦ってる戦士なんだよ。
絶対に勝たなきゃならないんだ。この病に。そんな簡単な事がわからねえのかっ!この阿呆!
●12月11日(土)
精神科のクリニックに脳味噌をチューニングして貰いに行ってきた。
ついでと言ってはナンだが、日本福祉教育専門学校に願書を提出しに行って来た。
矢張り、高田馬場に行くと、気分が引き締まる。是から、この四十男が、我が二度目の青春をこの高田馬場で三年間過ごす事ととなるのか、と思うと、尚更気分は引き締まり、うつ病だ、なんて言っていられなくなってしまうほど気分は引き締まって帰って来た。
ああ、我が母校になりしニップクよ。どうか入学を許可して頂きたい。そして、青春の三年間を再び我に与えてくれん事を願う。小生は真面目に勉学にハゲむ積りで居る。決して、高田馬場の合コンで、酔って犬などを追い掛け回してみたり、自宅付近で泥酔し、犬などを追い掛け回す積りは更々無い。
小生のうつ病は、高田馬場に聳え立つ、我が母校の校舎によって、癒され、きっと治癒するに至るであろう。そして、卒業後も、我が母校は、あの、高田馬場にありき、と思えば、職務にも尚更ハゲむことになるであろう。
しかし、勉学や職務にハゲみ過ぎる余り、頭髪がハゲてしまうのはいささかどうかと思うので、ハゲ無い程度にハゲみたい、とそう思う。
入学試験は、一月十六日で或る。この日に備え、体調に万全をきたそう。この試験は小生の人生が掛かった大事な試験の一発目で或るので、万全の上にも万全をきたそう。うつ病になりかかったら、高田馬場に散歩がてら行く事にしよう。そして気分を引き締め様。二度目は本チャンの精神保健福祉士国家試験で或る。是には是非一発で合格せねば後が無い。PSWの試験には是非一発合格を狙っていく積りで或る。
我が母校は、高田馬場に聳え立つ。是にはうつ病も寛解するを得ないので居るのであって、泥酔して、犬などを追い掛け回している場合では無いので或る。
●12月10日(金)
完璧にうつ病が再発した。睡眠障害が出ているので或る。抑うつ気分もある。
此処でいう睡眠障害とは、「寝すぎ」の事で或る。夜中の二時に寝て、次の日は午後の三時ぐらいにならないと目を覚まさない。其れでも寝足りないぐらいで、胎内時計は狂いっぱなしで或る。目覚めた後に残っているのは抑うつ気分で或る。
物凄く辛い。是は、どれくらい辛いかというと、こんなに辛いものは無い、と言うぐらい辛い。睡眠障害の辛さというのは体験した人にしか解らない辛さであるから、言葉で是を表現するのは難しい。
うつ病、と言うと、よく「甘え」と勘違いする輩が多いのだが、決して甘えなどではない。自殺したくなるほど辛いのがこの病気であって、この病気に罹った人は事実よく自殺をする。小生も二度ほど自殺を試みた事がある。しかし今此処に生きているのだから、其れは未遂に終わった事なのだけれども。そして今後も自殺をするつもりなど小生には微塵も無い。
矢鱈と苛苛する。そして、このなんともいえない不安感。焦燥感。身体の何処かに感覚を操る部分があるなら、切って棄てたい程だ。
精神科のクリニックに行くまであと一日。其れまでの辛抱なのだけれど、是は、この一日が永遠に続くのではないかと思われるほどに辛い。
暫くは是がまた続くのか、と思うと、うんざりする。夜が永遠に続けばいい、そう思う。身体の感覚もヘンだ。腰が痛い。指先の感覚がおかしい。全身の神経がびりびりと、ぷるぷると、震えているようだ。
こんな事は、もううんざりだ。死んでしまった方がどんなに楽かとそう思うときもあるが、そうは行かない。小生にはまだやりたい事もあるし、愛する人だって沢山居るからだ。
「死んでしまえ。其の方がいっそ楽になるだろう。」病魔は小生にそう囁く。しかし此処で病魔に負けるわけには行かないのである。冷たいりんごジュースが飲みたい。カルピスでもいい。やりたいことだって山ほどある。とにかく、病魔に負けるわけには行かないので或る。
●12月9日(木)
小生は此処に声高らかに「串カツ禁止令」を発令するのである。
十二月三十日、ミニライブの後、だんまや水産での大泥酔忘年会を企画してある。企画者は小生で或る。小生が企画したからには、此処はひとつ「串カツ禁止令」を強行採決し、可決することとした。
だいたいだな、だんまや水産の串カツのウマさを発見したのも小生で或る。その小生に隠れて、串カツをアグリ、ハフハフ、などとやってしまおう、などという輩には、ウメボシ三ヶ月の刑に処す。三ヶ月間ウメボシでもたべていなさい。スッパそうな顔をして、ウメボシでも食べていなさい。
だいたいだな、過去にだんまや水産に行っても、皆、コロッケなんぞに走りおって、小生が「串カツね」などとオーダーすると、何故かしら、馬鹿にした雰囲気さえ漂っていた。だんまや水産の串カツだって、アツアツで十分にウマいのにもかかわらず。
次回の宴会は、大泥酔忘年会であるから、ナベ主体、是当然として行きたい。ナベは勿論、寄せ鍋であるが、気候によってはキムチ鍋でもいいかと思われるが、此処では矢張り寄せ鍋。ぐつぐつぐつと煮えたぎる寄せ鍋をよそに、小生は串カツをオーダーする。揚げたて、アツアツの串カツで或る。是に、カラシタップシ、ソースタップシとして、ハググとやり、ナマビールを注ぎ込む。口中はパラダイスで或る。
其れまで皆は、つまんない揚げイモやら、ソース焼きそばなんかをたべていなさい。特に揚げイモなんかは「なんだ。こんなもの」という感情を込めてつまらなそうに食べなさい。そして、涙にむせびなさい。其処で、小生が揚げたて、アツアツの串カツをアグアグ、ハフフ、とやるのを横目で見ながら、さらに涙でむせびなさい。
其れが終わってから、大鍋の寄せ鍋に取り掛かりなさい。今までコロッケなんかを食べていたクセして、此処で串カツに寝返るとは、何たる事か。
●12月8日(水)
昨日、本上まなみさんの本を読んだお陰で、悪夢には襲われなかった。よかった。その代わり、薬をガッチリ飲んで寝たため、今でも少々ラリリ気味で或る。
早く、早く、本日のポキールを書かねば!今は出勤前の中間食のひと時である。ああ、もう、水商売みたいで厭だなあ、この遅番ってえのは。身体のサイクルがガタガタになるし。
そうそう。早く学校にいけるようになればいいんだ!そうすれば朝は九時から学校だし、バイトは夕方っからだし。楽しい学生生活をエンジョイできるはずだ。
ああ、憧れの高田馬場よ!一月の試験には是非合格せねばなるまい。そして我が「学生証」を手に入れなければなるまい。
バイトのみの生活で、この苦しい思いをするのも、あと数ヶ月。華ちゃん頑張らねば。大丈夫。小生には本上まなみさんと紀州のつぶれ梅が有る。
ああああ。もうバイトに行く支度しなくちゃ。本日は是にて失礼。ああああ。
●12月7日(火)
最近、ココロが荒んでいるのか、悪い夢ばかりを見る。殆ど悪夢だ。其のお陰で寝覚めが非常に悪い。気分も当然悪い。
小生は、何も悪い事はしていないのに、何故こんなに悪い夢ばかりを見るのだろうか。薬のせいだろうか。昨夜は、中島らもさんの「異人伝」、「なれずもの」、この二冊を読破して、本を成仏させてあげた。興奮して、夜中の三時ぐらいまで眠れなかったが、馬をも倒す量の睡眠薬を飲んで床についたら、何時の間にか眠ってしまっていた。
しかし、眠りが非常に浅い。可笑しな夢と悪夢とを交互に見る。最近ずっとこんな調子だ。矢張り、神経がどこかで狂っているのかもしれない。そういえば今週の土曜日は精神病院に罹る日だ。ドクターに良く話を伺ってこよう。
夢見が悪いと言うと、どれくらい夢見が悪いか、と訊かれれば、三夜連続で悪夢を見る程夢見が悪い。小生にとって睡眠と、自由時間は、一番大事なものなのに、其のうちの睡眠が苦痛で終わるのである。是が三夜も連続で続けば、誰だってアタマに来て、昼酒ぐらいはやりたくなるだろう。だから、今、小生が昼酒を飲んでいるのは、決して小生が悪いのではなく、三夜も続いた悪夢のせいなので、是から小生が泥酔して犬を追い掛け回そうが、其れは決して小生が悪いのではなく、三夜連続の悪夢のせいなのであって、小生は少しも悪くは無いので或る。
梅干でも喰って、少しはクールダウンしようとも思うのだが、この「紀州のつぶれ梅」と言うものは、塩分約十二パーセントであって、口がひん曲がるほどスッパい。クールダウンなどとても出来た状態ではない。しかし、是はショーチューの緑茶割りに非常に良く合い、酒の進む一品で在ることに違いは無い。
小生は、昨夜、「なれずもの」を読んで、見て、本上まなみさんにすっかりココロを奪われてしまった。ワタナベさんの事なんて何処かへすっ飛んで行ってしまった。それ位のインパクトを本上まなみさんは小生に与えた。
本上まなみさんの著作、「ほんじょの虫干。」是も是非本屋に注文しよう。是非読んで、本上まなみさんの世界に自分を置けば、悪夢から開放されるかもしれない。そう思って、インターネットの本の検索サイトで「ほんじょの虫干。」を検索し、出版社と値段を調べた。もう文庫化されていて、たったの五百円で或る。よーし。是を注文しに行ってやろう、そう思って本屋に行って、本屋のおばちゃんに「この本注文したいんですけど。」っていったら、「あら。これあるわよ。」だって!ヤッター!これで即日、本上まなみさんの「ほんじょの虫干。」を手に入れることができた!
小生は小躍りした。しかし、小躍りしたのもつかの間であった。家に帰り、「ほんじょの虫干。」の頁を開いて、早速読もうと思って頁をめくる。そしたら、目次の最終行にデッカく、
「解説 中島らも」
と在るではないか!あのヒヒおやじ!死んでからもこんな所に出てきやがって!そう言いつつ、本編よりも先に「解説」の方を先に読んで見たら、やっぱり!あのセクハラおやじめ!なんてことしやがるんだ!と腹を立てつつも、一旦息を静め、イッパイやりながら、今日は本上ワールドへ足を踏み入れ、本上まなみさんにココロ奪われつつ、ステキな時間を過ごした小生でした。
●12月6日(月)
先般購入した中島らもさんの著作、「異人伝」と「なれずもの」のうち、「異人伝」を途中まで読んだ。
中島らもさんは、バーで飲んでて泥酔して、そのまま階段から落っこちて、頭を強打し、脳挫傷、外傷性脳内血腫のため、今年の七月二十六日に亡くなった。享年五十二歳。是は、相当効いた。物凄いショックが全身を走り、或る意味一種のトラウマのような状態になって、昔のらもさんの作品も、暫く読めなくなってしまっていた。
らもさんとは、小生が多感な時代を過ごした頃に、「宝島」誌で出逢った。其れから小生は、らもさんに強烈なシンパシイを抱きながら、其の著作をむさぼり読んだ。あまりにも何度も何度も読み返すものだから、小生の持っている本の中で、らもさんの本は一番傷みが激しい。アル中、うつ病、ラリ中、音楽、酒の飲み方、時間の過ごし方、恋や恋愛について、文章の書き出し方、自分なりのエッセンスの出し方。事実、小生の文章の組み立て方、其の匂いの出し方は、らもさんに強力な影響を受けたものである。
そんなトラウマを引きずりながらでも、最近では多少らもさんの作品が読めるようになってきたところへ、遺作である「異人伝」と「なれずもの」が発売されたのだ。小生は迷わず本屋へ走り、この二冊を注文し、入手したのだが、矢張り読めずに、頁を開く事をしなかったら、また一冊、十二月三日に「酒気帯び車椅子」なる一冊が発売された。この本は本日入手した。本当の最後の最後の遺作となる小説で或る。
「読めない」事をエストリのマネイジャアをしてくれている、かえで嬢に電子書簡で告白した。昨夜の出来事で或る。そうしたら、かえで嬢から直ぐ様返事が返って来た。その電子書簡に記載された内容は、此処では書かない。とても優しい内容の電子書簡が返って来たのだった。まるで、らもさんから、電子書簡の返事を頂いたような気分を小生は錯覚した。
そうなのだ。読んで欲しいから本を書くのだ。小生の駄文だってそうで或る。誰かに読んで欲しい。だから書くのであって、誰も読んでくれないんだったら、こんな事はもうやめる。
だから、辛かったけれど、「異人伝」、「なれずもの」のうち、「異人伝」の半分ぐらいまでは目を通した。やっぱり、中島らもさんの作品は面白い。アッという間に半分ぐらいまで読んでしまった。さっき買ってきた遺作の小説、「酒気帯び車椅子」。是はすんなり読めそうで或る。問題なのは、対談集である「なれずもの」で或る。この本は、らもさんが事故で亡くなる一週間前までの対談を纏めた集成で或る。チラッとだけ読んだが、強烈であった。このままじゃ読めそうにも無いのだけれど、かえで嬢から頂いた電子書簡を今一度読み返し、この対談集もキッチリ読んで、本を成仏させてあげたいな、と思う。
これから小生は、酒を傍らに置き、瞳を一旦閉じて、らもさんに話し掛ける。きっと小生はらもさんに言うだろう。「イッパイやりませんか。これから、傍らに酒を置いて、らもさんの本を読もうと思っているんです。」
らもさんは、きっとこう言うだろう。「ええよ。ワシの本はな、名作やから、しっかり読んで良く勉強せえよ。とりあえず、イッパイ飲まへんか。本は後からでもええやないか。」
●12月5日(日)
小生は、非常に疲れている。もうヨレヨレで或る。だから、今から書くこの文章が駄作だったとしても、其れは小生のせいではなく、無謀な仕事を押し付ける会社のせいなのでご勘弁頂きたい。
此処のところ遅番の仕事ばかりが続き、不摂生をした挙句、ヨレヨレなのである。身体ばかりかココロまでヨレヨレに成ってはいけない、と思い、今日は朝一番で飲むヨーグルトを飲んだ。でも今は緑茶ハイを飲んでいる。やっぱり緑茶ハイのほうが小生にとっては何故か知らぬがスタミナドリンクのような効用を果たすようで、段段とスタミナがついてきたような気がする。
昨日はなんだか知らぬが、走り回ったようで、この辺はあまり記憶に無いのだが、両足のスネとケツの筋肉が痛い。唯覚えているのは、寂しさのあまりに家で泥酔した事だけである。なんで泥酔して、スネケツが痛くなるのかはよく判らぬが、理解に苦しむところで或る。矢張り、酒というものは、大人しく、串カツなどをつまみながら、適量を飲むに限るので或る。泥酔した挙句、犬などを追い掛け回してはいけない。其れは大人の男がやる事ではない。
何故か知らぬが、ココロが非常に荒んでいる。だからと言って、泥酔した挙句に夜中に犬などを追い掛け回してはいけないと思う。此処はひとつ、癒し系の音楽でも聴いて、そうそう、まみ姐さんのアルバムなんか聴くときっと癒されるかもしれない。こんな時に、決してミッシェル・ガン・エレファントなどを聴いてはいけない。
読書なんかしてもきっと癒されるかもしれない。そうそう、先日購入した、中島らもさんの「異人伝」、「なれずもの」なんかきっと癒されるかもしれない。こんな時に町田康や田口ランディなどを読んではいけない。夜中に泥酔した挙句、犬などを追い掛け回すのはもっといけない。
そうだ、久しぶりにまみ姐さんにメールでも出してみようか。きっと癒し系の返事が返ってくるに違いない。ジャミール・ほったに、ほもメールってのもいいかもしれない。こんな時に、外笑にメールなど出してはいけない。泥酔した挙句に夜中に犬などを追い掛け回すハメになる。
小生は大人であるから、泥酔した挙句に、夜中に犬などを追い掛け回す事など、決してしてはいけないので或る。気をつけよう。
●12月4日(土)仕事▼▼〆
長い研修がやっと終わって、是でやっと電話が取れる、やれ嬉しや、と思っていたら、そうは問屋が卸さないらしい。今月の十五日までは、「ロールプレイング」と言って、新人同士で電話を掛け合い、片方がお客様役、片方がセンタ要員役を演じて、電話のやり取りのシュミレイションをしたり、モニタリングと言って、実際の電話をモニタリングしたりするらしい。
この「ロールプレイング」だが、一見簡単そうに見える。簡単そうに見えるが、実際やってみると難しい。上手に話せない。言葉遣いに矢鱈に気を使ってしまって、肝心の内容が空っぽだったり、重要なチェックポイントをはずしてしまったりする。会話の途中で噛んでしまったり、ドモッてしまったりする時もある。そうするとアセる。物凄くアセる。アセった結果、また噛んでしまい、会話の内容がチグハグになってしまったりする。ロールプレイングで上手に話せるようにならないと、実際の電話ではもっとアセるであろう。
しかし、ロールプレイングが完璧でなくとも現場に出て、もう今日から電話を取らされるのだ。是は、まあコール件数の少ない時間帯の一部の時間を選んでの事だが。是が、ロープレが上手く出来ていないのに、何でこんな非情なむぎゅぎゅ、で或る。
しかし、小生、実は以前、某日立云々株式会社のコールセンタで実際に電話を取っていた経験者なのである。あの頃は、肝が据わっていたのだろうか、其れとも、業務の知識に自信があったからなのだろうか、電話に出る事自体は何の抵抗も無かった。実際に、「日立むにゃむにゃサービス、ソリューションサービスオペレーションセンタ担当××が承ります。」と噛まずに言えて、敬語も謙譲語も、上手に使い分け、お客様にご案内のサービスも百点満点で出来ていたので或る。其れが今では抵抗だらけ、緊張だらけで、赤道小町ドキッ、で或る。(なつかしいなあ)ワタナベさんに笑われないように頑張らないと。
なに、今度も大丈夫。きっと大丈夫。上手くやれるサ。ドーンと着やがれ。てな調子でやってると、きっとコケるから、此処は華ちゃん、ひとつ謙虚な姿勢で、頑張って乗り切らないと。業務知識で解らない所は殆ど無い。後は実践あるのみ。
華ちゃん、今日から本番業務。コケてもめげずに頑張っちゃうんだかんナ。
●12月3日(金)
昨日調べたレコーディング機材の事が気になって仕方が無い。是は、今度買おうとしているiBookをオーディオインターフェースに接続し、Macでレコーディングをしてしまおう、という事のことで或る。TASCAM社製とローランド社製との二つを選べるのだが、TASCAM社製の製品はデカい。ハードケースも必要だ。そして多少お値段の方もいい値段がする。がしかし、多機能である。ローランド社製のものは機能はそんなに付いていなく、単なるインターフェイスみたいなモノであって、機能はすべてMacに搭載のソフトウエアに依存する。しかし其の分安くてコンパクトだ。此処は非常に悩むところである。
まあ、こんな機械なんてものは、こうやって眺めながら、悩んでいるのも楽しいものだ。実際に買ってしまえば、ああだ、こうだ、と大変な事になるであろうから、其れもまた楽しいのだが。
さて、昨日は超短時間熟睡法を実践してみたのだが、其のお陰で今日一日眠くて仕方が無かった。講習の間なんぞは、眠気との戦いで或る。其の講習も今日で終わり、明日の土曜、あさっての日曜と勤務をし、週が明けてからの月、火は連休で或る。
この、平日の連休と言うものが久しぶりなので、今から、何をしようか、と楽しみで仕方ない。先日、中島らもさんの著作、「異人伝」と「なれずもの」を入手した小生は、まだ其の頁を開いていない。この著作をゆっくり酒でも飲みながら読破してしまいたい、という願望もある。
口がひん曲がるほどスッパい梅干、「紀州のつぶれ梅」も、もう在庫がなくなってきたので、是を買出しに、レトルト食品も買出しに、という買出しの予定も有る。前にも書いたが、この「紀州のつぶれ梅」というのは、しつこいようだが、口がひん曲がるほどスッパく、ショーチューの緑茶割りに良く合う。
あ、そうそう。スーパー中村屋で、また甘塩シャケの切り身、売ってないかナァ。あれ、フライパンで皮にこんがりと焼き目をつけて焼くと、皮までパリパリと喰えて、とてもウマいんだよなあ。スーパー中村屋にも行ってみようっと。
一人暮らしが長いと、なんだか所帯じみた話題ばかりで誠に恐縮だが、これぞ男の一人暮らしの実態なので或る。
●12月2日(木)【12月2日朝掲載】
この文を綴っているのは、実は12月2日(木)の朝で或る。胎内時計、是は以前小生が「体内時計」と表現ていたもので、実は是は「胎内時計」の間違えで或る事が判明した。其の機能を自分自身で人体実験してみたかったので或って、其の報告で或る。
昨夜は深夜零時に帰宅し、入浴し、ツマミなどをツマミながら晩酌をし、調べ物が興じてしまい、結局寝るのが朝の五時であった。入眠前に服用した薬物は、坑うつ剤のアモキサン25mg三カプセルと軽い睡眠導入剤のグッドミン0.25mg二錠にそれらの薬物の効果を高める強力精神安定剤・坑不安剤のヒルナミン5mg一錠で或る。
朝の五時まで飲酒しながら、レコーディング関連の機材の調べ物をした。勿論、泥酔とまではいかないけれども、酔っていた。そして、シャケを焼いて其れをおかずにゴハンを二杯おかわりして喰い、朝の五時に就寝したので或る。
さて、胎内時計の人体実験の結果であるが、はたして是は、いつも起きている朝の七時四十分にキッチリと目が覚めたのであった。胎内時計は正常に機能している。其れが人体実験の実験結果であった。
是ならば、何時に寝ようとも、朝の七時四十分には目が覚める。しかも、この時間に起床すれば、まあだいぶ眠気はあるけれど、九時からの学校の始業に間に合うので或る。恐るべし胎内時計。
胎内時計の話は是ぐらいにしておいて、昨日の調べ物の結果である。iBookと何らかのオーディオ・インターフェイスを組み合わせてレコーディング出来ないものか、と、調べていたが、その結果、iBookとTASCAM或いはローランドのオーディオ・インターフェイスがあれば、八チャンネルまでならのレコーディングが可能で或ることが判明した。八チャンネル以上になると、金額的にも機材の導入は難しいだろうし、ハード的にもモノ自体が希少であり、かつ、プロユースで、我々の手に負えるものではない事も判明した。
八チャンネルのマルチトラックで一発録りとなると、TASCAMのFW−1884かローランドのFA−101がある。使い勝手はTASCAMのFW−1884の方が上であるが、其の分値も張る。
が、しかし、レコーディングの為だけに、わざわざ高価なマルチトラックのハードディスク・レコーダーを買う事をしなくて良いと思うと、其の分は安上がりだ。iBookとオーディオインターフェイスさえあれば八チャンネルのマルチ録音が出来るので或る。iBookはどうせ買うんだし、オーディオインターフェースなどオマケに買ったと思えば良い。レコーダーとエフェクターとエディターはiBookに付属のGRANDBANDを使おうと思っている。果たして是でマルチ録音が出来るかどうか。やってみないと判らないのだが、多分出来るハズである。勿論、自分で作曲した曲のデモCDなどを創る事など、お茶の子サイサイで或る。
是で、エストリのレコーディング技術は大きく進歩した事になる。後は、来るべき日が早く来る事を祈るだけである。後は、この鼻水を誰かなんとかしてくれ。
●12月2日(木)
睡眠時間が足らない。いや、これからはどうあがいても睡眠時間を減らさないと日常生活が成り立っていかなくなってしまうので或る。
二十三時まで仕事をして、朝九時から学校に行く。となると、其の間に残された時間は、丁度十時間で或る、しかし其の間に通勤、通学の時間が必要で或る。二十三時まで仕事をして、家に辿り付くのが午前零時丁度。風呂に入り晩酌をする。飯は喰わない。ポキールを書く。是で落ち着くのが午前一時半。一時半に寝たとして、翌朝七時半には起きなければならないから、この間の睡眠時間が六時間で或る。少ない。
世の中のサラリーマンなんかは、この少ない睡眠時間で過ごしているのか。是を三年間こなす為には、六時間で超熟睡する技を身に付けなければならぬ。しかし、六時間の睡眠時間というものは、眠りの浅いうつ病者の小生にとっては辛いところだ。
一番辛いのが、自分の時間が、午前零時から深夜一時半までの一時間半しかない、というところだ。是はもう、平日は諦めるしかない。其の分を小生は金、土が休みであるから、其の時に取り戻すしかない。
何故、金、土が休みか。金曜の晩は飲み会などがあるし、土曜日はバンドのリハなどがあるからだ。日曜日は夕方から出勤で或る。是ならば無理は無く週末を過ごせるであろう。
明日から、「六時間超熟睡」の練習に入ろうと思う。なんとしてでもこの技を会得しない事には、身体がマイッてしまうからだ。
少ない睡眠時間で毎日を過ごす。眠たい毎日であろうが、自分で選んだ道である。其れに、睡眠時間六時間なんてのは、サラリーマンの中にはザラにいる。是をこれからこなさなければ成らない。ちょっと辛い。
●12月1日(水)
さて、もう午前零時を過ぎたので、正真正銘、本日のポキール12月1日分で或る。矢張り朝っぱらの起き抜けにこのような文章を書くのは辛い。お陰で今日は昼過ぎまで眠ってしまった。其れに矢鱈と鼻がむずむずして鼻水が出る。矢張り鼻風邪を引いたらしい。
勤務時間帯が夜間に移ってから、体内時計の調子が狂い始めてきた。是から、十一時から二十三時の勤務になると、尚更体内時計は狂い始めるのであろうが、学校に行き始めて朝九時から活動を始めるようになれば、体内時計はきっともとに戻るであろう。
昨夜は早朝にゴミ出しをした後、どうしても腹がへって、腹が減って、松屋へ牛丼を食いに行ってしまった。牛丼は確か三百八十円で在ったと思ったが、久しぶりに喰う牛丼の味は格別であった。
ということで、今日は是といって特にネタが無い。今日の昼間、近所の吉田書店から電話があって、以前注文しておいた中島らもさんの本が届いたらしい。「異人伝」と言う本と、遺作となった「なれずもの」の二冊である。今日の午前中には取りに行って来よう。「なれずもの」でやっと終わった、と思ったら、今度は「酒気帯び車椅子」なる単行本が発売される。是は十二月三日発売で或る。この一冊も是非手に入れなければなるまい。一体幾ら金を使わせる気だ。でも小生はきっとまた明日吉田書店に「酒気帯び車椅子」を注文するのであろう。らもさんの本は小生の宝物であるからだ。
らもさんの著作で宝物と言えば、「全ての聖夜の鎖」という本が在る。是は、らもさんが昔、自費出版したものを復刻したものだ。三千部だけ復刻され、その一部を小生は持っている。是も大切な宝物である。後は、ハナ肇さんのサイン入りスティックぐらいなものか。是も大切な一品で或る。
小生はらもさんに、特別なシンパシィを抱いている。うつ病で、アル中で、物書きであるし、ミュージシャンでもあるからだ。小生は物心ついたときから、らもさんにぞっこんであった。著作は殆ど持っている。
小生も、いつか、自費出版する事になるであろう。エッセイ集を三百部だけ刷ろうと思っている。売れるか、売れないかは、出版してみないと判らないが、あなたの傍にも是非一冊。「三助のミックスジュース」。
しかし、この止まらない鼻水にはどうしたものか。
●11月30日(火)
さて、今は朝の四時で或る。昨夜勤務から帰って、ひと寝入りし、トイレに起きたついでに燃えるゴミを出してきたところであって、気分がスッキリしているので、このままポキールを書いてしまおう、と言うわけで或る。
さて、そのネタであるが、矢張り此処は年末のリハ締め&大泥酔忘年会であろう。だんまや水産にだって串カツは在る。小生は此処で第二の「串カツ禁止令」を発令したいと思う。だんまや水産の串カツだって、それなりにウマいので或る。それなのに、皆はコロッケだの、つまんない揚げイモ等を食べている。其れはソース焼きそばの時もある。
食べなさい。揚げイモでもコロッケでもソース焼きそばでも食べなさい。そして、小生は最初から串カツをアグ、ハフハフとやる。其の姿を見て、涙にむせびなさい。そして、小生が串カツをアグアグ、ハフハフとやり終えるまで、串カツ禁止令は解除されないので或る。其の悔しさを胸に抱き、またもや涙にむせびなさい。そうです。それでいいんです。そして、忘年会と言えば鍋で或る。此処は是非、大鍋、寄せ鍋四人前は最低でも行きたい所である。
但し、此処で問題が在る。ワタナベさんの事で或る。これから後たったの一ヶ月しかない。わざわざ西荻窪のだんまや水産にきていただけるような風に親しく成れるであろうか。何度も言うが、ワタナベさんはおとなのヒトで或る。このようなハナタレ小僧の作戦にまんまと引っかかってくれるであろうか。
其れにしたって、何と言って声を掛ければ良いのか。ワタナベさんは多忙を極める女性で或る。どの隙をついて、「あっワタナベさん!」と声を掛ければ良いのだろうか。この辺が苦悩する所で或る。
小生、ワタナベさんを思うばかりに鼻風邪をひいてしまった。鼻水とくしゃみが止まらないで非常に困っている。ワタナベさんに伝染させないように気をつけなければ成らぬ。
しかし、想うのは、皆との久しぶりの再会と大音量のリハ、其れとだんまや水産での宴会で或る。●平さんと逢えるのも、是が最後になるであろう。彼女は今年就職先が決定し、来年から新しい勤務先へと旅立って行くのだから。暖かく見守ってあげようではないか。
んでも、串カツは小生がアグ、ハフ、とやるまでは禁止だし、ワタナベさんをどうやって誘ったらいいのか解んないし、早くリハはやりたいし、忘年会は楽しみだし、是から苦悩と悶絶の一ヶ月が始まるので或る。
●11月29日(月)
本日から一週間、十八時から二十三時の「夜間講習」で或る。と言うわけでこのポキールを昼間の間に書いてしまおうと言うわけである。
次回のリハ&大泥酔忘年会は十二月三十日に樂音&だんまや水産で行う事に決定した。是で皆にやっと逢えて、しかも音まで出せるとは大変嬉しいことである。
細かい事は言わない。とにかく大音響と大泥酔である。コレがないとエストリの一年は終わりを遂げないのだ。
バンドのメンバーのスケジュールは確認した。後は、かえでさんとか月見猫さんとか、キッシーとか海士ッチで或る。誰も彼もが腰を据えて、ゆっくり語り、飲みたい面子ばかりで或る。
一番腰を据えて、語り合いたいのは、何と言ってもジャミール・ほったで或る。あれ以来、のらりくらりと、まるでウナギの様に逃げ回って、いや、本人は忙しいのかもしれないが、姿を見せない。先般のいづみやでも、是は、ジャミール・ほった抜きのいづみやであった。
さて、十二月三十日はどうなるのであろうか。是が楽しみで仕方ないのだが、あと一ヶ月も或る。この間小生は悶々としながら悶々と仕事をし、其の間にワタナベさんのことなども悶々と考え、悶々とした日々を送るので或る。悶える華三助で或る。
兎に角、今日はワタナベさんで或る。あのひとに逢えると思うと、夜間講習も辛くは無い。ナイスバディにロバート・プラントで或る。
抱き合える其の一瞬を目指して、頑張ろう。
●11月28日(日)
昨日はいづみやを堪能した。月見猫さんにも逢えたし、次回の飲み会の日程も十二月三十日と決定した。
しかし、昨日のいづみやでは、なんというか、裏をかかれた、とでも言おうか、そんないづみやであった。小生はいづみやにポテサラは無い、と思っていたのに、なんとポテサラがあるではないか。其れに、小生が串カツアグアグをやり終えると、ダンナさんがなんと、カキフライをアグアグしているではないか。カキフラは意外だった。其処で小生も負けじと、カキフラにハムサラダをオーダーするのであった。
其れに何と、ブリテリまであるではないか!ブリテリ。迷わずオーダー。昨日は揚げイモなんてつまらないものは頼まなかったモンね。串カツにオムレツに煮込みとカキフラとハムサラ。
そういえば、かえでさんが、何時の間にかソース焼きそばをたのみ、独りでアグアグしていた。うーむ。ダンナさんはただの煮込みじゃなくって、煮込み豆腐なるものを頼んでアグアグしていた。しかも全て、何時の間にやら、で或る。小生は、王道を辿っているというのに、いづみやで、裏をかこう、という輩が増えだしたので或る。なんということか。
串カツに対抗しカキフラ。ブリテリに対抗しソース焼きそば。なんということか。モツ煮込みに対抗して煮込み豆腐で或る。次回のいづみやでは、余程作戦を練っていかないと、裏道に地雷をばら撒かれ、えらい事になる。今度、誰にも内緒で、独りでいづみやに勉強しに行ってみようか知ら。
それにしても、月見猫さん、七海ちゃん。七海ちゃんは生まれてたった四ヶ月でいづみやの門をくぐった、となると、将来がたのしみだなあ。今度は西荻のだんまや水産で逢おうね!
ジャミール・ほったに逢えなかった事だけが残念でならないが、今度はワタナベさんを是非連れて・・・どーしよーかなー。
●11月26日(金)
昨夜は、やっとやっとの今日の休みに備えて、わざと遅くまで夜更かしをし、医師から処方された向精神薬を規定量ガッチリ飲んで寝たら、夢も見ないでガツンとグッスリ、ガッチリ、と眠れたのだが、今では少々ラリリ気味で或る。
今日はお仕事が休みで或るということは、ワタナベさんとも逢えない訳で、是がすごく寂しいが、そんなに働きづくめでも小生のほうがダウンしてしまう。丁度良い処で休みを申請しておいて良かったと心から思う。
今日は休みついでに、食材の買出しへと「スーパー中村屋」へと出掛けた。此処でまたもや発見してしまったのだ。何を。一切れ百五円の甘塩シャケの切り身をだ。是を五匹、じゃなかった、五切れもまた買い込んでしまった。このシャケの切り身は塩加減が程よく、焼いて食べると熱いゴハンにとても良く合うのだ。切り身の切り方は、とても大雑把に切ってあるので、其の中からなるべく身が厚く切ってあるものを厳選して選び、購入した。
ハムカツ七十五円、というものも購入し、ついでにポテサラも購入。りんごジュースも購入。おでんセット三人前四百三十七円というものも購入。このおでんは、今、鍋のなかでグツグツ中で或る。
今日は、ワタナベさんに逢えない悲しみから、このような買物になってしまったのであるが、明日はなんと、いづみやであったのだ。
月日が経つのはなんと早いものであろうか。小生が強行採決をし、いづみや決定を宣言してから、もう明日で或る。ハムカツなど喰っている場合ではないのだ。串カツの出番で或る。ここは正念場といえるだろう。「串カツ禁止令」を発令したのは小生で或る。なんとしてでも串カツに打ち勝たなくてはならぬ。いづみやにポテサラは確か無かったと思ったが、是非導入検討する事を、強く店長に勧めたい。串カツとくればポテサラ当然、強力なコンビであるからである。
明日は、勝ちに出たい、と思う。此処で負けるわけには行かぬ。きっと天候にも恵まれるであろう。是非とも、泥酔し、勝麺壱の分まで串カツをハフハフ、アグアグと喰らいたいと思う。
さて、鍋のなかでグツグツ中のおでんも煮えた事だし、ワタナベさんを思いながらイッパイやるとするか。
●11月25日(木)明日から三連休(^o^)b
やはりこころに火がついてしまって、恋心を抱くようになってしまった。食欲は全く無く、今日の昼飯は「てんや」で「天丼」等という物しか喰う事が出来なかった。天丼は五百円であった。
でも、其れは決して小生のせいでは無いので或る。これから小生は、無数の病に似た痛みと、苦痛を味わう事になるのであろう。でも、是は決して小生の責任ではないのだ。増してや、ワタナベさんの側になんらかの落ち度が在る訳でもない。ソイツは急にやってくる。いつも急にやってくるので或る。
「恋とは病気である。しかし其れは世界で一番美しい病気だ」と表現したのは、故中島らもさんで或る。全く其の通りだと思う。キューピットはイキナリ、ヒトのこころに矢を放ち、其れを突き刺し、そして逃げて行く。矢を放たれ、こころを射貫かれた方は、熱にうなされ、悶々と悶え苦しみ、夜毎街をほっつき歩き、酒を飲み、気絶に近い眠りを余儀なく選択される事になる。想うのはワタナベさんの事ばかり、で或る。
空対空ミサイルはワタナベさんをロック・オンし、ピーッという警告音も出て、発射準備は出来ているのだが、そのトリガーを引く勇気が未だ満たされていないのだ。
昨夜は眠れなかった。「寝てますか?」というフザけた曲が浮かんできて、其の曲を譜面に起したくて仕方なかったのだ。詩の内容は此処では言えぬ。其のうちライブで披露する事になるであろう名曲で或る。
ついでと言えばついでだが、カップリングで「眠れません」という曲も創ろうか、と思っているのだが、こちらの方は今ひとつ良いアイデアが浮かばないで困っている。此処はひとつ、外笑先生のお力添えが無ければ、曲は完成しないであろうと思われる。こういった、原曲の作曲、其の後の曲構成の編集、曲全体のアレンジ、出来上がりまでを、各々が自分の才を以って出来るところがエストリの良い点で在ると思う。その様にして創られた曲には、完成、というものが無い。曲自体がどんどんと成長して行く。是は素晴らしい事だと思う。
「寝てますか?」の詩の中に「そして君のスパイス」というフレーズが在る。このフレーズは特に意味を持たないフレーズで或る。まだまだ意味を持たないフレーズは沢山在るが、小生が曲を作るときは、この程度で良いのだ。後は外笑がどんな味付けをするか、という事だけのことで或る。「レトルトカレーを、あっためりゃオッケー」等というフレーズも在る。問題は、今、小生のところにギターが無い事で或る。関東逓信局のスティーブ・ルカサーのところにリペアに出しっ放しであるからであって、是を取りにいかなければならない。
小生が欲しいのは、ワタナベさんのハーティフルなスパイスで或る。
あとは、こころまで抱けたら、其れでいい。
●11月24日(水)
一目惚れをしたかもしれぬ。今日、職場で素晴らしい大人の女性と出逢い、一緒に仕事をし、其処で小生は一目惚れをしてしまった可能性が非常に高い。
繰り返して言うが、大人の女性で或る。其の女性は、今までの小生の好みのタイプの傾向である「ロリ傾向」とは大きく傾向が違う。しつこいようだが、あくまでも「大人の女性」である。そして、其の女性は小生よりワンランク上の立場のSVという立場にある。ちなみに小生の立場はSCRというペーで或る。其の女性は年の頃なら二十八から三十二、三といった処だろうか。妙齢であろう、と思われる。
今日は現場であるセンタに入って、センタ実地教育を受けた。その時の講師が其の女性で或る。受講者は小生を含め四名。小生の他は皆女性。其の講師の女性の名をワタナベさんと言う。とても、とても、ぶっきらぼうっぽく、しかし其れでいて親切、丁寧にワタナベさんは色々と教えてくれた。
センタ実地教育の途中で休憩に入った時に、喫煙室でワタナベさんとツーショットになり、色々と話した。其の後から小生のこころの様子が少しヘンになってきた。いや、小生がヘンなのは元々ヘンなのだけれども、段段と、もっとヘンになってきた。帰りの電車の中では、曲さえ思い浮かんで来る程、もっともっとヘンになった。今では少々落ち着きを取り戻したが、やはり心の中はワタナベさんでいっぱいで、ヘンな間々で或る。
ワタナベさんはナイスバディで背がスラリと高く、ロバート・プラントのような髪型をして、眼鏡をかけている。しかしセクスゥイさは、決して是といって表立って外には出していない。セクスゥイどころか、ぴしっとスリムなジーンズをはいて、いかにも仕事の出来る女、いつでも走れる女、といった格好をしている。話した感じでは、特に此処が女らしい、と言う処は無く、逆に男らしい。ハイライトのメンソールを吸っていた。
ワタナベさんと、もっと色々話がしたい。この想いで小生のこころは、はちきれんばかりで或る。曲がバンバンと浮かんで来る。是は絶対に小生の心の中に在る恋というか恋心というか、そんなものへと繋がっている「炎の導火線」にワタナベさんが火を放ってしまったに違いない。火を放ったのは、決してヴァン・ヘイレンでは無い。
ギターが欲しい。この際なんでもいい。チューニングさえ狂わなければいい。この想いを曲にしてしまいたい。今がチャンスだ。やれ。やるんだ。ホレ。ったって、今ギターが手許に無いのか。残念でならない。
この炎はメラメラと燃え、もうもうと煙る。こうなったら、もう誰にも止められない。小生の空対空ミサイルは、ワタナベさんをロック・オンした。ピーッという警告音が聴こえる。後はミサイルを発射するタイミングを計り、確実にミサイルを発射し、相手を撃墜するだけで或る。
●11月23日(火)勤労感謝の日も仕事▼▼〆
小生の勤務先は新宿の住友ビルの二十五階なのだが、今朝、出勤したら、一回のフロアに巨大なクリスマスツリーを飾る作業をしている人達が居て、今年ももうそんな時期か、と多少うなだれた。が、今年はうなだれっぱなしでは済まされないので或る。
例年であると、クリスマスなどというものは、小生は自宅でローソン食(おでん、弁当等)を喰らい、へっ!と思い、ショウチュウを熱湯で薄めたモノに梅干をいれたモノを飲み、泥酔し、独りで歌のひとつも歌っていたのだが、今年のクリスマスは違う。なんだか良い事が有りそうな気配がするので或る。
しかし其れを口外する事など、絶対にしない。夢と大切な楽しみは、黙って取っておくものだからで或る。其れに、今年のクリスマスは土曜日で或る。其の大事な其の時期の、大事な時間帯に、誰かさん達に珍入されない、とも限らないのだ。油断はできない。久々の、ああ。思えば五年ぶりの楽しいクリスマス。大事にしなくては。すべてを極秘裏に処理しなくてはならぬであろう。
でも、でもだよ。もしかしたら、ホレ。其処の彼女。こないだの可愛いネ-チャンが、勤務の帰りに、「あたしを飲みに連れてって」等と言い出しはじめたら如何し様。まあ、そんなことは無いか。いや。解らぬ。絶対に油断してはならぬ。場合によっては、こっちをキャンセル、あっちをキープ、と言う事も考慮せねばなるまい。うぅっ。小生てば、なんて罪つくりな男なので在ろうか。
是から、学生生活が始まると、いろんな事がドンドン楽しくなる。昼休みのオベントだって大イベントで、楽しいに違いない。金曜日の飲み会は楽しくて仕方無いで在ると思われる。ああ、高田馬場の夜はきっと長いに違いない。永久で或る、と言っても良い。
小生にとっては四十歳から始まった第二の青春時代で在る。なんと嬉し楽しき事であろうか。ああ、我が青春よ。今、此処に再び舞い降りる。
●11月22日(月)
小生はうつ病持ちで或るからして、当然の症状として、睡眠障害というものが有る。これは、矢鱈に長時間寝てみたり、ゼンゼン寝付けないで、やっと寝た、と思ったら、其の睡眠の質自体が非常に悪く、寝起きの朝に最悪の気分で目を覚ますという、とっても厭なヤツで或る。
しかし、うつ病自体は治癒するものではなく、「寛解」するものだから、寛解した時に、この精神の状態を「良いコンディションに保って置く」事がとても重要で或る事に気付いた。その為には、この睡眠が重要で、常に質の良い睡眠を摂っていなければならない。
其の為、当然の事として、寝る前には、睡眠導入剤は勿論の事、坑うつ剤、精神安定剤などを服用する。小生の場合はアモキサンという坑うつ剤一種類を三カプセル、睡眠導入剤のグッドミンとロヒプノールという薬二種類を二錠ずつ計四錠、強力な精神安定剤のヒルナミンを二錠。是が医師から処方されている規定量の薬で或る。
しかし、是はこの量を其のまま飲まない。こんなモノをこんなに飲んでしまったら、翌日の朝なんぞは起きて仕事に出る、何て事は不可能になる。翌朝までバッコシ薬が効いていて、ラリリの状態、其の物になってしまって居る。脳味噌なんぞ使い物にならなくなってしまっていて、とてもじゃないけど「出勤」など出来なくなってしまうからだ。
だから、仕事を始めてからは、薬の量を、其の日の身体のコンディションに合わせて調節して飲むようにした。坑うつ剤のアモキサン三カプセルは変わらないが、睡眠導入剤は、作用時間が短い方である「グッドミン」という物を二錠、ヒルナミンという強力な精神安定剤を一錠。是だけで或る。
以前は、是だけではとてもじゃないけれど、「質の良い睡眠」なんて取れやしなかった。早朝覚醒、つまり、朝の四時とか、とんでもない時間に目が覚めてしまい、其の後眠れず、抑うつ状態に陥ってしまう、という最悪の状態になってしまい、「出勤不可能」となっていた。
其処で大切なのが「眠るためのコンディション作り」で或る。最近では、眠るためのコンディション作りが非常に重要な事に気が付き、其のコンディション作りを実行し始めた。そして、其れを実行し始めてから、すこぶる調子が良い。
其の方法はこうだ。眠る一時間前には必ず薬を服用する。そして、眠ろうとする一時間前には布団に入る。一時間取れなかったら、最低三十分。出来れば四十五分。そして、布団の中で、「睡眠の準備の為の読書」をする。
是は、小生の場合の話だが、小生にとっては「中島らも」さんの本を読むのが良いらしい。らもさんの作品の中でも大爆笑物はあるのだが、是は避けて、落ち着いていて、内容が多少ウエットで、しっとりとした作品を選んで読む。主にエッセイ集がメインだ。小説は読まない。終わりがくるまで読書が止まらなくなってしまうからだ。内田百關謳カでもかまわない。東海林さだお先生の本は、大爆笑した挙句、腹が減って眠れなくなってしまうという状態になってしまうので、あまり、というか、全く睡眠の準備のための読書としてはオススメ出来ない。
こうして、コンディション作りをして眠ると、少量の睡眠前や坑精神薬の服薬でも、質の良い睡眠が取れ、翌朝、薬も残っていないし、スッキリと起きられるようになる。お陰で仕事に影響もしない。仕事中に眠くなる事も、まあ、タマにはあるが、殆ど無い。
人間、大切なのは、矢張り薬で無理やり作ったものではなく、自然な「精神の安定」で有る事が最近良く解り始めてきて、実行している処で或る。
ちなみに小生は明日も仕事で或る。▼▼〆
●11月21日(日)仕事▼▼〆
今日の研修はチョーラッキーだった。若くって頭がよさそうで、すぅんごぉくカワイイ女の子が隣の席だった。マツ毛がハタハタとハタめくように長いコだった。多少話もした。幡ヶ谷に住んでるらしい。小生は大島だ、と言った。小生は今朝は朝飯抜きだけれど、彼女は今朝七時半に起きて、キチンと朝飯を喰って来た、という話もした。後は、お疲れ様、だのの挨拶程度しかしなかったが。「同じ配属だといいな」と思っていたら違う配属でガックシ。今日は何が「エロティック」かって、講師の女性が「エロティック」だった。しかし、お前はそればっかか。少しは真面目に仕事せい。
というような事を書いているうちに、ああああもう八時二十分。明日は八時三十五分出社だから、今日は早く寝ないと。ああああ。
ジャミールから、27日のいづみやに出席できぬ、と電子書簡が来た。非常に残念だが、本人も残念そうだった。会社の都合らしい。本人も串カツを残念がっていた。勝ちゃん、串カツはまた今度ね。今回は俺らで串カツをアグアグしてきます。しかし、華ッチも勝ちゃんに逢えず誠に残念。楽しみにしてたのになあ。まあしゃあないか。
ああああもう八時半だあー。これからイッパイやってメシ喰って、本読んで今日は早く寝なくっちゃあ。こうしてイッパイやりながら、ボケーッとボケる自分の時間を買うために小生は働いているのだ。しかし、学生生活が始まったら其の時間ももっと減って、スイミン時間も、もっと減るのかあ。キッツイなぁー。
と言う訳で、今日はもう時間が無いので是にて候。
●11月20日(土)仕事▼▼〆
今日は同じ講習を受けている中に二人ばかり「エロティック」な女の子が居たのでチョット嬉しかった。講習の中身はADSLの基礎知識というケツの割れそうなやさしい内容だったのでえらいカンタンでヒマでタイクツだったが、「エロティック」の方は十分に堪能させて頂いた。
しかし気が付くともう夜八時半、こうして居ちゃ自分の時間が全く取れない。小生は自分の時間を「買う」為に働いているのだ。会社のために働いているわけではない。こんなんじゃ、受験勉強だって出来やしないし、本だって読めないし、音楽だって創れもしなけりゃ聴けもしない。まいった。
しかし、楽しみも有る。今度のいづみやで或る。非常に楽しみだ。エロティックより楽しみだ。なんせ串カツだもんな。ああ。久々のいづみやの串カツよ!是をどれだけ待ち望んだ事か。あああああ。なんせダンナさんもマカオじゃなかった、モスクワから飛んでくると言うし。しかし、勝麺壱だけが返事をよこさない。連絡はキチンと届いているのだろうか。メールは見たのだろうか。消息不明で或る。月見猫さんがいらっしゃる、という事らしいから楽しみだ、シャイな小生はテレてしまって、どうしようかしらほにゃららポン!どうか内気な小生を苛めないで可愛がって下さいね。
ああああもう忙しい。こうしていながらもショーチューは飲まなきゃなんないし、カラ酒は身体に良くないからツマミはつままなきゃなんないし、タバコは吸わなきゃなんないし、ポキールは書かなくちゃならないし、ウメボシもちょっとジャブりたいし。で、ちょっとこの「紀州のくずれ梅」というのをしゃぶってみると、口がひんまがる程スッパい。焼酎の緑茶割りに良く合う。酒の進む一品だ。
あそうそう。入院していた友人から連絡が入った。手術は無事済んで、昨日はお粥まで食べられたそうだ。よかった無事で。一安心。退院したら、ウマいもんでも喰いに連れて行ってあげようっと。
ああああもう九時だ。
と言う訳で、本日は駆け足で候。小生は明日も仕事。▼▼〆
●11月19日(金)
今は朝で或る。特に眠気は無い。しかしノドはからからに乾いている。此処で水をごくごくと飲む。うまい。「酔ひ覚めの水、値千両に値が決まり」と言うが、まさにそうである。
昨日は友人の手術だった。うまく行っただろうか。心配である。ボケーと煙草をふかしながら、そんな事を考えている。是非成功していて欲しい物だ。
また水をごくごくと飲む。ニリットル入りのペットボトルから直接口のみでゴクゴクと飲む。この水がこたえられない。良く冷えていて非常にうまい。扁桃腺を切った友人は、この水さえも飲めないのだ。
手術をした友人からは、今日あたり電子書簡でその結果がくるだろう。発熱などしていないだろうか。痛みは無いだろうか。扁桃腺を切ったのだから、ゴハンは食べられなくて、点滴で命を繋ぐ事になる。小生も急性膵炎で入院していて絶食し、点滴で命を繋いだ経験は有るが、アレは厭なものである。早く元気になって、ゴハンを食べられるようになって欲しい。
ゴハンは大事である。入院して、絶食してみると、ゴハンの大切さが良く解る。特に大盛りはゴハンの大事な要素である。早く元気になって、大盛りのゴハンを食べられるようになって欲しい。
昨夜の晩飯は、先日買い込んだシオ鮭とアツアツのゴハンだった。非常にウマかった。入院しているとこんなものも食べられないのだ。アツアツのゴハンにシオ鮭。やっぱりウマかった。こんなにウマいとりあわせを一体誰が考えたのだろう。友人にも是非アツアツのゴハンとシオ鮭を食べさせてあげたい。
友人が一日も早く健康を取り戻してくれる事を願う。退院したら、何かウマいものでも一緒に喰いに連れて行ってあげよう。
●11月18日(木)今度の日曜の代休
「大宮いづみや第二支店」に於ける泥酔大会が急遽決定した。其れも、小生が強引に決定した。強行採決した、と言ってもいい。
此処に来て小生は「串カツ禁止令」を発令する事とする。但し、小生だけは串カツを喰って良いので或る。
全員が集合し、まづ、小生がナマビールのあの大きい中ジョッキ(いづみやの中ジョッキは通常の居酒屋・ビアホールの大ジョッキ並に大きい)をゴクゴクと五ゴクぐらい飲み、「お姐さん、串カツね」とオーダーし、アツアツ、揚げたて、コロモさくさく、カラシタップシ、ソースダボダボ、最初はタマネギ、の串カツを、「アグ。ハホハホ。」と、喰い、またもや冷えたナマをゴクゴクと三ゴクぐらいやり、手本としての「串カツの食べ方」を披露し、其れを、皆が涎を垂らして良く観賞する。
そして、皆が、「ウー。モーダメ。アウアウ」となった時点で、「串カツ禁止令」は解除・撤廃し、そして、其れ以降は皆も小生のように、アツアツ、揚げたての串カツを「アグ。ハフハフ」。そして冷えたナマをゴクゴクとやる事を認可する事を、小生の強行な採決によって此処に可決決定する。
小生がアツアツの串カツを、アグ、ハフハフ、冷えたナマをゴクゴクとやるまでは、皆は、モツ煮込みやら、紅海月ならぬ雲丹海月やら、つまんない揚げイモかなんかを、召し上がって、ガマンしていなさい。
そうそう。揚げイモでも食べていなさい。特に揚げイモなんかは、つまらなそうに食べていなさい。「なんだ。こんなもの。」と言うような感情を込めて、特につまらなそうに、何の感慨も無く、揚げイモを食べなさい。そして、横で小生が、揚げたて、アツアツの串カツをアグ、ハフハフ、とやっているところを眺めながら、涙にむせびつつ、オムレツでもつつきながら、激怒し、時には号泣し、地団駄を踏みつつ、つまらない揚げイモでもつまらなそうにひとつまみし、「ポイ」と口の中に入れ、串カツを食べられない悔しさを怨みつつ、またしても揚げイモでも食べていなさい。そして、またもや涙にむせびなさい。
第一、いづみやの串カツのウマさを発見したのは小生で或る。其れまで、だんまや水産にいこうが、やるき茶屋に行こうが、コロッケなんぞを食べていたクセして、此処で串カツに寝返るとは何たることか。
今回の「串カツ禁止令」という措置は、その怨念で或る。怨念と怒りと、小生の串カツに対する執念で或る。そうしないと、いづみやの串カツの本当のウマさは解らないんだかんな。
●11月17日(水)今度の土曜の代休
友人が入院した。扁桃腺肥大が有るので、扁桃腺を切ってしまう手術のためだそうだ。扁桃腺肥大と言えば、小生も幼少の頃から扁桃腺肥大で或る。しかし未だに切除するまでには至っていない。
小生は、何年か前の年末、扁桃腺を大いに腫らし、四十点五度の高熱を出した時に、K病院の耳鼻咽喉科に罹り、「入院してください」と言われ、入院した。しかし、扁桃腺を腫らして高熱を出した男の入院生活は退屈なもので或る。
四十点五度の高熱があるとは言え、食欲も大いに有るので或る。がしかし、K病院の成人男子の食事は、一日、千八百キロカロリーと決められているらしく、小生が幾度も「メシを大盛りにして頂きたい」と申請しても、其の申請は却下された。
仕方が無いので、売店で、簡単な弁当なようなものを購入し、副食に充てた。何せ、腹が減って眠れないのではこちらも困る。そのような入院生活は一週間ほど続いた。
退院するに当たって、医師から、「度々このように扁桃腺が腫れるようでは、扁桃腺を切除する手術をしなければならぬ」事を言い渡された。しかし、はたしてこの扁桃腺は今年の正月に見事に腫れたのである。其の時は、K病院ではなく、A私立病院に罹ったので、強力な抗生物質と坑炎症剤を処方してもらい、其のお陰で、一発で治癒した。この時にK病院に罹っていたら、間違えなく、入院、手術、となっていただろう。
物の本で読んだのだが、人間の身体と言うものは、出来るなら切らない方が良いらしい。組関係の方などは、小指を詰めただけでも全身がガタガタに成るというし、胃潰瘍の手術をした人からは、「手術をしたせいで、なんだか、オーラと言うか、『気』のようなものが全身から抜けてしまった」と言う。
友人は、本日入院し、明日、肥大した扁桃腺の摘出手術をするらしい。其の手術も全身麻酔をして行う、と言う事だから、本人は相当不安がって、小生の携帯電話に電子書簡を送ってよこした。小生も、膵臓の検査でERCPという物をした時に、軽い全身麻酔をしたが、アレは相当怖いものだった。だから、今回手術する本人の不安と云うものがどんなものか良く解る。
小生は、「心配しないで、先生を信頼し、気楽に」等と気楽な返事を返したら、●●●さん(小生の本名)のお陰で気が楽になりました、有難う、と返事が有った。
願うは、友人の手術の成功と、健康な身体で或る。
●11月16日(火)
さて、アルバイト先にカワイイ子が居るかいないかという話である。
是が、はっきり言って良く解らない。小生は目が悪いので講師の先生が書いたホワイトボードの字があまりよく見えない。其処で、ホワイトボードが良く見えるようにと、座席を一番前の真中に取っている。是じゃ後ろの様子など解らない。それに、勉強が大変で女の子など見ているヒマもないものなのだなあ。
しかし、実際にコールセンタの現場に配属されたらどうなるだろう。小生の配属先はもう決まっていて、「NG解消ユニット」というチームらしい。どんなNGを解消するのだろう。まさか「プリプロ録りのドラムのNG」ではあるまい。このチーム名も不思議といえば不思議だ。カワイイ子はいるのか。まさかムサい男ばかりのチームじゃあないだろうなあ。この辺が不安か、と訊かれれば不安である。
カワイイ子については、後日改めて見定めをするとして、指をホームポジションに置いたブラインドタッチというものがなかなか出来ない。小生は、腕が痛くなるほどこの練習をし、左手については、或る程度自分の指が今どのキーを押さえているのかは判るようになってきたのだが、右手が言う事を聞いてくれないで困っている。
早く一人前になって、大いに稼ぎ、固い決意と決断を以った引越と共に、アップル社のiBookG4/1.33GHz(14”ディスプレイ)と、録音用機材としてプロも愛用する、というローランド社のVS−2000CD、BOSS(ローランド社)のBR−864、そして、とっても高値であるGibson社のES−335を入手したいものだ。
話は変わるが、困った事に、先日スーパー中村屋で大ぶりのシャケの切り身が一切れ百五円と安かったものだから五切れも買ってきてしまったものですから、此処の所御飯のおかずはシャケの切り身ばかりで或る。小生は成るべく煙りが出ないようにと、フライパンでシャケを焼くのだが、其れでもヘナヘナの換気扇のお陰で部屋が魚臭くてしょうがない。しかし、このシャケの切り身は、甘塩で、大変な美味なので或る。
●11月15日(月)
新しく決まったアルバイト先に初出勤した。
男女問わず結構トシいってるヒトが目立ったが、若い男性も目立った。カワイイ女の子が目立った、と云う事は無かった、というか、まだ其処まで気が回らなかったので、明日はその辺を中心に気を回してこようと思う。
この会社、アルバイトを「社員」として扱う。言い方としては「アルバイト社員」と云うヘンな言い方をする。だから、今日の午前中は、雇用契約書だの、機密保持ナントカだの、なんチャラの書類だのを、散々、ホントに散々書かされた。身元保証人も勿論必要だ。此処は、(有)外笑保証受託に委託をした。(有)外笑保証受託の入社に関する身元保証の保証手数料は、いづみや一回分の飲み代らしい。
この会社の「アルバイト社員」として待遇が良いところは、小生も社会保険加入である、というところだ。是で面倒な国民健康保険や国民年金の加入や支払の手続きをしなくて良い。この「アルバイト社員」の身分を確保したことで、健康保険証も社会保険だし、厚生年金も雇用保険もバッコシ完備だ。なかなかヤルではないか。
「身分」と言えば、これでやっと小生にも「身分」というものが出来、唯の何者でも無い与太者から卒業できた。何せ、身分証明書だってキチンと発行されるのだ。今後、二週間の講習を経て、小生も一人前のコールセンタのスタッフとなることであろう。
一人前になったら、午前十一時から休憩を挟んで深夜二十三時までという長時間勤務にハゲまなければならない。学校が始まったら、十七時四十五分から深夜二十三時までの勤務。この勤務にも、やはりハゲまなければならない。是で、仕事の後のイッパイは解禁となったが、深酒など決して出来ぬ。今まで以上に健康管理には留意し、注意したいところで或る。しかし、勤務にハゲみ過ぎてハゲる事だけは是非避けたい処で或る。
そして、決して忘れてはならないことがもう一つある。小生は受験生で或る、と云う事だ。何としてでも受験戦争に勝ち残り、我が「学生証」を入手しなければならない。其のため、日々行っている小論文の筆記練習をも、今まで以上に尚更こなさなければなるまい。此処が本命のミソなのだから。卒業後は精神保健福祉士(PSW)として勤務にハゲむ事は心に念じて覚悟している。しかし、しつこいようだが、ハゲる事だけは避けたい処では或る。
アルバイトを始めた小生は、いよいよ、というか、固いケツイと決断を以って引越しをし、アップル社のiBookG4/1.33GHz(14”ディスプレイ)と、録音用機材としてローランド社のVS−2000CD、BOSSのBR−864、そして宅録用に、いよいよ、というか、遂にというか、Gibson社のES−335を入手する事を目標とする事を決心したので或る。ES−335は、勿論、誰にも触らせないで、自宅に貯蔵し、宅録用にしか使わないつもりで或る。
●11月14日(日)
マウスが手に入ったため久々の「本日のポキール」の再開であるが、今は朝で或る。其処で、今朝起きた時に頭をよぎったコピーがひとつ。複写機の事を指すコピーではない。コピーライティングのコピーで或る。
「コンサルティングから始めます−華心理相談クリニック」。是で或る。
精神保健福祉士(PSW)が、カウンセリングを専門として開業している例は非常に少ない。しかし開業してはいけない、と云う事は全く無い。そこでこんなコピーが出てきたのだろうか。小生もPSWとして開業できるなら開業してみたい。だが、しかし其処での問題は、何故こんなコピーが出てきたのか、と云う事で或る。
昨日、美術館に行き、渋谷でスパゲティを喰らい、そのあと「勝麺壱リサイタル」に行き、勝麺壱のベースの腕に改めて感心し、そして其の後渋谷の「つぼ八」で飲んだのだか、今朝起きてみると、二日酔いは全く無いのに、何故か記憶が非常に遠い−。全ての記憶が遠いのだ。おまけにぶつけた記憶も無い左ひざが何故か痛い。ハテ。昨日は帰宅してから、新しいマウスをパソコンに取り付け焼酎を少しばかり飲み、そして「ラーメン大學」へタンメンを喰いに行っておとなしく寝たはずなのに。このひざの痛みは何だ。しかも明らかに打撲による痛みで或る。
何故、こんなにも記憶が遠いのか−。原因は、つぼ八の「ワリッカ」しか考えられない。「コンサルティングから始めます−華心理相談クリニック」ではこうとしか考えられない。「勝麺壱リサイタル」でワインをがぶ飲みしたのもいけなかったのかもしれない。しかし、とにかく、二日酔いは無い。無いのだが、全てが遠いのだ−。
「コンサルティングから始めます−華心理相談クリニック」では、まず、自分のコンサルティングから始めなければならない。何故、こんなにも記憶が遠いのか。ワインと焼酎「ワリッカ」の、ちゃんぽんがいけなかったのか。其れとも「ラーメン大學」のタンメンがいけなかったのか。
「ラーメン大學」のタンメンがいけなかった、という説はどうも考えにくい。それにタンメンを喰って、ひざを打撲するとは考えにくい。昨夜、パソコンにマウスを取り付ける際にパソコンをひっぱり出したのだがその際に打撲したのか。もしも小生のパソコンがMacのiBookG4/1.33GHzであったなら、こんな事は無かったのか。
もうひとつ、可笑しな事に、この文章を書いている間に、ひざの打撲と考えられていた痛みは取れてしまったのである。ひざの打撲と思われていた痛みは、「ヘンな寝方」をしていたせいだったのだろうか。そして「痔核血栓」が何故か殆ど治ってしまったのである。昨日あれだけ痛い思いをしたのに。
全ては遠い記憶の中で或る。
●11月10日(水)
昨夜、女の子を泣かせてしまった。お父さんが先日亡くなったらしい。「優しい言葉」をかけたら、彼女は号泣した。
其処でバカな小生は、またもや、「優しいヒト」となってしまうので或る。小生は決して優しくなど無い。冷酷で或るかも知れない。しかし、小生は自分のことを知っている。冷酷なら冷酷に、相手が優しさを求めているのならば、小生は其の相手に対して優しさを持って制す。小生は、自分を殺せない人間だ。つい、相手に対して感情移入してまう。是もまた、自分が寂しがりやであり、実際に寂しい事から来る精神病理か。
泣かせてしまった女性から、「またK’Sバーに連れてってね」と挨拶をされた小生は「ああ、何時でもいいよ」と応えた。彼女は泣ていた。其の涙の意味はなんだろう。
「●●●さん(小生の本名)に出逢えて本当に良かった」彼女はそうも言った。はたして、是は本当にそうであろうか。解らない。答えを知っているのは「時間」だけで或る。時間は全ての事を物語る。記憶、と言ってもいいし、其れは、思い出かもしれない。
今回の事は、決して「恋」では無い。有るとすれば「愛」で或る。ってなこと言っても、自分でもよーく解らないや。んひゃひゃひゃ。外笑とジャミールとかえでさんと、ダンナさんに思いっきり「チュー!!」ンじゃ無きゃ、シラフでやってられるかい。
いづみやの串カツが恋しい。しかし小生は今から目玉焼きを絶対食べる。
●11月9日(火)
アナルが痛い。病院に行こうか、と思うほど痛い。しかし、先ほど排便した後、アナルを良く洗って薬を塗ったのだが、腫れの具合も其れほどではなさそうだ。此処は「エスジールAE軟膏」と、かえでさんに買ってきてもらった「アレ」で治療するとしよう。
しかし、この、アナルの痛さというものは、本職のアナルの痛いヒトに言わせると本当はもっと相当に痛いらしい。その辺、小生はまだ「エスジールAE軟膏」でどうにかなっているものだから、まあ、素人と云う所だろう。しかし、このアナルの痛さを誰かに分けてあげたい。ジャミールでも外笑でも、かえでさんでもこの際良い。アナルの痛さを思い知れ。ホー痛てえ。
話題を急に変えたいのだが、此処で話題を急に変えると、物議をかもし出す事になる。だから少々小出しにしておく。其れは、「本日のポキール」が、また、休載騒ぎになると困るからだ。小生は阿呆では無い。しかし或る意味阿呆である。だけど、小生は自分が阿呆で或る事を知っている。その阿呆がさんざ見てきたその結論は、「インターネット上で議論を交わすことなど、具の骨頂である」と云うことで或る。
そうか。文句があるか。文句があるなら、「いづみや第二支店」まで来てみろ。俺は待っている。だから、いつでも相手をしてやる。小生は個人攻撃はあくまでもしない。しかし矛盾した評論や論争にはあくまで立ち向かう。●●●は●●の●●こきくさって、矛盾した日常を暮らしていやがっているクセに、てめえで●●のひとつも出来ねえでいるじゃねえか。でめえ、単なる●●●のクセしやがって、もっともらしい●●●みたいな●●するんじゃねえ。
Honeyちゃん、怒ったら怖いぞ。(皆さん、●に好きな文字をあてはめましょう。)
●11月8日(月)
今日、新しい会社のアルバイトの面接に行った。いかにも好感触。しかし結果が出るのが明日の夜八時であるから、油断できない。
其れはそうと、今朝になったらいきなり、というか、矢張り、と言うか猛烈な便意を催した小生は、あまりの便の固さに痔になった。是は猫を棄てた天罰だろうか。三度目の正直というが、あの猫に腹を立てて棄てたのは正直言ってこれで三度目で或る。一度目、二度目は発見されたが、是で三度目の正直、もう二度と戻ってこないだろう。小生から走って逃げて行ったのだから。もう帰ってこない。そんな気がする。まああんなバカ猫を此処まで面倒見たのだから、もういいだろう。俺自身も、もうペットは当分の間飼う事を止めにする。
女房、子供が出来て、子供がどうしても飼いたい、と言わない限りは絶対にペットは飼わない。面倒見切れなくて棄てるような事は、自分でも相当ショックだったし、正直言って、今でもあのバカ猫の事が気にならないわけでもない。買物か何かのついでにひょっこり出てきたら、また飼ってやってもいいような気もするが、そんな事も、もう無いだろう。
其れより問題は尻穴の方で或る。面接中、ずっと痛くてしょうがなかった。是でまた先般購入した「エスジールAE軟膏」とかえでさんに買ってきてもらった「アレ」にふたたびお世話になるハメになった。ホー痛てえ。
●11月7日(日)
明日は新しい会社のバイトの面接だ!頑張らないと!今度こそ受かって見せるぜ!フン!ベルシステムなんて、以前正社員の募集の時も受けたけれど、あんな会社俺には縁が無いのサ!オペペのペ!だ!
しかし、「落ちたら何の連絡もよこさない」というのはどうだろう。なんとも失礼ではないのか。普通は、なんにゃらの文言があって、「貴殿の今後の活躍を期待いたします」ぐらいのこと書いたっていーだろ!E-Mailでもいいから其れぐらいのものよこせっていうんだ!クソシステム24め。
しかし、昨夜は寂しかった。外笑と電話で話せたから、まだマシだったけれども、是は皆で集まっていないせいか。寂しくて仕方なかった。
来年は、エストリ第一期の締めくくりを早めにやって、第二期に突入だ。其の為の機材だって買う準備はしてある。是は、あくまで予定だが。
しかし、早くアルバイトが決まってくれない事には、話にならない。明日の面接は、決死の覚悟で望むところである。会社名は、なんにゃら株式会社。会社名ぐらい覚えとかないと。ほにゃらら。ぷっ。
●11月6日(土)
ベルシステム24から何の連絡も無い。落ちたな、こりゃ。やっぱ四十歳だもんな、落ちてもしょうがないな。でも今度来週月曜日に面接に行くところの年齢制限は四十五歳まで。うぷぷっ。こりゃ期待できそう。何せ早くバイトを決めない事には、Macどころか学費だって捻出できないのだ。早く決まって欲しい物だ。
昨夜は妙な寂しさに急に襲われて、夜になって、寂しくて、寂しくて、仕方が無かった。誰かに、まみ姐さんにでもメールを書いて「寂しさ」を訴えようと、文面まで書いたのだが、メールは送らずに破棄した。もう四十なのだから、こんな寂しさは自分でどうにかしなければいけないものなのだ。それに、ただ「寂しい」と理由もわからず寂しいだけのメールをもらった方はどうしたらいいのだ。少しは考えろ。バカ。
しかし、一体昨夜の、あの寂しさは何だったのだろう。酒を飲んでもちっとも酔わないし、寂しさも紛らわせない。「酒を飲む」といっても、唯飲んでいたのではない。坑うつ剤と眠剤と安定剤を飲んだ後に寂しさに襲われて、酒を飲んでいたのだ。
週末だったからよかったものの、これが週中だったとしたらゾッとする。酒だって、今は機会飲酒と週末休前日の飲酒のみに節制しているのだ。この節制の誓いは堅い。堅いので、そう簡単に破るわけにはいかないのだ。
さて、気を取り直して、月曜日は面接である。今度こそ受かって見せるぜ!「ベルシステム24」は昔正社員の応募もしたことがあるのだが、其の時も不採用だった。小生は、どうも「ベルシステム24」とは縁が無いらしい。
さーて。アツアツのおでんでも食べようっと。アツアツだから気をつけないと。このおでんはスーパーで買ってきた二人前用、餅きんちゃく入りのおでんである。うふふふ。
●11月5日(金)
履歴書用の自分の写真をつくずく眺めてみた。うぷぷっ。ヘンな顔。めがねだって傾いているじゃないか。小生は、こんな写真を貼った履歴書を昨日提出したのか。こりゃ落ちるかもな。
でもできれば受かって欲しいものだ。受かれば、明日にでも連絡がくるはずだ。もし連絡が来なかったとすれば、それは「落ちた」と云う事。それじゃあしょうがない。別の会社のアルバイトに応募するしかない。
でも、やっぱり受かって欲しい。どうしても受かりたい。どうにかしてでも受かりたいのだ。それぐらい気に入っているのだ。
きょうも、「四百字詰原稿用紙一枚責め」の小論文を書きながら、こんな事ばかりを考えていた。しかし、最近では、四百字でも、或る程度の事は書けるようになってきた。一日一歩、三日でサンボである。日々の積み重ねが物を言うとはこのことだ。
しかし、うかりたい。早く結果が判らないか知ら。
●11月4日(木)
「ベルシステム24」という会社のアルバイトの面接に行って来た。バイトの面接にしては大掛かりなものだった。バイトの内容は、ADSL関連のコールセンタの受信業務で或る。
何が大掛かりか、と言うと、まず、会社概要のスライドショーを見せられ、ヘンなアンケートに答え、パソコンで一般常識問題に答え、国語と算数のテストをし、適性検査に答え、面接をする、という大掛かりなものだ。正社員の面接より、チョット甘いか?というぐらいのものだった。
問題は、算数で或る。分数の計算問題が出たのだが、是に困った。なんとかやり遂げたが、消費税の計算問題では、税込みの金額から税抜きの金額を出す方法をすっかり忘れてしまっていて、是は、只税込みの金額を消費税率で割ればよいだけの話なのだか、其れをすっかり忘れていて、あてずっぽうで答えてしまった。
このバイトの試験に合格すれば、働きづくめの毎日が待っている。休みは隔週土日で、祝祭日は出勤。昼の十二時から夜の十一時まで働く事になるのだ。
面接の感触は、どうも今ひとつ良く解らない。気に入ってもらえたのか、そうでないのか。小生が申告した勤務体系については問題は無さそうだったのだが。キャリアだって、申し分無い筈だ。四月から学校に行くから、夕方からしか勤務できない事もきちんと申告した。
この会社、時給が千二百円と高いため、小生としては是非受かりたいのだ。もし、此処がダメだったら、別の会社のアルバイトを受ける算段はついているのだが、今日、会社を見てきた加減では、是非此処に勤務を希望する。ああ、ベルシステム24よ。どうか小生を採用しておくれ。
●11月3日(水)文化の日
昨夜、また和歌ちゃんの夢を見た。ヘンな夢だ。亀戸で亀戸餃子食いながら飲んだ後、横浜のホテル、パン・パシフィックに向かう夢だった。
夢の中の和歌ちゃんは、相変わらずきょとん、としていて、カワイかった。餃子を食べる姿もカワイイ。しかし、何故、餃子の後に、パン・パシフィックなのかは解らなかった。此処は夢ならではのワケがワカラン処である。夢はパン・パシフィックに向かう途中のタクシーを拾うところで終わり、起きてみて、ふと気が付いたら、猫も起きていて、小生の事を見ていた。
さて、和歌ちゃんといえばふたりで旅行に行きたいところだ。この際、ニューヨークでもハワイでも、草津温泉でも、別府温泉でも、熱海でも良い。ふたりで旅行に出かけて、ゆったりとした時間を過ごしてみたいものなので或る。
しかし、行きたいのは、矢張りニューヨーク。きょとん、とした和歌ちゃんは、ニューヨークのテンションの高さに圧倒され、尚更きょとんとしてしまい、きっとカワイイに違いない。其のきょとんとした和歌ちゃんを見たいので或る。
ニューヨークでのホテルは、勿論五つ星の超高級ホテル「エセックス・ハウス・ウエスティン・ホテル」のワンベッド・ルームで或る。チェックインした後、荷物を片付け、ニューヨークの街をねり歩く。そして「ヴィレッジ・ボイス」誌を入手する。「ヴィレッジ・ボイス」誌は勿論ふたりで読む。
食事の前に、ちょいと街を散歩する。そしてN.Y.大学の辺りのレストランで食事を。勿論、酒も飲んでしまう。
ホテルに戻り、「明日は、日曜日だから、ハーレムの教会にゴスペルを聴きに行こうか」などと言って、和歌ちゃんの胸を期待で膨らます。
そして、持ち込んだバーボンをホテルの部屋で乾杯。かくてN.Y.の秋の夜は、しんしんと深けて行く。
●11月2日(火)
今日は、朝六時に猫に起こされた。ドタバタとうるさいのである。猫が。しょうがないから布団からよっこら、と起き上がり、昨日の内にまとめておいた「いらない燃えるゴミ」を棄てにゴミ捨て場へ。このゴミは、いらない洋服、パンフレット、もう使わないであろうコンピュータの専門書、客先へのプレゼン資料などで、70リットルのゴミ袋五つまでになった。お陰で、朝からどっと疲れた。其れでも、ゴミを処分したお陰で少しは部屋がスッキリしたような気もするが、そうでないような気もする。
特に、コンピュータの専門書は棄ててスッキリした。「ざまあみろ」という「ざまあみろ」感も有った。あんなもの、置いて置けば古くなるばかりで、買うときは結構な値段がするくせに、処分しようとすると、古本屋も引き取らない。まさにゴミで或る。
本日は、イベントが目白押しで或る。区役所へ行かないといけないし、銀行、床屋、写真屋さん、其れとダイエーにプリンタのインクを買いに行かなければならないしバイト先にも応募の電話を入れなければならない。午後二時という半端な時間に歯医者の予約だってあるのだ。
問題は、履歴書と受験願書に使用する写真で或る。写真をとらなければならないが為に、これらの工程をすべてスーツを着てこなさなければならないのだ。小生はスーツなんぞ大っ嫌いなのであるが、まあ、高校の頃の制服である、と思ってしまえばそうたいしたことは無い。
バイト先に提出する履歴書も作らなければならない。でも、まあ是はワープロで作ってあるものがあるので、其れをちょろ、と修正すればすむ話ではあるのだが。
床屋が十時開店なので、ゴミ棄ては別として(ゴミの収集は朝早い)其れに合わせて全ての行動を起こそうと思っていたのだが、猫に朝六時に起こされたものだから、朝の時間がヒマでしょうがなかった。
●11月1日(月)
受験に備えて、毎日「あるテーマ」をもとに、四百字の小論文を書く練習をしている。様々なテーマをもとに、四百字の原稿用紙をカリカリと埋めてゆくのだ。
論文の書き方には小生なりのパターンが有る。まず、結論を書いてしまう。君が好きなら、「君が好きだ」と書いてしまう。そして、其れに至るプロセスを書く。君が好きなら、一体何処が好きなのか、何故好きなのかを書く。そして最後に今後の展望や課題点などを書くのだ。
解ってはいるのだ。そんな事は。しかし、四百字という字数に合わせて文章を「論文の書き方」に合わせた方法で書くことは難しい。少なすぎてもいけないし、四百字に余ってもいけない。四百字程々でないといけないのだ。コレが結構難しい。
小生は、元々、書くタイプなので、四百字だと全部の事を書ききれない。この「本日のポキール」も、原稿用紙におろしてみると良く解るが、大体原稿用紙二枚は書いている。多い時は三枚から四枚の時もある。ノッてくると好き勝手な事をとてつもなく書きたくてしょうがなくなってくるのだ。
しかし、此処は四百字の世界。なんとか四百字以内にまとめなければならない。「ポキール」は字数制限が無いから、ドンドン書けるが、四百字の小論文というものは、書きたいことがどうしても書ききれず、消化不良を起こす。是は誠に身体にも精神にもよろしくない。
しかし、受験まで、あと一ヶ月と少々。「四百字原稿用紙一枚責め」は今日も明日も、続くので或る。
●10月31日(日)
朝起きたら、フスマひとつ隔てた隣の部屋が営業中の鮨屋だった、と言うのはどうだろう。
小生の場合の朝の情景はこうで或る。まず、目が覚める。ガバと布団から起き上がり、ボケーッとしながら、まず煙草に火を付ける。目覚めの一服で或る。そして、其れが終わると、洗面所に向かい、歯を磨き顔を洗う。冷たい水でカオを洗って、シャキッと本格的に目を覚ます。そして、神棚と両親の仏壇に水を供える。線香も炊く。そして、パソコンの電源を入れ、またしばし一服。ここで水を飲む。ごくごくと飲む。「酔ひ覚めの水、値千両に値が決まり」と言うヤツで或る。
煙草に火を付け、水を飲み、しばしボケーッとボケている。先ほどの冷水洗顔の効果はあまり無いようだ。ここでふと小腹が減っている事に気が付く。ノドも乾きっ放しだ。
此処で、隣の部屋のフスマをがらり、と開ける。と、其処に営業中のお鮨屋さんが。「ヘイ!らっしゃい!」と威勢のいい声が飛ぶ。小生はノドがからからに乾いたまま、まだボケーッと中で或る。
「んじゃ、とりあえずビールね」と朝からビールを飲んでしまう。何せノドはからからに乾いているのだから、このビールがきっとうまいに違いない。「何にしましょう!?」と板さんは小生に訊く。そうだな。イカ辺りから握ってもらおうかな。イカ。あ、あと、ついでに茶碗蒸と、鰤の照り焼きももらおうかな。ブリテリと茶碗蒸来る。アツアツの茶碗蒸とブリテリで或る。これらを喰らう。茶碗蒸は熱いから、フーフー言いながら喰らう。
「ショーチューのお湯割り、梅入れてね。」と小生は追加のお酒を頼んでしまう。まだ十時半ぐらいだ。マグロといくらと、アナゴもらおうかな。朝からトロはチョットな。お湯割りをズスズスと飲む。
やっぱりトロ握ってもらおうかな。トロ。あとお湯割りも追加ね。トロ来る。うーん。トロける。ここらで口をさっぱりさせたいな。梅キューもらおうか。梅キュー。あ。あと、お湯割り追加ね。
こうして、日曜日の朝は、過ぎて行くので或る。そして、昼下がりの辺りまで鮨屋で遊んだ小生は、酔っ払ってしまい、「んじゃ」ということでまたガラリとフスマを開け、またもや自分の寝床で寝てしまうので或る。
なんとステキな日曜日だろう。
●10月30日(土)
よく事情は解らないのだが、外笑が入院したらしい。あの阿呆は小生に対して「身体に気をつけろ」だの「今度入院したら、二度とファミリーとしては付き合わずそれなりの付き合いになるから覚悟しろ」等と散々脅し文句をたれていたクセして、自分が入院しやがった。何で入院したのか本人は、なんにゃら、のらり、くらり、とウナギの様によく事情を話さないが、とにかく入院した(らしい)。どーせ看護婦さん目当てとか、そんな所が本当の事情だろう。折角来月のいづみやを楽しみにしていたのに。あの、アツアツ、揚げたての串カツをアグアグ、ハフハフ、とやり、ナマビールをグビッと五グビぐらいやって、ポテトフライとオムレツを喰らおうと思っていた矢先なのに、本当に「ゲ」は阿呆だ。ロッカーたるもの、もっと身体に気を使え。あーあ。来月楽しみにしていたいづみやもちっとばかし遠くなっちゃったナァ。
身体に気を使う、と言えば、小生の方は万全で或る。飲酒は週末に焼酎の六百ミリリットルを一本飲むか、飲まないか。それくらいで、先日のダルさの原因も、今日の精神科医の話によると、「内科で血液検査して異常値が無いんだったら、うつ病からくる身体症状です」と太鼓判を押されたぐらいで、しかも、そのうつ病も今では寛解状態にある。是が健康でなくて何が健康か。
食欲はどうか、と言えば、毎日、シルにタップシまみれた豚肉の生姜焼きやら、ブタ丼やら、ちゃんこ鍋やら、しゃぶしゃぶやら、何やらを、夢に見るまで腹いっぱい喰ってやろう、と言うほど旺盛で或る。
ん?あの男は、どうやってBBSに書き込みしたのか?マァ外笑のパソコンはノートだから、病院に持ち込んで、なんにゃらの手段を使って書き込みしているのか?全く破廉恥な男だ。きっと、かんごふさんに「エロ画像」なんかを見せたりして、破廉恥極まりない事をしているに違いない。
しかし、外笑が「ちゃんこ江戸沢」の事を知っているとは思わなかった。小生、十二月の忘年会では、夢にまで見た、ぐつぐつぐつと煮え立ったちゃんこナベをハフハフ、アグアグ、と、大いに食すであろう。外笑情報によると、ちゃんこ江戸沢は、ウマい、安い、と言うではないか。是を喰わずとして、何を喰うのか。十二月の忘年会が楽しみで或る。
ウー。ぐつぐつぐつ。ハフハフ、アグアグ。ついでにシルもジルジルと。アー。モーダメ。ちゃんこ鍋。
何しろ、相手は、白菜、ゴボウ、人参、玉ねぎ、もやし、油揚げ、長ねぎ、ニラ、えのき、くずきり、鳥もつ、鳥肉、魚肉、豚肉、椎茸、豆腐、の大群の味で或る。其のダシが、いかにもウマそう。うーん、うーん、ちゃんこ。
●10月29日(金)
寒い、寒い、と思っていたら、もう十月も終わり、もう直ぐ十一月で或る。こうなってくると、尚更ナベ物が恋しくなってくる。
寄せ鍋もいいが、ここはちゃんこ鍋。先日インターネットでちゃんこのウマそうな店を発見したので、忘年会は是非其処でやりたいな、と企んでいるのだ。しかし、と言うか矢張り、というか、気になるのはお値段で或る。
小生が発見したのは、大宮にある「江戸沢」というちゃんこ屋さんで、「横綱ちゃんこ一人前、千八百円」。内容は白菜、ゴボウ、人参、玉ねぎ、もやし、油揚げ、長ねぎ、ニラ、えのき、くずきり、鳥もつ、鳥肉、魚肉、豚肉、椎茸、豆腐、という風になっている。一人前でかなりのボりウムで或る。
皆で、五人で行って、三人前を頼む。後の予算は全部飲み物にまわす。是であれば、そう高くはならないだろう。
大鍋の中で、白菜、ゴボウ、人参、玉ねぎ、もやし、油揚げ、長ねぎ、ニラ、えのき、くずきり、鳥もつ、鳥肉、魚肉、豚肉、椎茸、豆腐が、ぐつぐつぐつ。煮えてくる。しかもいっぺんに煮えてくる。これらを、順次、ハフハフ言いながら喰らうので或る。勿論、シルも飲んでしまう。ジルジルと飲む。うーむ。ウマそう。
なんせ相手は、白菜、ゴボウ、人参、玉ねぎ、もやし、油揚げ、長ねぎ、ニラ、えのき、くずきり、鳥もつ、鳥肉、魚肉、豚肉、椎茸、豆腐の大群で押し寄せてくるのだ。これらのダシが混沌となって、全体からダシを出し、吸い、ウマい味になってくるにきっと違いない。
しかし、ちゃんこというのは、よく考えてみると、ゴッタ煮ではないのか?
●10月28日(木)
さて、この男は来月からはアルバイトを始めるので或る。と云う事は、今までのように時間に余裕がなくなって来る訳で或るからして、時間の有るうちに手間のかかる事をしてしまっておかなければならない。
小生の場合は引越という一大イベントが待ち構えているわけで、この際、いらないものはキッパリと処分してしまう事とした。
まず、沢山有るスーツやら、着なくなった洋服やら、タンスの肥しとなっているモノを一気に処分する事に決定した。
それから、書類の類。カタログやパンフレット、いらない名刺、後は、前に引っ越してきた時からそのままになっているダンボール。これらを全部棄てる。ゴミ集めを来週の月曜に行い、翌日火曜の燃えるゴミの日に出す。
引っ越すに当たって、布団やタンス、冷蔵庫、ブッ壊れた洗濯機、ワケのワカランラック、カラーボックス、これらも皆引越屋さんに処分してもらうので、持っていくものは殆ど無い、と言えば無いし、有る、と言えば有る。今有る家財道具は殆ど処分して、新居には新しく、シンプルな感じで、家具やらなんやらを揃えるのだ。
今のところ、是が楽しみで仕方が無い。人間、起きて半畳、寝て一畳。いらないものは、棄てる!棄てる!
そして、新居に引っ越したら、必要最小限のもので暮らして行こうと思っている。
●10月27日(水)
なんだか腹が減って仕方が無い。しかも今日の体調は「しゃぶしゃぶ的」体調だ。勿論、今の季節だって、しゃぶしゃぶ的季節だと言えなく無い事も無い。
しゃぶしゃぶと言えば、食べ放題の店が一時期沢山有ったように思ったのだが、例の狂牛病騒ぎで姿を消してしまった。か、とも思われたが、結構まだ沢山有ります。しゃぶしゃぶ食べ放題。でも、「ウチは国産のナントカ牛を使用しています。」などと言うものを謳い文句にしてあって、それらの店は皆値段が高い。三千と九百八十円「から」になります、とか。
昔は、ホラ、あったでしょ。食べ放題で、お一人様、千と九百八十円。お飲み物は別になりますが、其れだけで、しゃぶしゃぶの方は千と九百八十円でやらせて頂いております、と言うような店が。そういう店を探しているのです。でも、そうゆう店は、大抵アメリカ産の牛肉を使っているから、店が営業再開となって商売をやり始めるまでは、牛肉輸入再開になるまで待たないといけないのか。こちらは腹が減って、とにかく安くておいしいしゃぶしゃぶを食べたいのに、だ。クゥ〜ッ。
薄切りの牛肉をしゃぶしゃぶっとして、ゴマだれでもポン酢でもいいのだが、小生はポン酢を好むので、ポン酢のタレにつけてから、アグ。白菜なんかもついでにアグ。かと思えば、牛肉をいっぺんにしゃぶしゃぶしてアグアグ。ハヒハヒハヒ。アツい。アツいので此処では冬なのにナマビールは当然であり、コイツをキューッと飲む。此処で「キショーメ、さあ殺せ」等の一句が有っても、一向に差し支えありません。ポン酢のタレには、もみじおろしなんかを入れてもウマいです。
早く牛肉輸入再開になって、安い値段で手頃なしゃぶしゃぶを食べたいなあ。ウー。モーダメ。
●10月26日(火)
クラシックピアノの先生になって、皆の前で見事にベートーベンのピアノソナタだか何だかを演奏しあげた夢を観た。無論、小生はベートーベンなんて知らないのであって、是はどういう夢なのだろう。
フロイトに言わせると、「其れは、あなた、何々ですよ」等というかも知れないが、現代の心理学では、フロイトは古くて其れではもう用を足さないのだ、と言う。今ではアメリカの「ロジャーズ法」と言うのが心理学の定番になっているらしい。
しかし、夢とは言え、見事なピアノだったのだが、身に覚えが全く無いか、と言えばそんなことは無い。小生、実はピアノを習っていた事があるからである。二十三歳から二十五、六歳ぐらいまで習っただろうか。しかし、はたしてこのピアノの腕は全く上達しなかったので或る。
何故か。其れは、「ピアノでも習いに行って、ピアノの先生と仲良くなり、合コンしたい」という全く健全な理由で始めたピアノだったからである。
ピアノの先生からピアノを習っている授業の間中、いろいろな話を先生とした。いや、むしろ授業より話の方が多かったかもしれない。しかし残念ながら合コンには至らなかったのが残念でならない。
最近、またこの虫がウズウズしだしてきているのだが、ここへ来てピアノなぞはじめてしまったら、其れこそ時間がなくなってしまって他の事が出来なくなってしまうのでやめにした。
今は、エストリの公式サイトを一新したくて仕方が無いのだが、是はまあ金も時間もかかることだから、まだ先の話になるだろう。が、やりたくて仕方ないので或る。でも、やっぱりピアノのセンセイと合コンもやりたくて仕方が無い。困った。
もしも、ピアノの先生達と合コンをするような事が有ったら、無論、極秘裏に処理する事は心に決めている。
●10月25日(月)
昨夜、「ウツだ」と書いたばっかりなのに、いきなり寛解してしまった。なんて簡単な脳味噌なのだろうか。自分でもあきれてしまう。
何故、寛解したのか。夢を見たせいである。昨夜、ニューヨークへ旅行した夢を見たのが原因である。しかも一緒に旅行したのは、勝麺壱ではない。高校の同級生の和歌ちゃんである。和歌ちゃんはとてもカワイくて、チャーミングで、きょとん、としている。少しヌケたところもあるカワイイ子である。
今では、もう結婚してしまっているだろうが、出来る事ならもう一度和歌ちゃんに逢ってみたいような気もする。
和歌ちゃんと旅行するなら、ニューヨークとハワイのどちらかを選べと、問われれば、小生は間違え無くニューヨークを選ぶだろう。一度、勝麺壱とニューヨークへハイテンション旅行に行ってしまったためだと思うのだが、一度ニューヨークへ行ってしまうと、ハワイはどうも気がヌケる。ハワイはハワイで良いのだが、なんだか呑気すぎるような気がして仕方が無いのだ。一度ニューヨークのテンションの高さに圧倒されてしまうと、其の後ハワイへ行ってもなんだかフヌケになってしまうだけのような気もするからだ。
そして、ニューヨークと言えば勝麺壱である。
先日も勝麺壱はニューヨークへ行って来たらしい。うらやましい。ところで、小生は来年からは学生であるので、二年生の夏休みは実習で忙しいのだが、一年生、三年生の夏休みはヒマである。一年生の時はヒマつぶしに、三年生の時は卒業旅行にニューヨークへ、またもや勝麺に付き合ってもらおうか、と企んでいるが、もしかしたら卒業旅行をする頃には小生にもカワイイ彼女が出来ていて、其の彼女と卒業旅行でニューヨークへ、となったら勝っちゃん勘弁してね。
●10月24日(日)
完全にうつ病になってしまったので、書ける時以外は「本日のポキール」を休ませていただきます。
●10月23日(土)
医者通い。だいぶダルさが取れてきた。どうも血液中の成分のバランスが悪い(タンパク質が少ない)のと、うつ病のせいもあるらしい。早く良くなりたい。
早く良くなりたいので、一日中横になっているのだが、どうも眠れなくて困る。眠いのだが眠れないのだ。是にはどうしたものか。
●10月22日(金)
体調が悪いので早く寝ます。ダルくてダルくて仕方ない。
●10月21日(木)
水道代¥2,580がムカつく。ああ、ムカつく。もう一度言う。ああ、ムカつく。
●10月20日(水)
外笑のせいで、「コモエスタ赤坂」がアタマの中でガンガン鳴り響いてとてもうるさい。発狂しそうだ。うぁぁぁぁっ!気色悪い声で歌うなっ!コモエスタ〜セニョール〜♪コモエスタ〜セ如リタ〜だきしめぇぇ手痛いのヨォ〜♪マックぐ欄はおいしい。和歌ちゃぁ〜ん!助けて!大体鷲は空っぽのごみb個が好きなのだ。其れが何故赤坂ナのだ?
「センセイッ!患者さんがっ!」
●10月19日(火)
昨夜、和歌ちゃんの夢を見た。和歌ちゃんは高校の同級生。普段はおとなしい真面目な子だったはずなのに、夢の中では陽気で無茶気なカワイイ女の子だった。こんなことなら、もっと真面目に勉強して、和歌ちゃんと結婚すればよかった。なんでこんなに間違えるのだろう。不思議でならない。
●10月18日(月)
うつ状態の時に何も無理して書くことはないよ。
●10月17日(日)
ズドーンと一気にうつ状態に陥った。家で一日中寝る。
●10月16日(土)
今日は恒例の精神病院に行ってきました。午前十一時に予約を入れておいたのだけれど、寝坊してしまって、朝起きたのが十一時半。其れでもよっこらと起き上がって、午後の診察に間に合うように病院に行ってきました。では、さようなら。・・・って此処で終わっちゃいけなかったんだ。
「受験対策版・四百字詰原稿用紙一枚責め」は一体どうなったんだ。
コレが書けない。というより、書く気にならない。書こうとすると、脳味噌がスゥースゥー言ってしまうので或る。オペペでは無い。
と言うわけで、本日の精神病院。
「あの診断書で某むにゃむにゃがおりるかどうか心配で」と小生がドクターに話すと、ドクターは呑気に「あれだけ書けばまず大丈夫ですよ。」と言う。そうか。大丈夫か。うはははは!大丈夫なら問題無し!そして、アルバイトの相談。やっぱりシステムエンジニアは止めて置きなさい、との事。そりゃあそうだ。小生だってSEなんてやりたくない。其れに、システムエンジニアの看板はとっくに下ろしてしまったのであって、小生はもはや何者でもない只の与太者。
だから、早く某むにゃむにゃがおりて、学生となり、学生証を交付され、晴れて学生という身分が欲しいのだ。ドクターが、「アレで大丈夫」と言ったからには大丈夫なのだろう。しかし、この話、どうやって終わらせれば良いのか。
あ、そうそう。今日、カップ焼きそばを買ったのだが、此処で大いに迷った。UFOにするか、ぺヤングソース焼きそばにするかでだ。何故、困惑したか。其れは、「ペヤング」の「ペ」の意味が一体何を表すのか理解に苦しんだからで或る。
「ペ」の意味が解らなかった小生は、恐怖に慄き、UFOを買って、熱湯を沸かし、其れをUFOに注ぎ、三分後に湯だし口から湯を出し、ソースとふりかけをかけて喰らうのであった。
ヤレヤレで或る。
●10月15日(金)
バイトの登録をして、予約を入れた。けれど是は日雇いのバイト。本腰とキアイを入れたアルバイトは来月15日から。おっちゃん稼ぐでぇ〜!ベルソレソォ〜♪
●10月14日(木)
小生は心を読む事が得意なのである。他人の心ではない。自分の心だ。
生きていて、時々判断に困ったりする事が、こんな時は、第三者的な目で自分を客観的に観て、自分はどうしたいのか判断してしまう。逆に不得手なのは痛みを伴うものである。これは、現実の肉体的な痛みから心の痛みまで様々である。
ひとは一般的に我侭であり、自分の快楽を追及するように出来ている。自分ももれなくそう出来ているのではあるが、それだけで生きていたのでは、生きて行く上で起こる様々な事象に対して、的確な判断をする事が出来なくなり、右往左往してしまう事になる。
大の大人がこれでは困ったものであり、せめて自分の心ぐらいは読めないと、周りの者にとっては迷惑極まりない、とこうなってしまう。
それでもまだまだ修行は不十分で、時たま自我の波に押し流されてしまいそうな時も有る。それを避けるためには未来に希望を託して輝かしく日々を生きるしかないと思う。
●10月13日(水)
学校の入試方法をAO推薦入試から一般入試に切り替えた。金と日程の都合のためである。
さて、一般入試では、試験問題として、「あるテーマ」をもとにし、四百字詰原稿用紙一枚程度の小論文を一時間以内に書かなければいけない。テーマはその時によってかわりがわり出題される。しかし、たった一枚なので、是は小論文ではなく、作文かもしれないが、ここは相手方が小論文だ、と言い張っているからには小論文なのである。
小論文の作り方はこうである。まず、結論を書いてしまう。全体像を書いてしまうのだ。例えば、「愛について」なら、「愛とひとくちに言ってみても、たくさんの愛があると思うのだが、私はその愛の目線の先にあるものに、まず魅力を感じてきてしまう。それは云々」と書くのである。
続いては、其れに至るプロセスを書く。先ほどの例を取れば、「普段、『愛』と云う言葉を口にする事は、とても照れくさい事であるが、其の多様性を抱いた愛の先に見える輝きというものにはとても魅力があり、また、愛というものは、口に出さずとも行動やパターンで表現でき云々」と、まあ、おぞぞの走るような文章を書いてしまう。
そして、最後に課題としての今後のあり方を添える。先ほどの例を出すと・・・エ?もういい?じゃチョットだけ。「私にとって、愛とは大いなる意味を持った言葉であり、いわゆる『人間愛』的な意味を私は愛という言葉から感じる。人と人は支えあうと言うが、其の間に『愛』無くして、支えあいは成り立たないのではなかろうか。そして、これからは云々」等とまあ、また、おぞぞの走るような文章を書いてしまうのだった。
ということで、「本日のポキール」次回からは、「受験対策版・四百字詰原稿用紙一枚責め」と言った感じで進めてゆきたいと思う。
●10月12日(火)
今日、本当は歯医者を予約していたのだが、行くのが面倒になって「予約取り消してください」と病院に電話したら、「次は絶対来てくださいっ!」と怒られてしまった。
●10月11日(月)体育の日
気疲れしてしまい、一日中寝ていた。
●10月10日(日)
バイトにでも行こうかと悩む。
●10月9日(土)
無念いづみや。台風許すまじ。この無念、次回いづみやで必ずや果たす。
●10月8日(金)
明日はいづみやで一揆をおこしてやるぞー!(やるぞー!)串カツ喰うぞー!(喰うぞー!)
●10月7日(木)
基金がおりない可能性が非常に高くなった。ここへきて、あわてふためいても仕方が無いのだが、やはり慌てるし、気分も多少うつ状態になる。結果が完全に判るのは十二月なので、それまで心の準備をしておこう。
来年からは、きちんと働くこころ積もりも必要だし、うつだ、うつだと、いつまでも言ってられないのだから。
●10月6日(水)
いづみやまであと三日!
上戸彩ちゃんスキスキスキ〜チュッ!
●10月5日(火)
いづみやに「おでん」てあったっけ?
もう是ぐらいで勘弁してください。ネタ無いんです。雨ばっかり降ってるし。
センセイシリーズを登場させようかと・・・センセィッ!患者さんがっ!
「モケラモケランガジャパメソミタ区運ディオwkj度オw@」
フムッ!
・・・ダメです。ネタ出てきません。
生茶は、ナマだから甘いんだぁ〜。
外笑君。後は頼んだ。モツ煮込みたべた〜い!
上戸彩ちゃんスキスキスキィ〜!チュッ!
●10月4日(月)
「お姐さん!串カツと緑茶割りね!」・・・もうガマン出来ないので或る。
オムレツ君とポテトなんちゃら君には後で登場してもらっても、一向に差し支えない。とにもかくにも、串カツで或る。
だんまや水産においては、皆が「ジャンボコロッケ」等と言うものを頼んでも、小生は其れを横目で見て、「ふーん」等としておき、いよいよ、と言う時に串カツを頼むのだが、もうガマンの限界で或るのだ。
いづみやの串カツは揚げたてで或る。しかも最初がタマネギだったかネギだったか忘れたが、確か最初はタマネギなのであったような気がする。しかも揚げたてで或るからして、アツアツで或る。
この、アツアツ、揚げたて、最初はタマネギの串カツに、まずはカラシをタップシと塗る。ソースは後で或る。ソースを先に塗ってしまっては、カラシのノリが悪いからであって、まずはカラシタップシを塗る。そして、次にソースダボダボ。これでカラシタッブシ、ソースタップシの串カツが出来上がる。
串カツは揚げたてであるからして、カラシやソースに決して負ける、と云う事は無い。「自分は、一生、この熱さでやっていくであります」といわんばかりの熱さで或る。なにせ揚げたてであるからして、アツアツなのは至極当然なのではあるが。
このカラシタップシ、ソースタップシの串カツ君をだな。今、まさに、パクリ。と言うより、アグ。揚げたてなので熱い。アグアグ、ハフハフハフ。やっぱり串カツはこうでなくっちゃ。熱い。口の中で、タマネギとそれにまみれたコロモとソースとカラシがアフアフとなって、ウマい。ここで緑茶ハイをグビ。三グビぐらい。これがウマい。
是を見ていた勝さんも外笑君もかえで嬢もダンナさんも、小生の串カツアグアグに惚れ抜いて、思わず串カツを頼む。そして、皆でナマビールに串カツアグアグとなるのである。
いづみやの串カツは、強力で或る。
●10月3日(日)
さて、大宮いづみやで或る。
何故、大宮いづみやなのか。今般、小生の頭の中には、いづみやの事しかないのであって、皆と大宮いづみやに行き、合い、大いに飲み、語り、笑う。其の事しか頭に無いので或る。
次回、いづみやに行った際には、串カツを大いに喰らう事を目標とする。勿論ポテトフライとオムレツも喰らう。無論、最初から串カツを頼んでしまっては興醒めであるから、オムレツ、ポテトフライ、串カツ、と、オーダーはこういう順序になり、串カツを大いにじらしてのオーダーとなるであろう。勝さんには是非、「串カツと中ナマ」を頼んで欲しいものだ。外笑君は何をオーダーするのであろう。不気味な色をした「梅割り」だけは止めておいて欲しい。アレは、先般、小生もチト啜ってみたが、得体が良く判らん。かえで嬢はうにぐらげ。ダンナさんは何をオーダーするのであろう。またもやマカオ、ハノイ、プノンペン経由で大宮に来るのであろうか。
「チョメ」が此処に或る。チョメのお返しに、爆弾を用意してある。其れと外笑君には素敵なプレゼントも用意してある。爆弾とは別に用意してある。是非大事に愛用していただきたい。プレゼントが何かは秘密で或る。
しかし、この「チョメ」、皆に見せてよいものだろうか。昨日の電話で外笑君は「見せてもかまわぬ」旨を述べていたが、是ははたして如何なものか。「チョメ」は破廉恥極まりなく、確実に人目を惹き、勝さんなどは、中ナマをハナのアナから吹き出すであろう。そういう、気になって仕方が無い図案が描かれている「チョメ」なので或る。
今一度、アイスコーヒーを飲みながら、チョメを聴こうと思う。このチョメは爆弾で或る。
●10月2日(土)
昨日の事である。小生が不意にポストを見たら、ピザ屋や仕出弁当屋やらのチラシに紛れて、不気味な書簡が一通有った。九月二十八日附消印が押された、外笑君からの書簡で或る。
外から触ってみると、なにやら四角いモノが入っているようだ。(?)と思った。なんにゃ是。(?)と思ったと同時に、恐怖と戦慄で、心の中でざわめきが起こった。いったい何なのだろう。怖い。心の底から怖かった。不気味でならないのである。
其の書簡を手にしたのは、食料品の買出しの後だったので、取り合えず買ってきた食料品を全部かたずけ、小生はお茶を飲み、タバコを一服吸った。(?)に取り掛かる心の準備をする為で或る。
(?)の中身はMDと簡単な手紙で有った。MDが怖い。何が記録されているのであろう。MDプレーヤーが壊れはしないか。爆発物でも仕掛けてあるのではあるまいか。それぐらいの恐怖と戦慄を覚えたのである。何の前触れも無くこのようなMDを送ってよこすとは、是は、さて、どうしたものか。しかもMDのケースには「チョメ」と、またMD本体には破廉恥な図案が描かれている。
添えてある手紙の書き出しには、いきなり「やってますか。」と書かれてあった。何を。手紙の書き出しに、いきなり「やってますか」と問われれば、「やっています」「ボチボチです」「やっていません」のうちから、答えを出さねばならぬ。小生は困惑した。困惑した挙句の答えは、「まあ、ボチボチやってます」と言うものであった。
MDはケースに入っており、ケースには「チョメ」と書かれたシールが貼られている。そして、いよいよMDプレーヤーに、問題のMDを挿入し、再生した。
録音状態は、まあ悪かった。悪かったが、内容はすこぶる良かったのである。小生は「いったい何時になったら爆発するのだろう」と恐れおののきながらMDを聴いたのであるが、爆発などしなかった。
「チョメ」と書かれていたMDには、古き良き時代の音楽が録音されており、その内容に小生は大いに満足すると共に、外笑君の本当の優しさを肌身で感じながら、書簡に添えられた手紙を何度も読み返し、音楽を堪能したのであった。
そして、はたしてこのMDに記録されていた音楽は、小生の「バンドやりてぇ」と言う魂の導火線に火を付け煽るような、またこころを揺さぶるような、そんなMDであった。
外笑君の優しさには本当に感謝するところであるが、またもや悶々とし始めてきたのである。MDに収録されていた音楽は良かったのだけれど、「是だったらエストリの方がかっこいいや」と思ってしまい、エストリを早く演りたくて、演りたくて、しょうがなくなってしまったのだ。どうか、エストリで、精一杯でかい音でドラムを叩きたい。そんな想いが沸沸と湧き上がってきたのであった。
はたして、矢張りこのMDは爆弾であったのだった。導火線に火を放ち、其れを煽る。外笑君。よく覚えておいてくれたまえ。小生、次回のいづみやでお会いする時には、お返しの爆弾を持って参上致す。この爆弾は相当な爆弾で、「チョメ」では済まされないので或る。
外笑君。有難う。
●10月1日(金)
せっかくこないだ鍋の事を書いて、ああ、まさに秋こそ来たれり、と思っていたら、何だいったい昨日の暑さは。今日もなんだか暑さで目が覚めてしまったような気がする。
しかし、今日は、昨日とはチョット違って大いに秋晴れであり、これぞまさに食欲の秋、ということであります。
こんな爽やかな気候だと、なんだかビールが恋しくなってくる。最近、ビールの話を良くするが、何故かビールが恋しくて仕方ないのだ。ついでに恋しいものといえば、駅弁も恋しい。
先日、テレビのニュース番組を観ていたら、「東京駅の駅弁特集」みたいなのを包装していて、じゃなくて、放送していて、其の番組の中で紹介される駅弁がとてもウマそうなので、唾を飲んでテレビにかじりついていたのである。
あんまりウマそうなので、東京駅まで買いに行ってやろうか、とも思ったけれども、アレは買ってきて家で食べるものではないと思ったのでやめた。やっぱり、電車に乗って、ガッタン、ゴットンとなるなかで、そうそう、これから行楽シーズンなので、紅葉見物がてら、オンセンか何かに向かう途中の車中でビールをプシュと開け、ツマミに駅弁、柿のタネ、これがやはり正しい駅弁の有り方だと思う。やはり、電車の中で食べるのが駅弁の醍醐味であって、わざわざ東京駅まで行って、家に持って帰ってきて喰ったのでは興醒めで或る。
これからもっと寒くなると食べ物もドンドンおいしくなる。寒い中、白い息を吐きながら温泉地に向かう。となると、駅弁同伴は当然である。電車の中でビールも飲んでしまう。さて、つきました、温泉旅館。やはり温泉には旅館じゃなくっちゃ。まずは、何をさておき一ッ風呂浴びて、ビール。
そして夜の宴では、暖かい手の込んだ料理の数々。此処で持ち込みのショーチューを開ける。多少酔っ払ってしまう。そして夜の温泉街に繰り出し、射的やスマートボールなどをし、「ああ、つまらねえ」などとあまりのくだらなさにゲラゲラ笑い、また旅館で一っ風呂。
其の後は夜のおさけ。ツマミは昼間買ったイカクンである。かくて、夜はしんしんとふけて行く。
●9月30日(木)
ううっ。お、重い。一体なんだ。と、朝目を覚ますと、猫が小生の身体の上に乗っかり、手足を踏ん張っていた。寝ている小生を起こす為である。
こういうときはだいたいエサが無いか、水が無いかであって、今朝は水が無かった。猫用の水飲みの皿が多少濡れている程度であったので、猫水用の皿をよく洗い水をあげると、ピチャピチャと飲んでいた。
小生の場合、飲むと云えば酒で或る。しつこいようだが、機会飲酒のみであるのでご安心していただきたい。最近の酒肴の話というと、もっぱらいづみやの話題にやや偏りが見られるようであるが、小生は呑み助であるからして、誰かと一緒に外出し、なにがしかの食い物屋に入り食事をする、となっても、もっぱら「水っぽい食事」で或る。是はどう云う意味か。小生は、休日ともなれば、酒無くしてメシなど喰えない、と云うところである。
かえで嬢から誘われて、時たま映画やライブや買い物に付き合ったりした時なども、「ここらでメシでも」となると必ず酒を飲む。大抵は蕎麦屋か焼肉屋で或る。焼肉屋とは言っても、ランチタイムの「焼肉ランチ」を肴にビールを飲み、ウーロンハイをニ、三杯飲む程度だが。たまにしか置いていない(売り切れで残っていない)「ランチタンシオ」もあれば其れも喰う。
焼肉屋で飲むビールといえばナマ当然、となりそうなものだが、何故か此処では瓶ビールを頼むのである。いつもは錦糸町の三千里という焼肉屋に行くのだが、此処の瓶ビールはサッポロのラガーで或る。是がキンキンに冷えている。何時行っても、「焼肉ランチ二つと瓶ビール一本ね」と頼めば、キンキンに冷えたサッポロ・ラガービールが出てくるのである。焼肉屋に限って言えば、大抵何処の焼肉屋に行っても、ナマだろうがビンだろうが、ビールはキンキンに冷えていて、ビンもジョッキもうっすらと汗をかいている。「三千里」で出てくるのは、生々、堂々、大瓶、キンキンのビンビールで或る。
まずはタンシオから食す。ジュッ。そこで「まあまあ。」等と云いながらキンキンに冷えたビールをコップに注ぎ、乾杯。ゴキュゴキュゴキュと、三ゴキュぐらいでグラスを空けてしまう。苦み走ったラガービールの苦さが美味い。そしてタンシオを喰い、またゴキュゴキュとビールを飲む。
タンシオが無くなったら、ランチの焼肉をつまみにウーロンハイ。焼肉にウーロンハイというのは、飲み口がとてもさっぱりして良い。そしていい加減にして、メシを喰らう。
蕎麦屋の場合も、やっぱりビール。御徒町に「へぎそば」という美味い蕎麦屋があるのだが、ここの「へぎそば」はすこぶる美味い。しかし、蕎麦の前に、とりあえす、ビールと、エート何にしようかな。そうそう。天盛り。天盛り二人前ね。
天婦羅は、カリッと揚げるのとサクッと揚げるのと、両派に分かれるらしいのだが、此処の天婦羅は、サクッと派であった。しかも超サクサクッと派であり、是でビールを飲む。天婦羅にはあまり手をつけない。
これは、昔、貧乏しながら働いて、其れでもたまに金があるときは、よく蕎麦屋で泡盛の蕎麦湯割りというのを飲んだ。一杯百五十円で或る。其の頃は金が無いものだから、四人で蕎麦屋へ行き、カッコがつかないものだから、酒肴に天盛り一人前(千円)だけをとり、決してそれには手をつけず、ひたすら泡盛の蕎麦湯割りを飲む。「にらみ天盛り」で或る。其の頃の癖が抜けないのであろうか。
でも今は、其れほどではないので、天婦羅をつつきながらビールを飲む。天婦羅はサクサクッとして、ツユにつけてもシナる事など無く、サクッとしている。
此処で困った事態が起こる。かぼちゃの天婦羅で或る。小生はかぼちゃの天婦羅、というより、かぼちゃ自身をあまり好んで食べない。かぼちゃは酒の肴にならず、飯のオカズにもならない。唯甘いだけである。しかし、なんと、かえで嬢はこのかぼちゃの天婦羅を好むので或る。そして平然とビールを飲んでいる。是が不思議でならない。
シメはやっぱり「へぎそば」。1.5人前で十分二人分の量がある。天盛りでイッパイやって、そのあとのへぎそばが美味い。ノド越しがいいし、味もなんというか、「へぎそばの味」とでも云おうか、とにかくへぎそばの味で、普通の蕎麦屋の味とは違う蕎麦の味なので或る。
何でも、蕎麦屋というのは、蕎麦を食うところではなく、夕方チョコッと肴をつまみながら酒をイッパイやるってぇのが蕎麦屋の粋なんだそうで、てやんでぇ。こちとら江戸っ子でぇい。そんなこたぁ、あったりめぇの、こんこんちきの、べらぼうめ、おとといきやがれ、コンチクショー。と、云うような、男伊達の世界なんだそうである。
もうこうなってくると、キンキンに冷えたビールとタンシオと天盛りとへぎそばが恋しくてたまらなくなってきて、ついでに串カツとナマビールも恋しい。
●9月29日(水)
独り酒を止めて、機会飲酒のみに留めておこうと、独り酒を断ってから一ヶ月半ほどになる。
酒を止めてみると良く判るが、身体はどんどん楽になってゆく。今ではγーGTPもGOTも、なんちゃらも、かんちゃらも、全くの正常値の健常人になるところまで来た。是で、この状態を保ちつつ、機会飲酒のみに留めておけば、まず、身体の心配は無いであろう。但し、泥酔するほど飲んでもいけないし、「泥酔(仮)」もしてはいけない、との事である。これからは焼酎をジルジルと啜り、串かつをアグアグして、オムレツをモソモソつまむようになるのであろうと思われる。
酒を止めると甘いものが欲しくなるぞ、と昔よく周りのアル中達から聞かされていたのではあるが、はたして是は本当であった。皆、チョコレート類や和菓子に走ると言う。しかし、小生の場合は多少趣が違っていた。
小生の場合はアマパンであった。アマパンとは、デニッシュやら、菓子パンやら、コッペパンにストロベリージャム等がタップシ塗られている甘い菓子パンであり、是をコーヒー牛乳と一緒にむさぼり喰うのであった。是がびっくりするほど美味くてたまらない。しかし、是も程々にしておかないと太ってしまうのでほどほどにしておく。
ところが、小生は、根が呑み助であるからして、矢張り酒は飲みたい。でも、独りでは飲みたいとは思わなくなった。矢張り、酒は気の置けない仲間と、とことん馬鹿っ話をしながら飲むのが楽しいし、食い物の味も良く解ると言うものであろう。
昨日、鍋物の話をしたが、やはり鍋物で独り酒というものには趣が無く、侘しい感もする。矢張り仲間と、ちゃんこ鍋などの大鍋を囲み、実にくだらない馬鹿っ話をしながら飲むのが楽しいし、酒の味も食い物の味も良く解るような気がしてならない。
其処で恋しくなるのが矢張り気の置けない仲間達との飲み会である。
此処から電車に乗り、大宮へ行く。まだ誰も着ていないようだ。小生は内田百關謳カの文庫本を取り出し、始めは何にしようかな。と考える。そうそう、オムレツもらおうかな。いづみやのオムレツはサイズこそ小さいが、オムレツはオムレツなのであって、ちゃんとケチャップもかかっている。是を少々つまんでパクリ。すかさず緑茶ハイをグビッとノドへ流し込む。一気に三グビぐらい飲んでしまう。此処で文庫本にかかる。
次は何にしようか。一寸ショッパイものが欲しいな。ポテトフライ。此処のポテトフライはジャガイモをタテ長に切った物を素揚げし、シオをぱらりと振りかけただけのものだ。ポテトフライ来る。ついでに外笑も来る。外笑は怪しい色をした梅の酒とモツ煮込みを頼む。ひたすらスケベ話に花が咲く。
其のうちかえでさんが来て、スケベ話は引っ込み、かえでさんはビールと「うにくらげ」などという珍妙な珍味を頼む。小生はかえでさんのうにくらげをつつきつつ、またニグビぐらい緑茶ハイを飲む。
小生は、いよいよ意を決して、串カツを頼む。串カツとほぼ同時に勝さん来る。勝さんは、小生の串カツを見て、「んー。じゃ串カツとビール」とお姐さんに頼む。小生は串カツアグアグ中である。ソースタップシ、カラシタップシの串カツで或る。此処で緑茶ハイは三杯目のオーダーとなる。話の内容は、聞くに堪えないような馬鹿っ話ばかりである。
シメは漫々亭の餃子にワケがワカランが辛くて美味いラーメンで或る。コイツを肴にまたビールを飲んでしまう。焼きたての餃子は熱い。カリッとしていて、アツアツで、コイツを酢醤油のタレにつけ、パクリ。アフアフアフ。熱い。餃子の中のシルが口の中でほとばしり、さらにアグアグとなり、其処へビールを一気にグビグビと五グビぐらい飲んでしまう。アフアフ、ズルズル、グビグビグビ。
楽しいなあ。
●9月28日(火)
此処ニ、三日急に涼しくなってきた。涼しいというより多少の寒さを感じる位である。こうなってくると急に鍋物が恋しくなる。
鍋物となってくると、酒についてもも嗜好が変わり、焼酎の十六茶割りというより、もうちょっと、小ぶりのコップを用意して、其処に梅干を入れ、焼酎を注ぎ、熱湯で割った焼酎お湯割り梅入り当然と雰囲気もガラリと変わる。
では肴はというと、まあ色々あるのだが、矢張り此処は「湯気もの」が欲しくなってくる。中でも鍋物は曲者だ。鍋といっても色々あるのだが、飲む場所によっても志向が違ってくるので油断ならない。居酒屋ではエート、なんてったっけな。あの鍋。そうそう、寄せ鍋。是を皆でガヤガヤと言いながら鍋をつつく。真冬にはキムチ鍋なんていうのも体が暖まってよろしい。シルまで飲んでしまう。これがとても楽しい。ゾースイはしない。
家で飲むとなれば、是は独りで寄せ鍋と言う訳にも行かず、おでんの登場となる。最近は便利になったもので、おでん種をひとつずつ買ってきて、熱湯をかけて油抜きをして、などと云う事をしなくても、「おでん二人前セット」などと言うものがスーパーで売られているので、後は必要に応じて自分の好みのものを、例えばガンモなり、チクワなりを更に追加すれば正々堂々一人前のおでんとしてやっていけるので、是は至便というものである。
先日、串カツについて書いたが、串カツは焼酎のお湯割りには合わないような気がする。でも小生は串カツに対しての怨念があるので、串カツもたまに喰う。串カツにソースをボタボタとたらし、カラシタップシを塗りこみ、アグアグと喰うのである。この串カツには焼酎のお湯割り梅入りよりは、むしろビールの方が合うと思うのだが、ビールは尿酸値が上がるので、まあ、焼酎お湯割り梅入りで串カツを喰う。この時の串カツの最初の部分は、是非タマネギで有って欲しい物だ。
しかし、こういう季節になってくると、矢張り串カツよりも、アツアツのおでんが恋しくなってくる。ついこの間まで汗水たらして、ヒーコラ言っていたのがまるで嘘のようで、こうなってくると、おでん当然、焼酎お湯割り梅入り持ってこい、と言う感じになる。ヒーコラ言ってた真夏から、たったの一週間でこうなる。これがとても不思議でならない。
アツアツのおでんをつつきながら、其れを頬張り、焼酎お湯割り梅入りをズズズと啜りこむ。是がこれからの季節の醍醐味である。
早く冬がこないかなあ。
●9月27日(月)
最近では、今から先の事ばかり考えている。ニ、三ヶ月先の事から、一年先、三年先、はたまた五年先の事まで考えて、考えて、皮算用をしているのである。
其れでは、どんな事を考えているのか。来月のいづみやの事から始まって、二ヶ月後には結果が判るであろう某基金の事、学校の事、学校に行く間に住む住居の事、其の住居をどの辺にしたらいいかと云う事。是は、西川口か蕨はたして大宮か。
仕事に就いてから住む住居の事。何処を仕事場に選ぶのか。仕事場からどれくらい離れたところに引っ越せば良いのだろうか。仕事場は交通の便の悪いところだろうからして、車通勤となるのだろうけれど、どんな車を買ったらいいのか。それらの費用をどう捻出するのか。
一寸煙草を買いに行けば、珍妙なフレーズが浮かび出てきて、是を曲にするにはどうしたものかと云う事。
将来は東大宮に有る公団「アーバンみらい東大宮西一番街」の3LDKに引っ越して、其処で皆を集め、酒池肉林の大鍋大会を泊りがけでやろう等と企んでいる事。是は是非やりたい一項目だ。其れと、東大宮から仕事場まで車で通うには何処をどう通っていったら良いのか。
今、こんなに遥か先の事まで今から考えてみたって埒があかないような、とてつもない事を考えているのである。
勿論、其れと平行にバンドも活動をしていかにゃならん。来年からは、次のライブ予定が未定だなんて、とてもイヤなのである。アルバムだってリリースしたいし、レコード会社とも話さにゃならん。要はロック音楽をやりたいのであって、是をしないと、どうも皆チグハグな事になる。西荻のリハスタが恋しい。ロック音楽をしていないからうつ病になんか罹ってしまうのだ。
曲作りだってそうだ。小生のギターは、関東逓信局のスティーブ・ルカサーこと矢吹君のお宅にリペアに出しっ放しだし、此処はひとつ、Macを買い込み、曲の骨子だけでも、リズムとリフと歌メロとを創って、CDに焼き、スタジオで披露し、皆を「アッ」と言わせてみたい。オマケのような歌詞のひとつも付けて。
本当は、月一回のいづみやぐらいでは、とてもじゃないけれど気が済まないので或る。東大宮に有る公団「アーバンみらい東大宮西一番街」で大鍋大会をするまで許さないぞっ。この大鍋大会は是非やりたいのだっ。拙宅に皆を招き、大鍋を肴に大酒を泥酔するまで飲む。なに、空き部屋は幾らでも、とはいっても3LDKだけど、あるから泊まって頂いて一向に結構。
あと数年経ったら、絶対に「アーバンみらい東大宮西一番街」に引っ越して、大鍋大会を開催するので、皆、心しておくように。
●9月26日(日)
なんとなく、うつ病が寛解してしまった(ような気がする)。簡単な男である。
それにしても、朝のこのやる気の無さというか、どんよりとした気分までもスッキリ無くなってしまうというのは、どう云う事なのだろうか。クラく落ち込むと云う事も無くなった。それよりも何よりも、来月のいづみやが楽しみで仕方が無いので或る。
しかし、貧乏の方は相変わらずなので、今現在はとても辛い境遇に立たされている事は事実であり、変わり無い。変わりは無いのだけれど、昨日、皮算用をしていて、今年11月を過ぎた頃からは、かなり明るい見通しがつき、貧乏を脱出し、少々の小金は持てる可能性が有る、という希望を持つ事ができた。其れが効果を表し、うつ病を寛解させたのかもしれない。
それにしても、先般体調を崩し酒を断っているせいで、矢鱈と甘いものが欲しくなる。昨夜などは、またもやアマパンとコーヒー牛乳で或る。夜中に腹が減って、腹が減って、甘いものが欲しくなり、コンビニにアマパンとコーヒー牛乳を買いに行き、家に帰ってからむさぼり喰った。昨日のアマパンは、コッペパンで、マーガリンとストロベリージャムがたっぷしハマッていた。
たっぷしハマッていたのはいいのだけれど、やはり病気と貧乏は身体に良くない。(病気が身体に良くないのはあたりまえか。)精神的にも良くないのだが、開き直ってしまえばなんと云う事は無い。この辺は、とほほで或るのだが、小生には明るい未来が待っている。直ぐ傍まで着て待っている。そう思えば、やはり今、酒を飲んでしまい、体調を崩してしまうなどと云う事は具の骨頂であると思う。今は、アマパンにコーヒー牛乳が小生にお似合いなのだ。
体調を崩したことや、貧乏が重なって、今月は「いづみや」に行けなかった。ほんとうは、とても、とても、行きたかったのであるが、まだなんにゃら時たま胆嚢の辺りがウズウズするので油断してはならない。
来月は絶対にいづみやに行く決心で居る。其の為のアマパンとコーヒー牛乳なのだ。この決心はとても堅い決心なので、ちょっとやそっとでは決して崩れぬ。
こうなってくると、もはや仇討ちで或る。いづみやよ、間って居れ。小生は泥酔とオムレツと、ポテトフライと、串カツの為に体調を調え、討ち入りする覚悟で参上するであろう。
ああ、早くいづみやで串カツ相手にイッパイやりたい。
●9月25日(土)
うつ病が再発してから、すっかり夜型の人間になってしまった。
昼間は、何をするにもしんどくて、しかも何かをしよう、なんて気にはまずならないのだが、夕方を過ぎてメシでも喰った後のことである。
俺は、本をむさぼり読み、げらげら笑い、タバコを吹かし、夜食を喰う。そんな事をしながら夜中の二時、三時と起きているのだ。
猫などは、昔は夜行性だったのが、今ではすっかり人間のペースにハマッてしまい、夜の十一時になるとお気に入りの座布団の上で本気で本寝入りをしている。夜中の一時ぐらいになると、ボケーッとおきて「まだねないんですかぁ?」みたいな顔をしてこちらを見ている。ふっふっふっ。まだ寝ないのだ。
うつ病者にとって、こんなに気が休まる夜になんぞねてられるかいっ!ッてな調子で、今夜も本をむさぼり読むのであった。
●9月24日(金)
「わかば」というのは不思議なタバコだ。
唯辛いだけで、味も香りも素っ気も無いのだけれど、このタバコを一服した後に飲む冷たい水というのが非常にうまい。水がこんなにも甘味を帯びているのか、と思うほどだ。
しかし、こんな事をしているのは貧乏だからであって、吸いたいのはやはりピース・ライトのほうであって、ピースの方がふくよかな香りと余韻がある。わかばを吸い続けて、たまにピースを吸うと良く判る。
早く「ピース・ライト」を吸えるようになりたいなあ。
●9月23日(木)秋分の日
うつ状態になりかけている。自分でも判る。
一日の中でホッとできるのは、寝る前に眠剤を飲む其の瞬間だけだ。タバコもピースライトからわかばに変わった。一重に是は貧乏のせいで或る。貧乏と言うのは本当に身体に良くない。
あと一月半もこんな状態が続くのか、と思うと食傷気味になる。
願うは、蕨、西川口と心の安定、某基金の審査を無事通過してくれることで或る。是が通らないと、蕨も西川口もパーになってしまう。
どうか神様お願いします。無事に基金が通りますように。
●9月22日(水)
今日は歯医者に行って来た。歯の治療は是で殆どおわりだ。後は歯石を取るぐらいか。
さて、西川口である。本当なら大宮の辺りに引っ越したいのだが、なかなかいい物件が無い、というより、物件の絶対数が少ないのだ。
そこで、色々と調べてみたところ、西川口と、蕨が候補に上がったのだ。あがったのだけれど、西川口と言うのは、どうもディープな街らしい。小生の好むところでも或る。
それに反して、蕨はこざっぱりした印象。街も綺麗そう。
そして、西川口と言えば、メッカである。何のメッカかというと、此処では恥ずかしくてとても言えない。とにかくメッカなんである。
其れはさておき、小生は下町育ちなもので、余りにも浄化されすぎてしまった街というものがどうもしっくりと来ない。人の匂いがしないような気がするのだ。
でも、西川口と蕨。どちらにするかは、実際に物件や町並をみてからでないと、決められない。でもまあ、それも、まだもうちょっと先の話だから、今から悩んでみたって仕方ないのだけれど。
蕨に棲んで、西川口と大宮を眺めながら生活するってのも面白そうだなあ。
●9月21日(火)
今より同等か、それ以下の家賃で、もっと広いところに引っ越そうかと思っている。
候補に上がっているのは、西川口、蕨、東川口。東川口は武蔵野線なのでチト不便か。それでは、蕨に引っ越すのと、西川口に引っ越すのでは、どちらがいいのか。
小生としては蕨駅徒歩15分の物件を模索しているのですが。西川口も捨て難い。安いのだ。家賃が。
是は、どうしたものか。
●9月20日(月)敬老の日
どうも考えがクラい方へ、クラい方へと進んでしまって仕方が無い。
こんな日は、とっとと寝てしまう事にする。
●9月19日(日)
実は今日は「むにゃむにゃ」について書くつもりで居たのである。昨日、ポキールを書き終えた其の瞬間、「そうだ、明日は『むにゃむにゃ』について書こう。」と強く心に誓っていた。最近ネタのない小生にとって、この「むにゃむにゃ」は大変貴重であり、またこんな事など滅多にない、類稀な経験であるからして、「むにゃむにゃ」は大事にしてしまっておくべきだったのである。
しかし、今日になってみると、其の「むにゃむにゃ」がどうしても思い出せない。壮絶なむにゃむにゃであっただけに、残念で、残念で、仕方ならない。しかし、今更、むにゃむにゃなどと言ってみたって、むにゃむにゃは帰ってこないし、だからこうやってむにゃむにゃと、寝言みたいな駄文を綴っているのである。
と、寝言を言っているうちに、壮絶なテーマが浮かび上がって来るか、と言うと、決してそんな事は無い。タバコに火を付け、其れを吸い、唯ボケているので或る。
昨日は随分と色々な人から電話が掛かって来た一日でもあった。其の為、其の会話の中で「むにゃむにゃ」について話してしまって、忘れてしまったのかもしれない。
以前、かえでさんから「ネタが無い事をネタにしたらどう?」と言われたが、今日の歩キールはまさに其れである。本当にもう品切れで、インスピレーションもなにも湧かない。
先日、買い物に出た時もそうであった。落雷の如く、強烈なロックのフレーズが浮かび上がってきたのだが、何せギターは現在リペア中であるからして、是はもうどうにもならない。頭の中で覚えておくしかないのだが、是は幸いにして、まだ頭の中に残っている。
とにかく、来月は、全員でいづみやに集合して、バカッ話に花を咲かせ、それから先のバンドの展望などについても多くを語りたい。音を出し、皆で飲み、バカッ話をする、と言う日々がこんなにも遠ざかってしまうと、こうも阿呆になってしまうのであろうか。
とにかく、一段落ついて、がむしゃらに音をだし、働き、学び、飲み、歌う。そんな日が一日でも早く訪れますように。
●9月18日(土)
精神科のクリニックに行って、ドクターに最近の状況を洗いざらい白状した。
洗いざらい白状した、とは行っても、要点をかいつまんで、簡潔に申し上げた。先日の飲酒欲求事件についても話した。ドクターは、「自分が現在置かれている状況を変えることは好い事だ、上手くいくといいですね」とおっしゃられた。
只、飲酒欲求については何らかのストレスが掛かった時に、其の報酬としてアルコールを用いればストレスから開放される、という「報酬系の回路」が出来上がっているため、そうなるのだ、と説明していただいた。是を乗り越えるためには、アルコールよりももっと魅力のあるものの中に自分を置き、そこでストレスを発散させるような思考回路を創り出さねばならないのだそうだ。
自分には、音楽がある。そう思ったのだが、なんにゃ、ギターは関東逓信局のスティーブ・ルカサーこと矢吹君のお宅にリペアに出しっ放しだし。是はどうしたものか。しかも、矢吹君は、「このストラト、改造してもいーい?」等と先日のたもうた。
なにやら、ピックアップをハムバッキングに換え、アームをフロイドローズに取り替えるらしい。アームもピックアップも、フェンダー純正では物足りないのだ、と言う。
帰って来たときには、物凄いものになっていそうで、今から楽しみだ。レコーディングの際、是非、このギターをバッキング用に使っていただきたいと思う。
ストレスをハッサンするには、音楽と、これはこれで良いのだが、問題は今日の精神科で或る。精神科に行って、洗いざらい話をしたせいか、物凄く疲れた。身体がしんどい。精神的にも疲れた。
結局、どんな話をしようが、自分で実行するまでは其の問題の根拠が解決されていないわけなのだからして、ゼンゼンすっきりともせず、悶々とすることが今日判った。
と言うわけで、今日も悶々と悶えている。
●9月17日(金)
このところ、猫の観察ばかりしている。家に居る白と黒のブチ猫の事で或る。
この猫は名前をモモと言い、以前棲んでいたマンションの入口でズブ濡れになり、風邪をひき、其れでも小生の事を見つけ出し、傍によってきて「ミャ。」と蚊のなくような声でないたので、このままではこの子猫は死んでしまう、と思い、動物病院に連れて行き、治療してもらった後に小生が引き取り、ミルクから育てた猫である。
「モモ」たる名前の由縁は、子猫の頃に猫の身体の白黒のブチがまるで牛みたいだったので、牛の「モーモー」というなき声にあやかって「モモ」とつけた。今では8歳になり、とても健康な猫に育った。少々甘やかして育ててしまったので、噛み癖がついてしまったのが玉に傷だが。
この猫は朝起きて、自分のエサが無いと寝ている小生の腹をめがけて、ジャンプしてくる。一度や二度ではない。小生が起きるまで、小生が起きてエサを与えるまでジャンプしてくるのである。是は、猫知恵とでもいうのだろうか。小生はまだ気持ち良い眠りの中に有ると言うのに、非常に不愉快で或る。しかし、猫の気持ちも解らない事ではないので、起きてえさを与える。
其の後、午前中は日当たりの良いベランダの前で日向ぼっこで或る。是は午前中ずっとそうしている。小生が小突くと「ミャ?」などと声を上げる。其れが終わると今度のターゲットは小生で或る。「遊んでくれ」とじゃれついてくるのだ。
いい加減に是がおわると、テレビ横にある猫専用の台の上で昼寝をする。昼寝は夕方まできっちり眠る。たまに小突いて起こすと「何か用ですか?何も無いならまた寝ますけど」と言った顔で小生の事を見る。
夕方から夜の十時半ぐらいまでは一日の中で猫が最も活動的になる時間だ。エサを喰ったり、じゃれてみたり、身体をペロペロしたり。
十一時ちょっと前になると、小生専用の座布団の上で本格的に寝てしまう。実はもうひとつ座布団があって、そちらのほうがふかふかしているのに、何故かヘナヘナした小生の座布団を占領し、其処で眠ってしまうのである。
猫が気持ちよさそうに眠っているのを見ていると、何時の間にか小生も眠くなり、むにゃむにゃ独り言を言いながら猫をニ、三度突付いて、相手にしてくれない事が解り小生も眠ってしまうのである。
翌朝、目を覚ますと、猫は小生の布団の横にちょこんと座り、小生が起きるのを待っている。この猫は、一体朝何時に起きているのかだけが判らないで居る。
●9月16日(木)
実は、昨日は危なかったんで或る。何が。酒で或る。
昨日、昼に差し掛かって、「さあ、メシでも」と思った瞬間の事だ。思いもよらぬ飲酒欲求が出たのである。ここ数週間酒を断っていて、其の間にこんな思いをした事は無く、割りとあっさり酒を断っていられた事と、その間に飲酒欲求など一度も出なかった事、酒を見てもなんとも思わなかった事などを考えてみても、これは以外とヘンな形で意外な時に現れた。其処から昨日の酒との戦いが始まったのである。
この戦いは非常に苦戦を強いられた。身体は何とも無いのだが、精神が酒を欲して仕方ないのである。理性の方では、飲んではいけない、飲んでしまったらまた連続飲酒になってしまい、今までの事が全てパーになってしまう。それに将来の事も全部無茶苦茶になってしまうに違いない、とは考えてはいるのだけれど、もう片方の悪魔が、「買ってきて飲んだっていいじゃないか。夕方から焼酎一合か二合飲んだってたいした事は無いだろうが。」と、こう囁くのである。
結局、タバコが無くなって、タバコを買いに外へ出るのだが、此処ではまだ理性と悪魔の囁きが戦っている。悪魔が囁く。買ってきて飲んじまえよ、と。しかも煙草屋の直ぐ隣が酒屋だ。
小生は、酒屋から一番遠い煙草屋まで煙草を買いに行った。そしてミニストップに行った。酒を買うためでは無い。なんかしらのアマパン(甘いパン)とコーヒー牛乳を買うためである。此処で飲んだら全てが駄目になると解っていても飲む奴がアルコール依存症者なのである。そして、小生の立場は、間違えなく「此処で飲んだら全てが駄目になる」立場である訳だからして、ここは理性もヘチマも有ったモンじゃない、とにかく酒から一番遠いアマパンとコーヒー牛乳で悪魔の囁きを退治する事にしたのだ。
アマパンは「りんごと紅茶のデニッシュ」、コーヒー牛乳は「小岩井コーヒー」という物をコンビニで買い求め、家に帰ってむさぼり喰った。
アマパンを喰い終わり、コーヒー牛乳を飲みつつ、一服していると、さっきの飲酒欲求は遠いどこかへ行ってしまったようであった。さっきの悶絶が嘘のようだ。
今日の今現在も空腹なのだが、あれから飲酒欲求は出てこない。あれは神が与えた小生への試練なのかもしれない。良かった。飲まなくて。
やはり、酒とお付き合いするのは大変に難しいことなので、ここはやはり機会飲酒のみに、皆との飲み会の時だけに、酒は留めておこう。独り酒はしない。晩酌は健常者のお仲間に入ってから。と強く思う今日であった。
●9月15日(水)
昨日でフロモックスを飲みきった。痛みは全く無い。体調は良く、非常に楽な状態が続いている、と云う事は、酒を飲んでもへっちゃらだし、メシも喰えるってなもんだ。
最近の俺の書き物はつまらない。誰が何と言おうが誠につまらない。是は一重に「体験」が不足しているし、独り酒を断ってしまったせいもあるのだろうと思う。自分でも不思議だが、以前飲み狂っていた時は、全くの「お筆先」で書けたんで或る。是が、今となっては書けなくなってきている。それに清貧洗うが如しの貧乏も荷担しているようにも見える。
しかし、こうなってしまったからと言って、また独り酒を飲む等という気はさらさら無い。これから昼は学校、夜はバイトと、こうなって、健常者の仲間入りが出来たのならば、晩酌の少しぐらいは飲んでみてもいいかな、とそんな気がするのだが、今は何もしていないし、せいぜい猫の生態を観察することが日々の日課であるようなこんな輩が、独り酒を始めてしまったら、また止め処も無く飲んでしまうに違いない。ヒマだからと言っては飲み、書けないと言っては飲んでしまうのだ。だから、今は、機会飲酒のみにしておくのだ。その「機会」も先般体調を崩してしまったせいで、当分訪れそうにも無いのだが。
前にも書いたが、小生の部屋に、ゴロンと多少不貞腐れたように焼酎のボトルが転がっている。中身は入っているのだが、どうもやはり、独り酒をする気にはならない。しかし、この酒を見ていると、とても安心する。是が不思議でならない。
今は、辛抱の時期なのだ。酒は悪い奴ではない。とてもいい奴だと思うけれども、今の小生は、プラトニックなお付き合いをするのが精一杯と言うところだろうか。不貞腐れたボトルを眺めつつ、猫の生態を研究しつつ、日々を送って行く事が精一杯、と言う所だ。十一月の下旬までこんな日々が続くと今から考えると、多少食傷気味になるが、此処で独り酒を始めてしまったら、負けになってしまうので、もうちょっと。もうちょっとの辛抱と思いつつ、猫をからかいながら日々を送っている。
●9月13日(月)
昨日の晩辺りから、マトモなメシが喰えそうな気がしてきたので、喰ってみたら大丈夫だった。今日も大丈夫。フロモックスを飲みきった時に、今後また酒に走るような事の無い様に気を引き締めていかねばなるまい。
●9月12日(日)
小生は怒りでハラワタが煮えくり返っている。其れは何故か。某駅に有る某福祉専門学校という学校の「一日体験入学」に行って来たからである。とても小馬鹿にされたような気分になった。
まず、某駅というロケーションがおかしい。学校の校舎は新しく綺麗なのだけれど、校舎内部の壁にヘンなデザインが施されていて、是が人を小馬鹿にしている。学校、という威厳が何処にも無い。まるで幼稚園のようである。そして続くは学校の自慢話。其の後は各学科毎に分かれての「体験授業」のはずなのだが、滑稽なトリックアートを見せられ、其の後心理検査をやったと思えば、今度はまたもや学校の自慢話で或る。そして個別相談。心理学らしい授業や話は全く無い。
個別相談では、小生が多少突っ込んだ質問をすると、相手はタジタジとなり、多少狼狽し、後ずさりした後、「いやーあれは高校生向けのアレですから」等とにべもない。其れに「高校生向けのアレ」の「アレ」とは何の事だ。まさか「アレ」の事じゃあ無いだろうなぁ?相手も、小生が小馬鹿にされた怒りに沸沸と沸きあがり、「こんな学校絶対に来ない」と堅い決意を抱いた事が伝わったのだろうか、個別相談はニ、三分で終わった。
先般、日本福祉教育専門学校という名門校で「体験入学」をしに行ったときは、その内容もとても充実していて、とても満足して帰って来たというのに、同じ専門学校でも名門校と、今日行った某云々ではこうも違うのか、と驚いた。なんせ、某云々では、心理学を学ぼうという生徒の数が、たったの十一人しか居なかったので或る。
アホらしい漫画書いたパンフレットよこすぐらいなら、講師や、教員自信がもっと勉強すべきだろ!現場をもっと知っとけ!と、そう思った。
ああ、無駄で無意味な時間を過ごした上に、小馬鹿にされて、腹立てて。高校生相手なら、最初から「ウチは高校生相手の商売です」って断っときゃあ、こんな事にはならんかっただろうに。プッ。
●9月11日(土)
先般の胆嚢炎騒動は腹部エコーと血液検査の結果、胆嚢炎ではなくて、「慢性膵炎急性増悪」による「膵胆管の炎症」であることが判った。しかし、酒を止めて中性脂肪の値も正常値なのに、なんで今更、慢性膵炎が急性増悪しなきゃならんのだ。そして血液検査の再検査。CRP(炎症反応)は1.8にまで下がっていた。とは言え、正常人はゼロなのだから、まだ炎症が残っているということか。しかし現在では、しつこい微熱は平熱に下がり、ワキ腹の痛みは殆ど無い。
ドクターは更に三日間フロモックスを飲みきって、それで痛みが出なければ大丈夫だ、と言った。但し其れでも、「酒と油物は厳禁」と念を押された。だから暫くはおとなしくしていようと思うのだが、酒好きの小生にとってこれは地獄、と言いたいところだが、酒なしの生活にすっかり馴染んでしまい、今更酒などなくったって平気と言えば平気だし、平気じゃないと言えば平気じゃない。
だから今後は「機会飲酒」だけに留めておくつもりで居る。家には飲みかけの焼酎のボトルが有るのだが、是を見たって、飲みたいとは思わないし、また飲まない。だけれども、酒が直ぐ手の届くところに有ると、飲みはしないのだけれどなんだか安心する。是が酒飲みの不思議な心理だ。
家で酒を飲まない事にしたのだから、そんなものとっとと棄ててしまえばいい、と思う方も居られるだろうが、そう言うものではないのだ。酒が家に有るのと無いのでは、安心の度合いが違いすぎるのだ。是は本当に不思議で、自分でも理由が良く判らない。今度、精神科のドクターにでも訊いてこようと思う。
油物に関して言えば、是は自分で気をつけられる。機会飲酒の際に、串カツ一本ぐらい食ったって、どう、と云う事はないだろう。
とにかく、酒は機会飲酒のみ、油物も極力摂らず、そうしていれば何ら問題は無い。唯、今回の慢性膵炎急性増悪については念を入れて治したい所では或る。
過ぎたるは及ばざるが如し、とはこの事か。
●9月7日(火)
胆嚢炎のためお休みします。
胆嚢炎についてはhttp://www.so-net.ne.jp/vivre/hkd/lib/anser/shoka/lans_tn.htmを参照してください。
●9月6日(月)
先週の木曜日から胆嚢が痛い。背中まで痛い。小生には胆泥、即ち胆嚢に砂が少々溜まっているのだが、何かの拍子で、多分先週水曜の晩に喰ったカレーのせいたと思うが、其のせいで胆嚢炎を起こしてしまったようだ。そのうち治るだろ、と思って放って置いたのだが、今日痛みに耐え切れず医者に行った。
あいにく消化器科のドクターは居らず、通常の内科医に診て貰ったのだが、採血の結果、CRP(炎症反応)が4.0もある。通常人の場合はゼロなので、想像以上の炎症を胆嚢が起こしているに違いない。
普通の内科医には消化器系の薬剤の知識は余り無いらしく、ウルソという胆汁の流れをよくする薬と、抗生物質を処方してもらおうと思っていたのだが、ウルソは本日診察してくれたドクターが消化器の専門医でなかったため処方してくれず、フロモックスという強力な抗生物質を処方してもらっただけで終わった。
今度の水曜日の午前中に腹部エコーと血液検査をし、午後になったら改めて消化器専門の主治医に診て貰う予定である。
ああ、片腹痛い。フロモックスよ。頑張っておくれ。
●9月5日(日)
前にも書いたが、小生は「日本福祉教育専門学校」というところに、単願志願している。今日はその「学校説明会」で或る。
さすがに今日は、先日の「体験入学」の時みたいに歌なぞ歌ったりしない。学校と専攻科目についての説明オンリーで或る。
まず、学校に入って、机に着席するなり、「ミウ」という「海洋ミネラルケア・硬度350・海洋深層水『にがり』使用」というスポーツドリンクのようなモノが配給された。ノドが乾いていたので、ちょろっと飲んでみると、これがえらいことマズい。先日はお茶だったのに、学校説明会に際しては、この、にがり使用のスポーツドリンクを飲み干さなければ、たとえ受験しようとも不合格になるらしい。(うそです。)
そして、学校の概要や就職状況などの説明を約一時間程受けた後、各学科に分かれて学科の説明。其の説明によると、当初は三年間+一年間、計四年間学校に行かなければならないと思っていたのだが、是は間違いで、三年間+実務経験一年で「精神保健福祉士」の受験資格を得ることができるらしい。卒業後のアフターフォローもバッコシで、勉強させてくれるという。
しかし、実務を一年経験しながら、国家試験の勉強と言うのは、こりゃまた大変だ。どうやって勉強するのだろう。テキストはどうすればいいのだろう。まだ随分先の話なのだけれど、心配でならない。しかし、大抵の心配事は、今日の学校説明会で払拭された、とおもっていいだろう。
しかし、心配は募る。施設や病院は、大抵辺鄙な所に有るものだから、車がなくちゃ通勤できないし、通勤に二時間もかけるのはイヤだから、引越しも考えなければ成らない。
でも、まあ、其れは学校が決まってからの話か。あんまり先の事を心配しても心配の心配になるだけなので、此処は、どうにかならぁ的な考えで行く事にする。
帰りに、ヨドバシカメラ錦糸町店に行って、Macを見て来たのだが、先日新発売されたお目当てのiMac・G5が無い。せっかくいじくりまわして遊ぼうと思っていたのに。そのうち絶対に手に入れます。iMac・G5。
●9月4日(土)
精神科のクリニックに行って来た。
今日は、いつもと違ってガラガラにすいている。何故だ?大分涼しくなったので、あの真夏のあの日に来ていた大勢の人達は、正常な状態に戻ったのだろうか。其れとも、夜暑くて寝られない事を病気だと思い込んでクリニックに来ていたのだろうか。とにかく待ち時間が少なくなって、待ち時間十五分と言うところで小生の順番が回ってきたので或る。
小生は、今自分が立たされている悶々とした状況を半分ぐらい話した。大分、焦燥感に煽られている事も話した。話はしたけれども、其れだけで、心の中はすっきりとしない。ドクターは、「あせらず、ゆっくり」みたいな事を話してくれたが、こっちは焦らずを得ない状況なのだ。焦ってみたってどうにもならない事ぐらいは解る阿呆である。
其の後は、薬局で或る。是が良かった。前にも書いたが、以前からカワイイなと思っていた薬剤師さんからお呼びがかかった。
薬剤師さんは、薬の説明を、「コレがアレで、何其れが云々」と丁寧に説明してくれた後、「お体の調子は其の後如何ですか?」だって!こりゃまた本来なら「脳ミソの具合は如何ですか?」の問題を「お体」の問題に置き換えてくれたのだ!是は大問題である。
しかも、前回薬局に行ったときには「血圧が高めで・・・」と云う事を話した事をメモしてあるカルテを見つつ、「血圧の方は?其の後如何ですか?」と、小生の体全体のことを気遣ってくれているのである。
小生は、「へ?ア?血圧ですか?其の後正常になりました」とワケのワカラン妙な仕草をしつつ、答えてしまった。
其の後、薬局の玄関に向かう間、妙な仕草でつんのめりつつ歩きながら、薬局を後にしたので或る。
あー恥ずかしかった。
●9月3日(金)
先週、我が母校である「葛西南高等学校」に申請しておいた「調査書」と「卒業証明書」が出来上がった、と言う旨を、昨日学校からの連絡で受けたので、今日、我が母校に取りに行った。
地下鉄都営新宿線の一之江駅からバスに乗り換え、我が母校の前でバスを降りる。バスの中では、我が母校の校歌が響きっ放しである。
受付で、自分の名前と、書類を取りに来た旨を受付の職員に伝えると、「ハイ、ちょっと待っててくださいね」と封筒の束の中から小生の分を抜き取り、「ハイ、どうぞ」と渡してくれた。其れは、調査書二通、卒業証明書二通、計四通の封筒が輪ゴムで束ねられたものだった。
卒業証明書の封筒は口が開きっ放しで、中身が見えるようになっているのだが、もうひとつの重要書類、「調査書」の方は、封印が押してあって、中身は見られなくなっている。是が問題なのである。何せ、小生にとっては恐怖と戦慄の調査書なのだ。
其の、恐怖と戦慄の調査書が封印されていると云う事は、自分では中身は見られない、と云う事だ。開けたら最後、其の調査書は無効になってしまう。しかし開けたい。どうしても開けて、自分についてどんな調査内容が書かれているのか見たくてしょうが無いのであるが、何せ恐怖と戦慄の調査書なので、絶対に開ける訳にはいかない処がはがゆいのだ。
今でも、時々こんな夢を見る。単位が足らなくて卒業できない夢で或る。
「単位が足らないっ!卒業できないっ!」其の後でガバッと起きると、体中汗をびっしょりかいている。其処で我にふと返るとほとほと安心する。是は実際にそうだったものなのだから、仕方が無い。まさに恐怖と戦慄だったのだ。
実際はキチンと卒業して此処にこうして居るわけだから、何てことはないのだけれど、あの、卒業間近のあせりがこんな夢を見させるのだろう。その正体がこの調査書に書き記されていると思うと、またもや恐怖と戦慄がよみがえってくるような気がしてならない。
今度、学校に行くようになったら、キチンと真面目に出席をし、この恐怖と戦慄を二度と味わうようなことの無い様にしたい、と思う小生で有った。
●9月2日(木)
去年、北海道ツアーでお世話になったバンド「夷」のドラマー、akillerさんが緊急入院されたそうだ。其れを聞きつけた我がバンドのマネイジャアであるかえで女史は狼狽し、落胆し、落涙したそうである。
しかし小生は落胆しない。其れは何故か。数十回の入院経験があり、ベイシストの勝麺一から「病気の総合商社」とまでに言われるようになった小生にとって入院とは、まあ病気をしているから入院しているわけなのだけれども、実際はそんなに心配するほどの事では無い、と云う事を知っているからで或る。
其れは何故か、と言うと、病人にとって一番安全なのは入院する事だからで或る。扁桃腺炎に罹った場合でも、重症急性膵炎に罹った場合でも、「命の保証」なんてものは出来ないのであるが、入院さえしていれば、ボタンひとつ押すだけで看護婦さんがスッ飛んで着てくれる。三度のメシは出る。メシが喰えなくても、二十四時間持続の点滴で命を繋いでくれるのである。
「商社マン」のワタクシは酒の飲みすぎで中性脂肪の値が急上昇し、急性膵炎に罹り、何度も入院している。うち一回は「重症」であった。是は、放って置くと、膵炎の炎症が腹部の臓器全体に波及し、多臓器が炎症を起こし、其れにより「多臓器不全」で死んでしまう、という恐ろしい病気である。
しかし、其の時、医師の的確な判断で即日緊急入院したワタクシは、其れこそ腹の痛みは七転八倒するぐらい痛いのだが、心は安らかなものであった。腹が痛ければ看護婦さんが痛み止めの注射を射ってくれるし、点滴だってしてくれる。二週間ほど絶食したが、今此処にちゃんと生きているではないか。其れほど入院して病院に居る、と云う事は安全な事なのであるからして、病人の側から言わせて貰うと、何も心配する事など無用なのである。
其れよりも危険なのは、一人暮らしの病人である。何故か。
急に病気に罹り、何とかして誰かに助けを呼ぼうにもまま成らない場合だって考えられる。是だけは多いに考えられる。助けを求められない、誰も助けてくれない。其の後で待っているものは何か。「孤独死」で或る。
昨日のニュースで病気を持った母親が急死し、一歳六ヶ月の赤ん坊が餓死したというニュースを報道していた。まさに是がそうである。
小生も一人暮らしであり、「病気の総合商社」で有る訳だからして、孤独死の可能性は他人の数十倍は有ると思う。先般も軽い膵炎を起こし、病院に行こうか、どうしようか、どうしようか、と悩んだが、絶食と手持ちの薬でなんとかなった。さすがに自宅で点滴は出来ないので、アミノ酸と電解質を補給するためにそれぞれの溶液を飲む。是は、点滴用の薬で「アミノフリード」と云う電解質・アミノ酸溶液なるものがあるのだが、其れを点滴ではなく、経口摂取するためである。絶食は二日間した。変なところで医学の知識と言うものは役に立つものである。
しかし、夜間、寝ている間に、是が急性増悪し、多臓器不全を起こし、自分で救急車を呼ぶ事もままならないまま孤独死する可能性だって多いにあるのだ。だから、あれから酒を止め、機会飲酒のみに留めているのだ。もう怖い思いはしたくない。懲り懲りだ。
其れに比べたら、病院は天国で或る。苦痛はあるが、三度のメシは看護婦さんが自分のベッドまで持ってきてくれる。イザとなったら医師だって二十四時間体制で待機しているのである。その代わり自由は無い。
どんな病気で入院したのかにも拠るが、大抵の病気で入院したのあれば、安心してもかまわないと思う。
其れよりも怖いのは、やはり「孤独死」であると思う。
●9月1日(水)
何もやる事が無い。ヒマである。
「ひまのつぶし方」でも考えようと思っていたら、ネコが「クヮッ!クヮッ!ケホホホッ!」とタンツバを吐いた。
昨日は、「体験」が有ったから、むにゃむにゃ可笑しな事を書けたけれど、今日は何も無いので、何も無い。あーあ。つまらん。
一日中、インターネットでケンサクばかりして遊んでいたタイクツな一日でした。ケッ!
●8月31日(火)
小生が単願で志願している専門学校の「体験入学」に行って来た。
予算のメドが立って入学試験に合格すれば、この学校に三年間+一年間、計四年間通うので或る。ウカウカしては居られない。是非学校を「体験」せねばなるまい。
この学校は「日本福祉教育専門学校」と言い、名門校で或る。
どんな内容か、と言うと、学校の概要説明の後に、いわゆる「老人ホーム」、(今は老人ホームとは言わず、「老人保健施設」と「特別養護老人施設」を区分して言う)で、演奏して喜ばれる歌、と言うのを教えてもらい、先生のピアノの伴奏で歌ってきた。其の後は、各学科に分かれ、体験授業。小生は心理学専攻なので、心理学の授業を受けてきた。
まずは歌で或る。先生の話によると、今の老人は結構若いらしい。と言うより、モダンジャズが好きだったり、氷川きよしが好きだったり、クラシックが好きな人も居るという。しかし、此処では、施設に入所している全員に喜ばれる歌、と云う事が大前提で或るわけだから、皆に喜ばれる歌で無ければならないと、先生はおっしゃられた。
んで、其の歌はどんな歌かと言うと、此処に本日、先生から頂いた資料があるので、其れを参考にしてみると、No.1は「青い山脈」「りんごの歌」「四季の歌」だそうだ。施設の利用者(老人)全員で、「青い山脈」を大合唱するのだそうだ。あと、意外な処では「高校三年生」「上をむいて歩こう」等もあった。
施設には、「音楽療法士」という人が居て、其の伴奏で、老人達が声を張り上げ「高校三年生」を歌っているのである。なんだか怖いような気もするが、まあ「それもありかな。」というような気もする。(ちなみに小生は心理の方なので、是はしない。)
というわけで(どんなワケだか)今日の第一時限目はこれらの「施設で老人達に喜ばれる歌」を体験入学に来た人達全員で何曲も歌ったので或る。
とても、とても、恥ずかしかった。でも、イザとなったら小生だってギター片手に「青い山脈」をやらねば成らないかも知れないのだ。油断してはおれぬ。
二時限目は「心理技術」の授業で或る。
此処では、ソーシャルワーカー(精神保健福祉士)を目指す人達の授業で、「心理相談を受けるための技術」見たいな事をやった。小生も其のうちのひとりで或る。
是は、まあ色々と手法や考え方があって、一概にどうとは言えないのだが、現代の心理学における心理相談では、「ロジャーズ方式」と言うのが標準らしい。是を説明すると話が長くなるので割愛するが、ユングやフロイトの心理学と言うのは、現代では用を成さない、と言うか「もうダメ」らしい。
そしてグランド・フィナーレは、また皆で集まって、今度は「ふるさと」を大合唱。此処では、キーの違う音叉みたいな楽器を持たされ、皆で演奏しながら大合唱。
「学校で授業を受ける」こと自体は新鮮だったので、とても楽しかった(一部恥ずかしかった)が、福祉や医療における「心理学」を学ぶ、と言うことは、こう云う事なのかと、ビビッてしまった。
ああ。高校三年生。
ちなみに「この男変につき」というリクエストが無かったのが残念でならない。是非、施設の老人全員で合唱してほしいものだ。
●8月30日(月)
来年から、アルバイトをしつつ学校へ通おうか、と思っていた小生は、昨日、電卓を叩きつつ、或る時点でハッとし、阿鼻驚愕し、落胆し、将来への展望が開けた。普通のヒトの展望と言えば、明るい方の展望だけれども、小生の展望は暗い方の展望で或る。
其れは、「どうもがきあがいても、アルバイトしつつ、学校へ通うことなど予算的に無理」という現実であり、しかも其れは電卓から叩き出された現実への暗い展望であり、いい調子に乗っていた小生は、一気に落胆し、一気に崖っぷちに立たされてしまったので或る。
では、どうしたらいいのか。小生は考えた。
しかし、考えれば考える程、クラくなって行き、寛解したとみえていたウツ病も再発し、三度うつ状態などにもなり、どうしようか、どうしようか、と迷っているうちに、段段と開き直ってきたので或る。
「とりあえず、引っ越そう。」そう考えた。
引越しでもして、パァーッと酒でもかっくらってやらぁ、なんとかナンダロ的な、やらぁ的な、いい加減な発想で、此処には創意工夫は全く見られず、いい加減なところも小生ならではの良い点で或る。其れに、これ以上考えこんだって「どうにもならない」ので、是は仕方が無い事だ。
しかし、学校の入学試験は受ける。何故なら、まだ全体の全体が絶対に無理と決まったワケでは無いからで、まだ少々の望みがあるからで、其れは先日申し込んだ都営住宅と某基金で或る。この基金が通れば、学校にいける。都営住宅が当たっても学校にいけるのである。この結果が出るのが、早くて十一月。だから十二月上旬まではこの状態を悶々と悶絶しながら、ムラムラとムラッ気が出るのを抑えながら、神さまに祈りながら、待ち続ける事を強いられているのである。
もしも、全てダメだったら、ムラッ気のない生活に戻って労働しながら、哀れな人生を駄文に綴りつつ、哀れな人生を送るのだなあ、と覚悟は決めている。
どちらにしろ、人間なんてものは、其の「個」の人生については何の意味も無いのに、生きていかなければいけないところがなんて哀れなんだろう、とそう思う。
そう考えると、なんとかナンダロ的、やらぁ的な人生も「まんざらではない」ような気がするのでアール。
●8月29日(日)
理想と現実のギャップを肌身で感じて愕然となる。とにかく今夜は早く寝ちゃって忘れてしまうことにする。明日からリトライだ。
●8月28日(土)
医者通いで或る。但し、普通の医者通いとはワケが違うので或る。
なんと今日は、歯科と消化器科の二本立てであるからして、久しぶりに朝早く起き、忙しい思いをさせられたので或る。
小生の通う「あそか病院」は総合病院であって、普通、総合病院と云っても歯科が有るのは珍しい。其れは、まあ、噂に聞いた話だが、この病院のドクターが「東京医科歯科大学」出身者が多い、と云う事からかもしれない。噂話は是ぐらいで、後は、歯科医の腕で或る。
小生の棲む街には歯科が沢山有るが、何処の歯科が腕が良い、などという評判を聞いたことは無い。以前、近所の開業医に歯を診て貰った事があるのだが、是がまた藪で或る。たった数年で直したはずの歯の内部から虫歯が起こって、治ったはずの歯の被せ物が、こないだスポンと外れてしまった。
その、町医者に歯を治療してもらうまでは、あそか病院に歯科が有るのを、小生が知らなかったため、こんなような塩梅になってしまったので或る。
あそか病院に歯科が有るのに気が付いたのは、其の後、小生が、急性膵炎であそかに入院した時で、其のときに、周りのばあさんに「ここの歯医者の腕はどうですか。」と小生が尋ねた結果、「あら、あんた知らないの?上手いわよ」と、この歯科医の評判を聞きつけたので、今度、歯医者にお世話になるような時分には、是非、この病院の歯科医を尋ねてこよう、と云う腹積もりで居たので或る。
そして、先日、町医者で治療した歯の被せ物がスポンと外れ、左上の奥歯にも少々の虫歯があったものだから、思い切って今日やってもらったので或る。
かかってみると、成る程、名医であった。
普通、歯科にかかると、まず、レントゲンなどと言うものを撮られるが、この歯科医はそんな事はしない。口の中の歯の一本一本を歯科医が使う小さな鏡で、丹念に診てゆく。
診察の結果、小生の歯には、自分で知っていた悪い箇所以外にも、小さな「う歯」、つまり、虫歯が有ると云う。其れに加えて、直し方が悪かったため、歯と歯が、治療用のセメントでくっついてしまっている箇所も有ると言う。つまり、程度は小さいが、直すべき箇所は沢山ある、とドクターはおっしゃられた。
「何処からいきますか。」じゃなかった、「今一番気になる歯は何処ですか?」と訊かれたので、やはり、左上の虫歯です、と言うと、はい、じゃ其処から、と云う事になって、治療が始まった。
麻酔を射たれ、歯は、どんどん削られて行く。痛みは、と言うと、是が全く痛くない。むしろ、段段とさっぱりとしてゆく感じだ。十分程削っただろうか。うがいをしたら、削った歯の破片が沢山出てきた。そして、型を取って、来週にはもう歯が出来上がる、と言う。
やはり、名医であった。おそるべし東京医科歯科大学。小生が二浪したって、うかろう筈が無いのは当然で或る。
●8月27日(金)
昨日、家に帰ってみると、小生宛に郵便物が届いていたので「何かな?」と思って見てみると、もう一校、別の学校の入学願書が届いていたので、「あっ!」と思った。スベリ止めに受ける予定の学校の入学願書なのだが、昨日、母校に行った時に、「調査書」と「卒業証明書」の申請は、各一通しかしていない。「あーあ。」と思って、今日もまた母校の「葛西南高等学校」へ行って来た。
学校でしたことは、昨日、提出した申請書を書き直しただけである。
感嘆は無かった。
●8月26日(木)
今日は、出身校の「葛西南高等学校」に「調査書」と「卒業証明書」の申請に行って来た。
都営新宿線の一之江駅からバスに乗り換え、「葛西南高校入口」バス停で降り、其処から歩いて学校まで行くのだが、学校につくまでは「あーかったりーなー」なんて思っていたのが、学校の正門を前にした途端に、「おお、我が母校よ!」と、感嘆してしまい、高校の頃の思い出が一気にあふれ出てきた。
感嘆したのはいいんだけれど、今は夏休みで、学校に生徒は殆ど居らず、小生が酔うが有るのは「事務室」の「各種証明書発行係」であって、其処で、簡単な書類を書き申請をし、手数料八百円也を支払ったら、事務のヒトがいきなり「まあ!九組!?」と感嘆していたので、小生は、「いや、僕の頃は十組まで有ったんですよ」と言ったら、「あらぁーまあー。今は六組よ」などと簡単な申請にもかかわらず感嘆していた。
そして小生は帰りのバスに乗り、帰途についたのだが、来週書類が出来上がるので、もう一度母校に行ってこなければならない。
こんな事は滅多にあることではないので、今度はもっと感嘆してこよう、と思う。
●8月25日(水)
入試エントリー書類の中に論文が有って、其の論文書きをした。勿論手書き。まだ下書きの段階だけど、文体、文章自体は完成した。明日もうちょっと下書きの練習してから本書きします。
●8月24日(火)
昨日、膵臓の調子が「ちょっと、是で酒飲んだらやばいかな!?」と言う感じだったので、是を期にすっぱりと酒を止めたらアルコールの離脱症状(禁断症状)が、ガツンと出た。
離脱症状は、今はもう殆ど治まっているが、まだなんか変な感じなので気を許せない。膵臓のヘンな感じは、酒を止めたら治まった。是はいい機会なので、バイトを始め、学校に行き始めるまで、付き合い酒(機会飲酒)のみに留めて置き、自宅では飲むのを止めようと思う。まあ、働き出すまでの間だけれど。
酒自体は悪い奴ではない。ただ、付き合い方が非常に難しいと、そう思う。
●8月22日(日)
焼肉「「¥はかんべんしてぇーlたう!!!しゃびしゃぶにしてぇー
「う0むあ;うぇおじょぱうぇmぽいぽあまpをえい」
「センセイッ!?」
●8月21日(土)
だめぇぇぇっ!堪忍してぇぇぇぇっ
「ダメだ。『本日のポキール』を書くんだ。」
ぽおいjfdい@あwpp@おあえいたうっ!
「冷えた桃缶はうまい」
「@pいうhきうぇえええいmxxxこけくぉwk9rrrr9dたすうっ!!!」
「センセイッ!患者さんがっ!」
「うーむ。119番に電話した方がいいかなあ?それともこの新薬を点滴してみるか。」
・・・小生の最近の生活は真に変化に乏しい。そこで、メケェッ!あ、失礼致しました。そこで、「本日のポキール」の原稿に行き詰まっているわけメケエェッ!メケエッ!
「センセイッ!患者さんがっ!」
「うーむ。やはり医者を呼ぶか。うむむむ。」
メッケメケェーッ
●8月20日(金)
ヤッター!二十日を過ぎると、もう月末って感じで、と云う事は給金が貰える訳であり、是はもう嬉しいの一点張りで或る。まあ、その給金と言ったって、たいした金額ではなく、まあ、むにゃむにゃ円程度なのだが。
所で、此処で始まるのが「割り算生活」で或る。現金の残高を、給金が支給されるまでの日数で割り、「一日むにゃむにゃ円が生活の予算」と、こうなる訳である。
ここで意外と大きな出費となるのが「猫用品」で或る。酒なんぞは金が無ければ飲まねば良いので、たいした問題ではない。
猫はこの事を理解してくれているのであろうか?否、していない。
全く以って、暑いからエアコンをつけろ、だの、カツブシよこせだの、この猫という生き物は、真に猫で或る。
●8月19日(木)
僕は、医者から処方されたカプセルの胃薬と、バーボンのダブルとを、チェイサーで飲み下した。
「ねえ。止めなよ。胃薬飲むのか、お酒止めるかどっちかにしたら」
「もう大丈夫。ちょっと胸焼けがしただけだから」
「そう。ならいいけど」
彼女とは、この店で飲んだあと、チンピラと殴り合いの喧嘩になって、其の帰りの電車の中で偶然知り合った。
二度目に逢った時には、僕が「スミノフ・アイス」をあっという間にラッパ飲みしているのを見て、「また何かあったの?」と語りかけきたのだ。
其の頃、僕は、強烈な片思いをしていた。それも、因縁付きの、決して成就するはずも無い恋だ。その頃は、誰それかまわずに喧嘩も売ったり、買ったりして、常に傷だらけの自分だった、
額から血をたらしながら、終電車に乗る。つり革にぶら下がっていると、周りに人の輪が出来る。そんな夜を何度も繰り返していた。
「あなた、血がでてるわよ」
そうやって、僕に声を掛け、傷の手当てをしてくれたのが、今、隣に座っている美穂だ。
美穂はそれから、僕の一切をしてくれた。僕も美穂に応えようと、日々を過ごしていた。しかし、時たま昔の悪い癖が出てしまう、そんな僕だった。
美穂は美しい女性だ。片思いの傷も額の傷も直してくれた。
何時の間にか僕らは一緒に暮らし始めていた。そんな或る日、美穂が泣いていた。傍に置かれていたのは、見慣れない眼鏡と懐中時計だった。
僕には理由を聞けるはずもない。
美穂は「ちゃんとケジメつけなきゃね」と言った。そうだ。それは、前夫の遺品だったのだ。其の一週間前、僕らは結婚をする約束をしていた。
僕は、前夫の墓の前に居た。そして、線香に火をつけ、「あなたを、あなたと一緒に美穂をください」と挨拶をした。
そして僕は、バーボンを前にして、美穂に結婚を申し込んだ。
美穂は、チェイサーの水を僕の頭にかけながら、こう言った。
「胃薬飲みながら、お酒飲まないこと!守れる!?」
「は、はひっ!守ります!」
「んじゃ結婚してあげる!」
美穂はオシボリで僕の顔を拭きながら、笑顔でそう応えてくれた。
「ポーン」とシャンパンの抜ける音がした。
●8月18日(水)
小生は、過去の事を書くのは、あまり好きではない。其れは、今更、過去の事をどうのこうの言ってみても、何も身にならないからで或る。
しかし、教訓として残しておきたい事は書く。
しかしながらーっ!小生には「体験」が不足しているので或る。是はひとえに「貧乏」が悪いのであって、うーん。内田百關謳カの著作でも読むことぐらいしか出来ないのであり、ギターは関東逓信局のスティーブ・ルカサーにチューニングを頼みっぱなしだし、是はもうドラムを叩きたくて、叩きたくて、仕方が無い。
10月の都営住宅の審査までは、仕方ない、この状態を続けるしかないので或る。
●8月17日(火)
毎日毎日、パイナップルばかりを食っている。暑くて食欲というものが無いのである。後は、ソーメンを茹でて食うぐらいのものか。
其れでも、此処のところ、食事は一日一食で過ごしてきてはいるが、多少血圧が高いぐらいで、何処がどうということは無い。腹を立てるようなことも無いから、ストレスも無い。
是は真に以ってつまらない生活で或る。
●8月15日(日)
親父の弟の新盆の為、一昨日、昨日と、茨城のお墓に行って来た。
真夏のカンカン照りの中を、常磐線の石岡まで行き、其処から一両編成の関東鉄道の鉾田行き、ディーゼル機関の「のらくら電車」に乗って「玉造町」まで行くので或る。
食い物は、田舎ならではの食い物で、まあ、お盆なので御精進のお料理なのだが、御精進の料理であれだけの御馳走は滅多に食べられるものではないので、堪能してきた。
帰りには、とは云っても、朝の九時には、大宮「いづみや」の約束が午丁度にあるので、其れに間に合うように帰った。矢張り、「いづみや」はいい。
プノンペン、ハノイ、マカオ経由で帰国したダンナさんといい、なにやらインチキくさいジャミール・ほったといい、なにやら怪しげな集団の中に独り涼しげな女性が一名。
浴衣姿のかえで女史である。みんなびっくらこいてしまったに違いない。
「いづみや」の後は「満々亭」へ。此処も旨かった。旨くて喰いすぎてしまった。
大変なのは自宅に帰った其のときで或る。あまりの暑さに、猫が「蒸し猫」状態になっていた。この「蒸し猫」は、小生素早くエアコンを入れると、小生の居場所である特等席に座って寝そべり、幾ら押そうが、突付こうが、動かない。余程、暑かったのだろう。
猫も余りに暑いと、気がヘンになるのだろうか。「蒸し猫」の写真を携帯電話のカメラで写真に撮った途端に、手を噛み付かれた。
今日は、「蒸し猫」の精神状態も普段の猫に変わり、猫らしい生活をしている。
●8月12日(木)
医者に行ったら、「んー。正常ですねえ」だって。どうしてくれんだよう!
そーいや、毎日テーマを決めて此処に記す、と云う事だったけれど、原稿の枚数がもう200枚(正確には199枚)あって、これ以上あっても困る、と出版社のヒトに言われたので、まあこの程度で、でも、書きたいときには書きますので、どうぞ宜しく。
●8月11日(水)
先日の「心臓バクバク」から何日か経ったけれど、朝が眠くて、眠くて、午前中病院にいけないで居る。そのまんま、ほったらかしているので居るので或る。是ではいけない。明日は午後の時間帯に循環器科の先生の診療があるので、その機会を逃さずにいってこよう、と思う。
なんせ、此処のところ、血圧は低い処で、140、高いところで160であるからにして、是は明らかに異常である。不整脈も出ている。
両親共に、循環器系の病気で亡くした小生にとって、是は一大事であるからにして、明日の午後は、なんとしてでも、循環器科のドクターに診て貰うつもりである。
●8月10日(火)
またもや、眠くて、眠くて、一日中寝こいてしまった。ああ、眠い。
●8月9日(月)
杉田かおるさん。好きっ!好きっ!好きっ!
●8月8日(日)
なんだか、一日中、眠くて、眠くて、寝こいてしまった。まだ眠い。
●8月7日(土)
痔核血栓が再発してしまった。この痛みを誰かに分けてあげたい。この、痔核血栓の痛みというものが、どれくらい痛いかと云うと、「Oh〜Yhey〜」と唸るほどの痛みで、小生は、現在も「Oh〜Yhey〜.Oh〜Yhey〜.」と唸りながらこのくだらない文を綴っているのだOh〜Yhey〜.こんなことなら、今日は精神科じゃなくって「肛門科」にいくべきだったが、今日は土曜日で診療は午前中のみでOh〜Yhey〜.薬無いか、薬無いか、と探してみたけど、Oh〜Yhey〜.無い。月曜日までこの痛みを我慢しなけりゃならんと思うと、真にOh〜Yhey〜.
●8月6日(金)
ねたが無いよう。うーん、うーん、うーん。
●8月5日(木)
確認作業中。ネタ集めなんだけどね。らりるれろ。
●8月4日(水)
創作意欲と闘志が湧いてきた。思い切った事をしでかしてやろう、と云う想いでムラムラした気持ちが、どんどん高まってくる。が、今日は抑える。是をバネにするためだ。今日を境に俺は変化した。イッパツやってやろうじゃないか。なあ。そう思うだろう?
●8月3日(火)
「おれはみんなの笑顔で生きているのだ」と、そう言えるようになりたい。
●8月2日(月)
僕は何者でも無い只者で鬱。
●8月1日(日)
ディスカウントショップで買ってきた三百九十円の安いエサを猫に与えたら、うまそうにボリボリと喰っていた。
●7月31日(土)
くっだらねえ。あー疲れた疲れた。もう寝ちゃえ。
●7月30日(金)
その男と出逢ったのは、僕がハイミナ-ルと酒でどろどろの、沼のような状態の時だった。なんとか今夜の宿を探そうとしたけれども、あいにく僕のジーンズのポケットには穴が空いていて、虎の子の千円札が風に舞った後だった。
僕は、眠りやすそうな、公園のベンチを探す。其のとき、銅貨の鳴る音がした。
昨夜、彼女は、涙のナメクジ跡を残したまま眠りについてしまったようだ。僕は、今朝早く、彼女の家を後にして、場末のトリスバーでグラスの底を眺めながら、時間を過ごしていた。
銅貨の音に気が付いた僕は、反対側のポケットを探ってみた。其処には、まだちらほらと銅貨が残っていたのだ。
彼女ともう一度だけでいいから、話がしたい。この衝動を押さえる事は難しかった。
其処で、この坂の上に或る、神社脇の公衆電話まで何とかたどり着こうと、腰を上げた瞬間の事だった。
男が喧嘩を始めたのだ。
其の男の風体を見て、僕は直ぐに「仲間だ」と直感した。しかし、喧嘩が厭な僕は、大声で「警官がくるぞ!」と叫んだ。
男達は、散り散りに走り去り、その「仲間」と直感した男と俺は話した。
「おい、本当に警官がくるのか。」
「すまん。警備員と見まちがえたらしい」
「お前、金持ってないか」
「ひいふうみい。九百円しかない」
「金持ちだな。俺は一銭も持ってないぞ」
「ちょっと待ってろ。十円よこせ」
彼は電話を掛けた。見覚えの或る電話番号だ。
「おい。ダタで酒が飲める店と宿が見つかったぞ。タクシー止めておけ。」
タクシーはビュンビュンと街の光を後にする。僕は、妙な感覚に取り入れられた。「ひょっとして、俺たちは、今『自由』なんじゃないだろうか」そう思った。
タクシーが目的地に着くなり、男は言った。「運転手さんすいません。ちょっと荷物が大きいんでトランク空けて待っていてもらえますか。君も手伝ってくれ。」
「タクシーはどうするんだ」
「待たせておこう。どれだけ気の長い運転手だか知らんが」
裏道を素早く通り抜ける。其処には、いつもの「トリス・バー」があった。
「どうかしたんだ。嫌いか。こういう店は」
「いや。さっきまで俺が飲んでいた店なんでね。どうも入りづらい」
「気にするこっちゃないじゃないか。さあ、入れよ。」
あれから、ダブルを何杯飲んだのだろう。さっきの喧嘩を肴にグラスはどんどん空いてゆく。暗くてよく見えない店の奥には、誰かがコソコソと占い師についての話をしているようだ。
過去に過ごしてきた、酩酊を帯びた数々の夜。それらに僕は嫌悪感すら感じていた。幻だろうか、グラスの中で渦を見たような気もした。
そして、グラスの底を眺めるにも飽きてきた頃だった。男は、何処から調達してきたかも解らない金をバーテンに支払っていた。
そして、店のドアを開けた瞬間、僕はたじろいだ。
彼女が其処に立っていたのだ。
僕は、全身全霊の力が抜けた気がした。そして、不覚にも涙落してしまったのだ。其の男は其れから、正体をくらませた。こちらは狐に抓まれたような気分だ。彼が誰だったのかは、今となっては解らない。
そして、彼女と僕は、ひとつになった。
●7月29日(木)
その夜、金星に棲むライオン達は、目指した獲物を取逃がし、遠くの星まで届くように大きな遠吠えを吹いていた。
丁度、夕暮れに差し掛かったこの海辺で、その女は何故か叫びに近い声を耳にした気がしたので、西の空を観てみると、そこには、オレンジ色に輝く小さな星があった。
僕のポケットの中には数枚の紙幣と、コインが入り混じっていた。そして、タクシーを飛ばし、日が沈んでしまわないように、金星が、まだ見えるうちにと、彼女の元へ、タクシーを飛ばしたが、彼女に出会う頃には、とっぷりと日が暮れてしまい、夜空は満天の星達に満たされてしまっていた。
「星が彼らに獲物を与えている」
海沿いの、棄てられてしまったに違いない廃船の脇で、僕らは寄り添った。
其処には、圧倒的な音圧のする、海が奏でるリズムと、彼女の短く調えられ、凛とした髪を撫でるかのような、ささやかな風があった。
僕らは無言だった。きっと昨夜の小さな「事件」のせいだろう。
僕が、金星を裏切ってしまったからだ。
其れでも、もう一軒、安バーに駆け込んで、逃げる時間はあった。
僕らにとって言葉は無意味だ。
言葉は月と星に照らされて、光を失い、忘却の彼方へ消え去る。
さっき漁夫が、自分の廃船に灯していった炎も、僕らの言葉と一緒に、この思いのような炎を、メラメラと煮え立つように焼き尽くす。
「降りさりし天の尊よ、薄明の憐れみと光を与えたまえ」
金星のライオンは獲物を取逃がしたまま、眠りについたようだ。僕は彼女を抱きしめた。
そして、僕らは、小鳥のようなキスを交わした。
彼女は、僕の手を、ぎゅっとにぎった。
●7月28日(水)
書き出しを、何と書いていいのか解らないけれど、こいいう時は兎に角書いてしまう事だ。書いてしまって、自分の気持ちを整理させる事が大事なんじゃないか、と思う。
大事な人をまた一人失ってしまった。死に方についてなんてどうでもいい。
全てを教えてくれていたひとだった。
文章の書き出し方、恋という病の治し方、生き方。
白状してしまうと、俺の文章の綴り方の99%は中島らもさんのやり口をそのまま真似たものだ。結果がある。そして、其れに付いてのプロセスがある。其れをそのまま文に綴る。
「売文家」というのも、らもさんの得意のセリフであった。だから俺も良く自分のエッセイの中で「たまった雑文を売文して」などと書いていたのだ。
二十歳を過ぎてからの青春時代から、らもさんは俺の心の中にあった。自分の生き方に重なる部分が多すぎて、らもさんにシンパシィーを抱いていたからだ。
らもさんの文章は独特で、自分の事を全てさらけ出してしまい、その独特の文体の中に「風味」があった。其れに、その生き方に、自分の生き方が重なる部分もあったし、と、言うよりは、俺が、らもさんの事を真似ていたのかもしれない。
らもさんは、自分に似合いの死に方を選んだのかもしれない。もしかしたら、俺も同じような事を真似するかもしれない。だけれども、らもさんは生きている。作品の中で。だけれど、ずるい。まだまだ教えてくれたっていいじゃないか。其れとも「後は自分で考えろ」ってことなのかもしれない。
「全て聖夜の鎖」の中で・・・
(中島らもさんのご冥福を心よりお祈り申し上げます。)
●7月27日(火)
キャバレーのボーイのアルバイトに行こうか、と、考えていたら、三人の男に反対されたのでやめた。
●7月26日(月)
ケツ穴痛し。
是も、或る意味、ラッキョウの祟りじゃ。他は何もなし!以上!
あの時、あーして、こーして置けばよかった。そしたら今ごろ、こーなって、あーなってただろうに。
●7月25日(日)
【最強・ズルズール】の作り方
まづ、餃子を「秘伝の火加減で秘伝の時間」焼きます。ラッキョウも十粒ほど用意しましょう。
長芋を五センチほど擂り下ろし、そこへ納豆と生玉子一個を投入します。味付けは「緬つゆ」がいいでしょう。
是をオカズにすると、「モーレツ」になります。夜などは一睡も出来ません。しかし、最初の一回だけです。
それ以降、あなたは、夏バテ知らずの「モーレツ大王」になれるはずです。
是非お試しください。
●7月24日(土)
今日は精神病院に脳ミソの調子を診て貰いに行って来た。
どうしてなのか良く知らぬが、今日は、病院がなにやらいつもより人で込んでいて、何時まで経っても自分の順番が回ってこないものだから、あまりにも苛苛してきて、癇癪を起こしそうに成ったけれど、其の分、先生は、よーく話を聞いてくれたので、まあホッとしていたら、次は薬局の順番待ちで或る。
病院があれだけ人で込んで居る訳だから、薬局も人で込んでいて当然なのは判ってはいるのだが、こんなに込んで居るのは初めてである。どうやら、ここ数日連続の暑さで、誰も彼もがおかしくなったに違いない。
人で込んで居る処で随分と暫く時間を過ごしたのと、真夏のカンカン照りの中を、乗合バスで病院に行き来してきた訳で有るからして、是は、疲れがどっと出た。是は、何か、身の養いになるもの、滋養に富んだものを摂取しないといけない。おまけに、今日は、朝起きて、飲むヨーグルトを五百ミリリットル飲んだだけで、昼飛ばしであるから、腹が減って、腹が減って、仕方が無い。
と云う訳で、餃子を買ってきた。ラーメン屋の軒先で売っている生餃子で或る。十五個で四百八十円だ。一個あたりに換算すると、一個三十二円の計算になる。こいつを焼いたものが此処に有り、是を今から喰いながら、ショーチュ-の十六茶割りをイッパイやり、滋養をつけてやろう、と云う腹で或る。
しかも、ラッキョウ五個と冷えたパイナップルだって有る。最後は冷やし中華でシメ、と。今日の献立の計画はこのような按配になっている。
肝心要なのは餃子で或る。是を上手く焼くには少々のコツが要る。是を失敗しては興醒めで或るから、最も注意して、是をしないといけない。
餃子の焼き方はこうで或る。
まづ、フライパンを強火で熱したものに秘伝の量の油を引く。そして、フライパンの中に、秘伝の量の水を、秘伝の加減で入れ、蓋をし、秘伝の時間蒸し焼きにし、秘伝の時間が経ったら、秘伝の火加減に火を弱め、秘伝の量の油を餃子の上にたらし、再度蓋をし、再度秘伝の時間焼くので或る。そうすると、皮はパリッと、中はジュウシイな焼き餃子が出来上がる。是がとても秘伝の味で、とてもウマい。
しかし、この餃子と云うものは、「秘伝の時間に、秘伝の方法で」焼くことがとても難しい。「どうやって焼くの?」と訊かれても、其れは秘伝なので、滅多な事で口外する訳には行かないので或る。
もしも拙宅にいらしたときは、この「秘伝の餃子」を是非リクエスト願いたい。小生、餃子、焼いてあげる。
秘伝の餃子、おいしいよ。
●7月23日(金)
夏はよーく冷えたパイナップルとラッキョウを肴に十六茶ハイ。もうだめ。暑さで思考能力がオペペ。
うひゃひゃ。パイナップルとラッキョウの後は、冷やし中華かソーメンのコンソーメン。
愛ちゃんスキスキスキィー。愛ちゃんは、くちゅっとするねぇ。
(何言ってんだか。)
●7月22日(木)
ラッキョウの祟りじゃ。
昨日、確か14、5粒ラッキョウを食った。そうしたら体内で何が起こったのか知らぬが、一向に眠れぬ。
今日は大事な大事な面談が、しかも朝早くから備えていたものだから、昨夜は早く床についたのだが、眠るにも眠れない。普通だったら一発で効くはずの眠剤もまるで効果が無い。
仕方が無いので、大島八丁目の辺りを左に曲がった処に在る「ツタヤ」で買いもしない本や、借りもしないレンタルビデオやDVD、CD等を冷やかして帰ってきて、「是でもう眠れるだろう」と思い床についたのだが、瞳は爛爛として、身体はなんだかモーレツな様になってしまい、全く眠れなかった。
夜中の二時だか三時だかに、ケータイに外笑からメールが入った事もしっかり、と記憶している。
是は、たかだか、百五円だの、二百十円だのと、ラッキョウを馬鹿にしていた事の祟りじゃ。
お陰で、昨夜は一睡も出来ずに、今日の面談に向かったのだが、ラッキョウのお陰で瞳は爛爛と輝き、面談の出来は上出来であった。
ラッキョウ恐るべし。むにゃむにゃむにゃ。
●7月21日(水)
昨日、「今度からテーマをきちんと決めて書いてゆこう」と決めたのだけれど、其の「テーマ」自体がまるで浮かばない。何故、こんなに発想が貧困なのか。答えは明確である。「体験」が不足しているのである。
安易なテーマを元にして、何か書こうとすれば、其れは書けない事も無い。しかしそれでは「体験」が介入した、生きた文章にはなるはずもなく、結局、読んでも味気ないものになってしまう。
だから、と思って、さっき、酒の肴にと、思って「ラッキョウ」を買ってきた。是も「体験」で或る。
ラッキョウ。最低の酒の肴である。これで一杯やろうと言うのだ。ラッキョウの袋に張ってあるラベルに、「辛口らっきょう」と或る。確か百五円だか二百十円だったと思う。それでも、袋にいっぱい、みっちりと入っている。
このラッキョウを肴に一杯やった後、四百グラムで百二十八円のソーメンを百グラムだけ茹で、其れを、コンソメスープの冷たいので啜って、シメと。今日のコースは是だ。コンソメスープはさっき濃い目に作って、冷蔵庫で冷やしてあるし、まさに貧乏人にとって付けのメニューではないか。
と言う訳で、今回のテーマはラッキョウで或る。
先ほど買ってきた「辛口らっきょう」の袋を開け、タッパーに入れる。ラッキョウの量はタッパーに溢れるとも少なからず、といった量で、丁度、按配が良い。ここから菜箸で七粒程度を取り出し、小皿に盛った。盛る、と言っても、ラッキョウの事なので、そう大袈裟なものでは無いが。
そして「純米焼酎・米の蔵」をグラスに注ぎ、十六茶で割る。この「純米焼酎・・・」は四リットル瓶で確か三千円はしなかったはずである。二千五百円程度だったと思う。安い。そして焼酎の十六茶割りをグビッとやって、「辛口らっきょう」を一粒食べてみると、あれ???あまり辛くはない。いや、甘い。おかしいな。まあ百円だか二百円のモノだからな。
しかし、たかがラッキョウ等とバカにしてはいけない。是を一日数粒、毎日食べていると、中性脂肪、コレステロールの値なども下がり、血液がサラサラになる、と言うではないか。高脂血症の小生にとっては、もってこいのツマミで或る。呑気に串カツなど食べている場合ではないのだ。
此処で気になるのが、「いづみや第二支店」の事で或る。
この、ラッキョウと、オムレツと、ポテトフライを頼んで、緑茶ハイで泥酔するまで「いづみや第二支店」で飲んだとする。多分、ラッキョウ二百円、オムレツとポテトフライが各三百円、ツマミ小計八百円で或る。残りの予算は全部飲み物にまわすとしよう。
三千円持って「いづみや第二支店」に行って、三品で八百円のツマミを取っても、残りの二千二百円は、ぜーんぶ三百五十円の緑茶ハイになるのだ。単純に計算すると、六杯飲める計算になる。あのディープな緑茶ハイを六杯も飲んだら、いつもの事だが、ベロベロになってひっくり返ってしまうだろう。
日本酒だったら、一合二百十円だから、10合、つまり、一升飲めるのである。是は、こんな事をしたら、ケイレンを起こして、電車にも乗れず、大宮の公園か何処かで夜明けと酒の抜けるのを待たなければなるまい。
そんな事を考えながら、「いづみや第二支店」に想いを寄せ、ラッキョウをつまむ小生なのであった。
ああ、「いづみや」に行きたいなあ。
●7月20日(火)
今回からテーマをきちんと決めて、身のあるものを書いてゆこうと思う。
さて、今回のテーマは「痔核血栓」である。
お食事中の方、または其れに類する状況の方は、今回の話を是非読み飛ばしていただきたいと願う。
世の中には「痔核血栓」、いわゆる「いぼ痔」を患っていらっしゃる方々は多数居られると思う。それがあまり目に付かないのは、自分で自分を指差して、「私、痔なんですよ」と自ら名乗り出ることが、あまりみっともいい事ではないからだ。しかし、小生は、つまり医学的に云う処の、「痔核血栓」をも持病としている事をここに告白してしまう。告白してしまって、話のネタにでもしてしまおうと言う訳で或る。
しかし是は、なんと云う事だ。「うつ病」「アル中」「膵炎」「痔核血栓」の四重苦ではないか。他にももうひとつある。「高脂血症」だ。これで五重苦である。五つ揃って切りがちょうど良い。今回は、この「痔核血栓」についての話である。
この痔核血栓と云うものは、痛い、と言えば、まあ痛い。しかし、急性膵炎の痛みに比べたら、大した物ではない。しかし、まあ痛いものは痛い。
以前は、痔核血栓になると自分で軟膏を塗って直していたのだが、或る時、其れがどうにもならなくなって、K総合病院の外科で診て貰ったら、「是は、切って、血栓を除去しなければダメです。」と言われ、広末涼子にそっくりな女医さんに是を除去してもらった。血栓除去術自体の其の中で、一番痛いのが切除前の「麻酔」で或る。
そりゃそうだ。血が固まって腫れているところに注射針を刺すのだ。是が痛くなくて何が痛いと言うのだ。涼子先生は「麻酔をするので、ちくっとしますよ〜。」是がとんでもない騒ぎである。「ちくっ」どころでは無い。「づきっ!!!」とモーレツな痛さだ。思わず「あだだだだだーっ!」とシャウトしてしまった。
後はまあ、麻酔が効いてしまえばたいした事は無い。ただ、肛門と言うところは、多少の切開でも多量の出血をするところらしく、血栓除去術が終わった後は、脱脂綿をパンパンに詰められた。
「また出ますから、あさってもう一度きてくださいね」と涼子先生に言われ、オムツのようにガーゼを当てられたまま、「ホー痛てぇ」と言いながら帰宅した。事もあろうに、阿呆な俺は、其の日、自転車で病院に行ってしまったものだから、帰りは悲惨そのもので或る。
その「あさって」当日の事で或る。
其の日は、前述の「涼子先生」ではなくて、おっさんの先生だった。「どれどれ」と痔核血栓術の後を診て貰っている最中に、「おっ。ちょっと残ってるから切るか。」だって。問題はその瞬間である。
「あだだだ〜!!!」と小生が云うと、おっさん先生は「あれ?麻酔するかい?」だと。頼むよー麻酔してくれよー。帰り際に、おっさん先生は「また出るよ。」だって。勘弁してほしい。もう出ないでほしい。
しかし数年後、果たして是はまた出るのだった。今度は、いつも見て頂いてるA私立病院の外科へ。此処では、あまり「血栓除去術」はやらない方針らしい。血栓除去術ばかりしていると、痔核血栓がクセになるのだ、と医師は説明してくれ、注入式の軟膏を処方してもらった。
其の後の話で或る。
連日、痛飲したりすると、必ず血栓ができ、大量の出血をするようになってしまった。生理がどういう状態なのかは見た事は無いけれども、生理とはこうゆうものなのではないか、と思わせる様なものである。そして、大量出血をすると血栓は引っ込んでしまう。随分前の事だが、やはり大出血をしたので、マネージャのかえで女史に、女性用のアレを買ってきてもらった。一番ブ厚い奴で或る。
一昨日、やはり連日の痛飲がたたって、大出血をした。こんなときに感謝するべきはかえで女史に買ってきてもらったアレである。
アレは女性だけのモノではなく、痔核血栓を持った男性にも流用できるとても便利なものである。お蔭様で出血は、現在小康状態を保っている。ホー痛てえ。
●7月17日(土)
硬てえのなんのって、勘弁してくれ。出血多量じゃないか。ホー痛てえ。
●7月16日(金)
お盆終了。虫ケラどもをブチ殺して、精進料理を蹴り倒す。ボトル一本持って来い!
●7月14日(水)
お盆期間中なので、殺生は一切しない。どんな虫でも殺したりはしない。害虫で有っても、捕まえて外へホン投げる。食事は、お精進のお料理をこさえ、まず仏前にお供えし、自分も同じ物を食べる。パソコンも、電源を入れるのは一日一回のみである。そして普段殆ど見ないテレビに電源を入れて、精霊をもてなすのである。
●7月13日(火)
今日からお盆。昨日の内に仏壇にお盆のお飾りをして、親父が残した膨大な量の写真を全部整理し、親父のアルバムをこさえて、仏壇の横に広げて置いた。オカンの時計もゼンマイを巻きなおして、きちんと動くようにした。色んな物を整理したら、小生の「母子手帳」が出てきて、びっくらこいた。
夕方五時ぴったりに迎え火を焚いて、親父とオカンとネコのチビを迎え、仏壇には、沢山の果物と、今夜は、オヤジとゆっくり飲もうと思って、焼酎の爽健美茶割りを、オカンには、冷たい唯の爽健美茶を仏前にお供えした。
お盆の準備でバタバタしてたら、昨日の事は、全く忘れてしまった。なんじゃ?こりゃ?
●7月12日(月)
なんだか知らぬけれど、突然、恋に襲われてしまっているようだ。懲りない男だ。この男は。
そしてこの男は、悶々と、悶々と、こうしているのも厭だから、此処に書いてしまって、スッキリしてしまいたいので或る。
本当は、恋なんてしたくも無いし、厭なのだ。だって、何か得体の知れない物に胸の辺りを「きゅーっ」と掴れて、其れも一瞬ならまだいいが、四六時中の事なので苦しくて仕方が無いので或る。
この恋と言うものは、手をつないでみたり、唇を合わせてみたり、一夜を共に過ごす、など、他愛の無い事で救われるはずも無い。そんな事をしてみたって、恋の病は治りはしない。病は重くなるだけだ。
恋を得て、恋が叶って、お互いを確かめ合って、「これで確かだ」と思い、今度逢う時の約束をして、「じゃあ、またね。」としたとしよう。しかし、其の後、独りになるのが辛いし、今度は失ってしまう事に対して臆病になってしまい、是は、この気持ちは何か。はっきり言って「どうにもならない」ものなのである。
其の相方と結婚して、恋女房を得たとしても、恋は恋なのだから、同じ事に変わりは無い。得てしまえば、何時か失う時は来る。其れは、あたりまえの事だ。
「永久の片思い」とは良く言ったもので、是は、何かの本を読んで得た知識なのだけれど、紛い間違って、襲われたような恋をしてしまい、こんな風に心が揺れるのだったら、永久の片思いの方が、それは、絶対に叶わぬ恋をしている状態が通常の状態な訳だから、其れは一種の安定した状態なのではないか。
辛くも無い。だって、「片思い」があたりまえの世界で、其の世界の中で自分は、其の恋煩いを、自分の「持病」とした上で、其の病気と上手く付き合いながら、生きていけるからだ。小生だって、そっちの方がまだマシだ。
究極の恋の状態は、「一緒に死にたくなる」ような恋だと思う。そんな恋を得てしまうと、一緒に過ごしている時間を、このまま止めてしまいたくなる。恋の悪魔が、そう囁いて来るので或る。「このまま一緒に死のう。」是に、この声に耐えなければいけない。是は、辛い。
そんな恋なんて、もう御免だ。
恋と云うものは、其れをする度に、こんな辛酸を何時も味あわせる。何度も何度も、「恋など厭だ。ああ厭だ。」と云っているのに、いきなり襲い掛かってくる意地悪な奴。それが「恋の正体」なのかも知れない。
書いてしまったので、なんだかスッキリした。でも忘れたくは無いので、記しておきたいと思い、此処に記す。
●7月11日(日)
壊れる。Woo it's コールド・ジン・タイム・アゲイン!
●7月10日(土)
かえでさんとビール飲んで山芋食って蕎麦食って、ドンカマ。
●7月9日(金)
さて、昨日の「猫洗い」のもっと詳細に記しておこうと思う。
猫は年に二回毛が生え変わる。夏前と冬前である。冬前の毛の生え変わりのときは、うすっぺらな夏毛がぬけて、もっさりと暖かそうな冬毛に生え変わる、というより、もっさりとした冬毛が「生えてくる」と言った感じなので、あんまり猫を洗うものでは無い。これから寒くなる、と云うのに、そんなことをしたら、猫は風邪を引いてしまう。夏毛が冬毛に生え変わるときは、ボロ雑巾でゴシゴシ磨くか、ブラシが有れば、ブラシで梳かしてやればいい。
しかし、で或る。
冬毛が夏毛に生え変わるときというものはぁーっ!越冬するための「もっさりもさもさ」の、まるでダウンジャケットのような毛が抜け、薄っぺらな夏毛に生え変わる、と云うようなモンなので或るからして、一緒に住んでいるこちらもたまった物では無い。
部屋中そこいら辺に猫の「毛玉」というか、猫の毛がばっさりまとまって抜け落ちている。これじゃあたまった物では無い。
猫というものは、身体をぺロペーロといつでも舐めて、毛に油分を付け、滅多な事じゃ濡れてしまったりしないように、しているもので或るのと、猫は毛づくろいが好きで、子と或る毎にペロペーロとやっているが、あれは猫の趣味で、あれができないと、猫は気が変になってしまうそうだ。そして、猫というものは、しっかりと自分のお好みの毛の流し方をしていないと気が済まないのか、毛づくろいをした場所をわざと逆撫でしたりすると、恨めしそうにこちらを睨み付け、剥きになって、再度ペロペーロとやる生き物なのだ。
そんな生き物を洗うのは、こちらも気が引けるが、こうも毛玉がたまって体中埃をかぶったようにしているのでは、猫に気の毒である。とうとう年に一度のこの日がきたのだ。
猫に感ずかれないように、「猫用」と書いてあるバスタオルを風呂に持ってゆく。猫は呑気にエアコンの利いた部屋でゴロゴロとしている。
「別にお前には何の用事も無いよ」と云った振りをしながら、猫に近づき、一気に捕まえる。後ろから両わきの下を持って捕まえるのである。「とったーっ!」と思っている暇は無い。猫には、これから自分が洗われるのがわかっているのである。
風呂場で猫を片手で押さえ、ぬるめのシャワーを全開にし、人間用のシャンプーを20倍ぐらいに薄めたものを、猫の身体にすり込み、よーく泡だてる。何で20倍に薄めるのかというと、人間用のシャンプーをそのまま使ったのでは、猫には刺激が強すぎて、炎症を起こしてしまうから、そのままではダメなのである。
そして、猫をゴーシゴーシゴーシ、シャコシャコシャコと背中から洗い、腹の辺りも尻尾もよーく洗う。猫は時たま「ニャニャニャ」等と云って「止めて」と懇願するが、一切無視して猫をゴシゴシとやる。そして強い水流のシャワーでザブザブ、ザブザブとよく流し、シャンプーの石鹸分を完璧に落とす。
そうすると、どうだ。毛の塊が「これでもか」と言うぐらいに束となって流れてゆく。
そして、猫を洗い終わったら「猫用」バスタオルで、「ゴシゴシ、ゴシゴシ」とよーく拭く。
猫にとっては、真に不快である。
そして猫は、毛が全部逆立った、ワケのワカラン毛玉のような生き物に変貌をとげ、そこから、再度、ながーい全身の毛づくろいが始まるのである。
ペロペーロ。ペロペーロ。
●7月8日(木)
猫洗い。夏がきたので、猫の毛が生え変わってきた。思いっきり猫を洗ったら、「ニャニャニャ」と言ったけれど、それどころろじゃない。ゴシゴシと洗ってやったら猫はすっかり綺麗になった。洗い終わったら、猫は自分の身体をペロペ〜ロ。ペロペ〜ロ。ちょっと突くと、小生の手までぺロペーロ。この夏、もう一回ぐらい洗わなきゃダメだな。
●7月7日(水)
ハイ!今日は毎年恒例の七夕で、小生が小学校の頃好きだった福永智華さんの誕生日です!40歳になりましたね!40回目の誕生日おめでとー!!!
***
〜で或るのだ。つまり、大人になる、とは、どう云う事か。大人、とは、どう云う人間の事を云って指すのか。小生には全く解らないし、「大人」自体が、全く理解できないので或る。
法律では、二十歳を過ぎれば、成人と成る。しかし「大人に成る」とは云わない。是は一体どう云う事か。成人と大人は違うのか。同じ意味なのか。是はもう辞書に頼るしかない。「岩波国語辞典」はどう云う見解を示しているのか。
【成人】心身が十分に成長した人。(中略)また、立派におとなになること。
【大人】一人前に成長した人。老成している人。
全くワカラン。なんにゃ。「老成」って。
【老成】経験を積んで円熟する事。
【円熟】十分に熟達して、ゆたかな内容をもつに至ること。
更に理解不可能で或る。全くワカラン。辞書を引けば引くほど、言葉の意味が連鎖している。是では、「大人」というものの意味等を理解する事は真に困難で或る。
是は、アレなんじゃないの?誰かに、例えば、どこかの小学生や中学生かなんかに「大人に成るって、どう云う事?」って訊かれたって、答えられる人なんて居ないのではないか。
何故ならば、辞書によると、「大人」は心身が一人前に十分に成長していて、豊かな経験をもっていて、と、こう成るではないか。それをだな。親が子供を叱るときに、「もう大人なんだから」と言う叱り方をする場合がある。是は真にいけない。子供が「心身が一人前に十分に成長していて、豊かな経験をもっている」とは、どうしても考えにくい。子供にそのような事は無理で或るのは誰でも判り得るものではないか。
「大人同士で話を」等とよく言うが、「んじゃ大人ってだあれ?この中で大人の人は手を挙げて」といい、誰かが手を挙げたとしよう。その当人に、「君。君は大人なのだから、大人と云う事の意味を今から説明してくれたまえ。」そう云われたって、絶対に説明できないに決まっている。説明できたとしても、それは唯の其の当人個人の見解に過ぎないと思う。また、その手を挙げた「大人」が心身が一人前に十分に成長していて、豊かな経験を本当にもっているのであろうかどうか、疑問で或る。
成年か、未成年かは、法律で二十歳を境とする、ときちんと規定されているので、是は良しとして、大人かどうか、大人とは何か、と云う定義については、千差万別で、こんなものは誰にも解りはしないのだ。
大人、即ち、心身が一人前に十分に成長していて、豊かな経験をもっている人間、等と言う定義などあいまい過ぎるし、あまりにも抽象的で、的を得ていない。成人、にしたってそうで或る。
結局、人間には、「大人」の定義なんて、全く理解できないし、小生にも解らないし、誰に訊いたって千差万別で、其の個々の人間の価値観や観念によるものではないのだろうか。
大人、と言うものは、誰にも解りはしない抽象的な観念なのだ、と、小生は判断するしか無い。小生は大人なのか、そうでは無いのか。自分の事だって解らないのに、大人を理解しようなどと言うものは小生には無理で或る。
しかし、少年の心は持って居る。「攻める心」だ。小生は、これからも攻めて、攻めて、攻めるだろう。少年の心を持って生きていて何処が悪い。小生は小生で、小生以外の何者でもないのだ。
小生は、今後益々、小生本人として精進したいと思う。
●7月6日(火)
はぁぁぁぁ〜っ。疲れた。モーダメ。許して愛ちゃん。お願い。これ以上連チャンで面接入れるの止めてください〜っ!おっちゃん脳天がスッ飛んで、パラダイスに行ってまうで!愛ちゃんお願いだから〜っ!堪忍してっ!
しかし、ミニストップに新しく入ったバイトのコは、愛想も良くって、カワイイなあ。まあ商売だからなんだろうけれど、とか薄汚れた大人の目であんなにかわいいコのことを見てはいけないことだなあ。明日もミニストップいーこうっと。
●7月5日(月)
此処の所、仕事というものを全くしていない。
小生は、元来、情報処理秘術者の国家試験にも合格し、官報にも掲載された情報処理技術者、即ちシステムエンジニアであった。しかし、システムエンジニアなどという七面倒臭い仕事に嫌気が差して、その看板を下ろしてしまったのである。それからというもの、「仕事無いか、仕事無いか」と探してはいるものの、仕事の紹介会社から持ってくる案件は、システム開発の仕事ばかりであったので、全て断っていたので或る。
誰があんなややこしい仕事なんぞするものか。金輪際お断りだと言っているのに、「この開発案件はどうですか」等と、開発の仕事ばかり持って来るので、その紹介会社に閉口してしまい、別の紹介会社に先般、登録をし、その会社で「仕事無いか、仕事無いか」と、ここ二ヶ月程、騒いでいたので或る。
希望する仕事の内容は唯一つで、「コールセンタ業務」で或る。これなら、小生にも多少の経験があるし、やっていける。また、そんなに七面倒な仕事でもなく、賃金は安いが、これなら小生にもやっていける自信は有る。
幾ら賃金が高かろうが、なんだろうが、腹を立てて直ぐに止めてしまうような開発の仕事では、是、お金が前前残りはせず、そんな事ばかりしていたのでは、貧乏が板に付いた蒲鉾になってしまい、いつまで経ってもお金は入って来ないし、仕事というものは、なにしろ長続きさせなければ、お金というものは残らないもので、そうしなければ何時まで経っても、是、貧乏のままなので、是では困るので或る。
新しく登録した紹介会社で「仕事無いか、仕事無いか、」と二ヶ月も騒ぎ立てて、この間になって立て続けに紹介が有った。仕事内容は勿論「コールセンタ業務」で或る。
賃金は、時給換算で千八百円で或る。月に二百時間働くとして、税込み月給三十八万円になる。賞与は無い。
今日は、その仕事先と面談が有ったので、いかにもやる気がありそうな振りと、口八丁手八丁で、面談を上手くまとめてくる事ができた。これで話が上手くまとめればしめたものである。
何故か。それは、この男、本来は売文稼業やら、楽曲集を売り捌いて生活の糧にする事を目論んでいるんで、今回の仕事は、売文稼業やらが成り立つまでのいわゆる腰掛に過ぎず、真に破廉恥な魂胆なのだ。
しかし、自分でやりたい事を「こう」と決めたら、まっしぐらに進んでいかなければ、気が済まないのが小生の性格なのである。つまり、税込み三十八万円の月給は、売文稼業やら音楽活動を続けるための「活動費」を稼ぐための収入源なのだ。その収入源を得る為には、口八丁であろうが、手八丁であろうが、是が非でも仕事を獲得せねばならんのだ。「背に腹は代えられない」とはこの事で或る。
それに、その仕事にしたって、多少の楽しみも、期待もある。勤め人の生態が、雑文のネタに、必ずやなるであろうと云う事で或る。
「へっへっへっへ」と含み笑いをしながら、皮算用をする本日の小生なのであった。
●7月4日(日)
結局、この男は侘しいさびしん坊なのである。
昨日は、ちょっと良い催し物があったので御茶ノ水まで出かけていった。
そして、その帰り道である。派手な事をすればするほど、その終わり方が寂しくて寂しくて仕方なくなってしまうのである。
催し物自体は、山川雅美さんのライブで、それ自体は非常に楽しく、良い音楽を聞かせて頂くことができた。しかし、で或る。
御茶ノ水から、地下鉄の駅が有る、神田小川町辺りまで歩いているうちに、なんともいえない、絶妙な寂しさに襲われてしまったのである。
そして、そのまま帰宅し、自分の机に置いてある個人向け電子計算機に向かい、ド派手なハードロックなんぞを聴きつつ、侘しい独り酒を飲むハメになるのだが、それがまた、たまらなく侘しいものなのである。まるで、The Drop Traps の江尻さんが歌う「深川ホンキー・トンク・ブルース」の世界だ。
だから、派手な事をした後の独り酒はもう金輪際止めることにした。だって精神衛生上良く無いじゃんか。せめて、The Drop Traps の江尻さんの働いているバー、「れもん」に行き、ママの「愛ちゃん」と一緒に、古臭いソウル・ミュージックに合わせた下手糞なダンスでも踊って、夜を明かしたほうがナンボかマシである。
江尻さんの働くバー、「れもん」には、もう20年も通っている。ママもあの頃は20台じゃなかった20代であった。随分と騒ぎ放題騒がせて頂いた記憶があるが、何をしていたのか、あまり記憶が無い。それぐらい毎晩毎晩泥酔していたのである。
今では「れもん」に通う回数も、多くて月に2、3度に減り、ママの「愛ちゃん」も随分と寂しい思い等、全くしていないであろうが、こちらの心が少々煤けた時には、「れもん」にいくに限る。
江尻さんも混沌とした小生の気持ちを良く解ってくれて、涙を流しそうになってしまうときもあるけれど、そんなときも、きちんと小生の気持ちを理解してくれて、うんうん、と頷きながら、こりゃまたくだらない馬鹿っ話などしてくれるのである。
今度の土曜日には、是非「れもん」に行こう。昨日のツケを取り戻しに。
流した涙を乾かしに。
●7月3日(土)
医者通い。今日は内科の先生に診てもらったんだけど、「調子どうですか?」「いんや、いつも通りで、特に変わった事は無いです。」「んじゃ、血圧計りましょうか?」・・・別に血圧はなんともないんだけれどなあ。「んじゃ、おクスリ四週間分出しときますね。次回血液検査しますから、節制しておいてくださいね!」・・・以上である。
なんか、他にもっとないんかい!?
夕方になって、「あ。そういえば、まみ姐さんのミニライブが御茶ノ水であるんだっけ」と思い、30分遅れで会場に到着。
まみ姐さんは綺麗でした。以上!!!あーあ。
●7月2日(金)
完全なミスマッチ案件持ってきやがって、ヒトの職務経歴書キチンと読んどるのかぁぁぁっ!あー疲れた無駄な時間だ。
●7月1日(木)
パソコンにサウンドボードが最初から付いていたことを大発見!早速オーディオに接続するケーブルを買ってきて、インターネット・ラジオの聞き放題!!!今日早速ハマッたのは’80ハードロックを専門に24時間流しっ放しのアメリカの放送局、「BostonPete.com」。ああ、青春だぁ〜!
●6月30日(水)
昨夜、誰かに心臓をつかまれたのか、と思う程、心臓が急に苦しくなって、呼吸もままならないようになったので、「これはもう駄目か」と思い、自分で病院に行こうとしたのだが、なにせ呼吸がままならず、息も絶え絶えであることからブッ倒れ、アバラにまたヒビを入れてしまうほどだったので、みっともないが、救急車を呼んだ。
城東消防庁大島出張所はウチの直ぐ側にあるので、出動風景でも鑑賞し様と、ゼーゼーいいながら、バクバクとヘビィメタルのバスドラの如く波打つ心臓の鼓動を押え、やっとの事で一階の上がり框の所まで降りていった。
救急隊は、「ウゥ〜〜〜!パ〜コ〜!」と二、三回サイレンを鳴らしたが、鳴らしたと思ったらもう現場についてしまったので、物足りなかったらしい。
しかも、救急車を呼んだ当の病人は、消防署から100米ぐらいの処で、しゃがみこんで、救急車を待っているので或る。
「スイマセン、僕が病人です」
「どうしました!?」
「心臓と呼吸が」
「じゃこれを」と酸素マスクをつけられた。
そのままストレッチャ−に乗せられ、「あそか病院」へ。
当直医の問診もまだ終わらぬというのに、急いで心電図の機械が取り付けられ、問診が終り、心電図を見た医者は、「ふぅ〜む。うむ。」と一人で納得している。
「んじゃ、今夜は泊まってって下さい」てめえ!何の病気なんだよう!
「明日、循環器の先生ともよく相談しますから。多分、この点的と睡眠でよくなると思いますけど」
翌朝の循環器のドクターの説明によると、「心臓神経症」だということだ。
とにかく、来週、「念のため心臓のレントゲンを撮っておきましょう」ってことになって、ケンサすきだなあ。あの病院。
とにかく、精神神経系との関連があるかも知れないので、精神科のドクターの連絡先教えてください、だって。
もー。どうにでもしてっ!でも、病院の朝飯はやっぱり美味かったなあ。
●6月29日(火)
ネギを買ってきて、薬味を沢山つくった。
●6月28日(月)
この猫という生き物は、誠に持ってマイペースな生き物で或る。
最近では、猫も暑いのかどうか知らぬが、エアコン嫌いの小生はなかなかエアコンをつけない。そうすると、昼間の猫は、一日中暗がりに入り込んでいるか、玄関脇の処で「ダラーァッ」と寝そべっていて、呼んでも中中出てこない。しかし、カツオブシのパックの音をペラペラと鳴らすと出てくる。
昼間、あまりの暑さに耐え兼ねて、エアコンを入れる。そうすると、暗がりから出てきて「撫でろ」と催促する。耳の周りや首の辺りをなでてやると、目を細め、非常に気持ち良さそうで或る。
そして、エアコンの効いた部屋にある、自分専用の座布団の上にねそべって、毛づくろいを始める。毛づくろいが終わると、座布団の上でごろごろと、でんぐりがえしをする。其れが終わると、「何かくれ」とカツオブシだかマタタビだかを催促しにくる。でも、小生は、そうは簡単にマタタビやらカツオブシを与えないので或る。これは猫の健康を考えての事で、カツオブシなどは、猫にとって、さぞかし美味いものなのだろうけれども、ナトリウム分が多いのであって、猫にとって、ナトリウム分の多い食事というものは、あまりいけない。
猫は、「スルメを食わすと腰を抜かす」とよく言うものだが、スルメもナトリウム分の塊のようなモノである。猫は腎臓が弱く、ナトリウム分の多い食事等を与えていては、猫の寿命を縮めることになるからで或る。
猫は、「このおっさん、何にもくれねえや。ヘッ。」と思うと、またもや自分専用の座布団に上で毛づくろいを始める。
ヒトが猫にまで気を利かして、エアコンをかけてやっている、というのに、なんたるこの、ふてぶてしさであろうか。
小生は頭に来てエアコンを止め、二箇所有る窓を全開にし、またもや自然風に切り替える。そうすると猫はどうだ。またもや暗がりに入り込み、顔も出さないので或る。
夕方、段々涼しくなってくると、小生は風呂に入り、水浴びをする。勿論、頭も身体も良く洗い、綺麗に髭を剃り、リンスゥもする。
そして、風呂から出てくると、猫は、特等席である小生の座布団の上で涼を取っているので或る。
猫とは、なんと、自分勝手な、マイペースな生き物なのであろうか。
●6月27日(日)
なんだか気が抜けて、一日中寝てしまった。疲れてるのか知ら。まだ眠い。
●6月26日(土)
原稿を、城東郵便局から配達記録で送って、洗濯して、かえでさんと電話で話して、メシ炊いて、蕎麦食って、昼寝して、納豆と玉子と醤油とリンスを買ってきて、ショーチュー飲んで、ちゅら、ちゅら、ちゅら、ちゅら、ちゅら、ちゅらら〜♪ちゅらちゅらちゅらちゅらら〜!今夜は大盛りのメシに納豆二パック、玉子二個。
また、新しいネタで原稿書かなきゃ。いっぱい書かなきゃ。う〜ん。う〜ん。う〜ん。
●6月25日(金)
う〜ん、う〜ん、う〜ん。
徹夜の推敲、終わらせて、夕立の後は一っ風呂
梅雨空を、眺める目玉に幻覚の虹
生原稿、どうぞ誰か、もらってね。
猫にまたたび、カツオブシ、猫喜んで、でんぐりがえる。
詠み人 華三助
(原稿仕事全部終わりました完璧に。)
●6月24日(木)
ハイ!原稿一丁上がりました!全部で19本146枚!どうだ参ったか!印刷も全部済んだで、おっちゃんは送るでぇ〜!!!
(土曜日にだけど。だって明日送ったって土日会社休みじゃんか。)
やっとゆっくり眠れ・・・・・・zzzzzz。
●6月23日(水)
昨夜は貫徹である。そのかわり、やったでオッチャンエッセイ18本推敲完了!
しっかしなあ。問題児が。五十枚の小説の推敲。
五十枚ってえと、400字詰め原稿用紙50枚だから20,000文字!?う〜ん。
今日はもう勘弁して。あしたからやるからさあ。
●6月22日(火)
さて、お仕事である。(もうエエかげんにせいっ!)
そーいわないで。チョット読んでってよぉ〜御姐ちゃん!おっちゃん頑張ってオモロイ事かくからさぁ〜!
今日はもう三本もスイコーしました。んでこないだのアソコの出版社へ、「原稿の推敲がなかなか終わらなくて、遅くて申し訳ありません」とお詫びの電話。をしたところ、またもや「そんなぁ〜。どうですか!?あれから新しいの出来ました!?エ?出来た?んじゃ推敲なんてしなくていいから早く送って全部送って直ぐに送って着払いでいいから新しいのも全部送って早く送って!」といわれてしまい、「いや、でも、チョットこのままじゃあ・・・」と小生が言うと、
「いや!いいんですいいんです!新しいのも全部送って直ぐに送って着払いで送って!あたしが見たいんです!!!」
・・・あたしが見たいって、あなた、もしかしてあの時カキコミしたあのヒトやないやろなぁ〜?
んで、新しいのも入れて、今月末を締切りって約束にすることで、とりあえず。スイコーは、後もうひと踏ん張り。
んで、もう一つのお仕事、先日「職務経歴書」を出した会社での打ち合わせ。こちらはつたなく無事に終了。なんとかお仕事頂けそうであります。
さて、それは良しとして、問題は、この男、この後、ウチに帰ってから、そう。残り八本のエッセイ、五十枚の小説の推敲が待っているので或る。
すいこう【推敲】詩や文章をよくしようと何度も考え、作り直して、苦心する事。(岩波国語辞典より)
辞書ひいてる場合かっ!是は今夜からブッ通しでやる積りで或る。勿論、推敲し終わるまで部屋に篭城する腹づもりであるからして、是はナンボかかるんやぁ〜!!!
おっちゃん、終わるまで一睡もせえへんでぇ〜!!!
●6月21日(月)
精神科に薬もらいにいく。疲れた。
●6月20日(日)
かえでさんと昼頃待ち合わせ、ガソリン入れて蕎麦食って、買い物して、TKBのライブに行く。
このところ、ドラムのテクニックに伸び悩んでいた小生は、TKBのドラムのひとのプレイを間近でよ〜く見て、「ああ、そうか。(ポン!と手を叩く)」と開眼する。
小生のドラミングにはアソコとアソコとアソコとアソコとアソコがぬけてるんだわ。
いい勉強させてもらいました。
●6月19日(土)
ストラトをメンテナンスしてもらうためにヤブリンちに一時入院させに行き、飲んだくれる。そのまま小生もお泊りする。
●6月18日(金)
女が泣いていいときは、こんなときだけ泣いて良いよ、といったけれど、
そのうちひとつはうれし泣き。
もうひとつはどうゆうときなのかって、いえなかったけれど、
それは尊敬しているひとを失ったとき。
明日は、いかりや長介さんが亡くなってから三ヶ月目の命日です。
そして、七月に長さんは初めてもどってきます。
きっと、ハナ肇さんに連れられて、一緒に帰ってくるでしょう。
だから楽しく迎えてあげよう。
でも、三日経ったら送ってあげなきゃいけないんだけど、
そんなときは泣いちゃだめなんだよ。
笑って、また来年ねって言って、送ってあげないと、
もういちど逢うことに、臆病になってしまうから。
そうしないと、また逢いに着てくれなくなっちゃうから。(6月17日の思い出)
●6月16日(水)
さて、お仕事である。(まだおわってなかったんかい!)
しかも午前中は眠くて仕事なんぞやる気にはならない。(今日はさすがに酔っ払ってはいない)
昨日、サボってしまって書き上げられなかった客先に出す「職務経歴書」の残りをコツコツと埋めて行く。間違わないように、きちんとお仕事がもらえますように、と祈りながら・・・ってやんでぇ!そんなにヘーゼンと「御社ご指定のフォーマット」なんてシチ面度くせえもんよこしやがって!
・・・でも、ここは華ちゃんおとなになって、とその仕事の前に腹も減ったし、アタマをスッキリさせてから、と思い、カレーとコーヒーを本日の昼飯とし、しばし呆ける。
ああ、もういやだなあ、ブツブツ。
かーえーるーのーうーたが〜♪きーこーえーてーくーるーよ〜♪などと、「かえるのうた」を歌いながら一服した後、職務経歴書の作成に平然と・・・取り掛かれるワキャねえだろ!!!
でも、これを仕上げないとお仕事がもらえないの。で、コツコツ、コツコツ、と数時間かけてやっと仕上げて、仕上がり具合などを煙草に火を付け一服しながら眺める。こういう一服はうまい。んで、メールで送って、お仕事第一部一旦終了。
そしてこれからが大問題である。
大問題は売文稼業の方で、「スイコーなんてしなくていいからそのまま送って全部送って直ぐに送って」っていわれたんだけど、やはりここは新人な事だし、チットぐらいスイコーしてからって思って、始めてみたら、こりゃあたいへんだあ!
短いものは四、五枚、長いものだと十五枚から二十枚から三十枚のエッセイが十七本。五十枚ぐらいの小説一本。しかも、四、五枚のエッセイなんて五本位しかなくって、みんな長いでやんの。
でも今日は三十枚のエッセイ一本推敲できました。現在、推敲済みエッセイが八本。ほったらかし九本。ほったらかし小説五十枚一本。
でもこれが全く進まない。何故出来ない。これだけの短編エッセイの推敲が何故出来ない。しかも、一本推敲するのに軽く三時間以上はかかる。五枚ぐらいだったら一時間半ぐらいか。恐ろしい事に、五十枚の小説手付かず。
なんだかめんどくさくなって、また空を眺めながら、「かえるのうた」をハーモニカで吹く。
夏の高い空は、いいなあ。
(おっちゃん、仕事どないすんねん!?え!?何時になったらやるねん!?)
●6月15日(火)
夏の高い空はいいなあ。
(お仕事すすみません。ごめんなさい。)
●6月14日(月)
さて、仕事である。しかも二日酔というよりも「まだよっぱらっている」状態である。
客先に出す「職務経歴書」の作成が本日のお仕事なので或るが、これがまた「御社指定のフォーマットで」等と簡単に抜かしやがって、めんどくせえ。
でも是を書ききらぬ事には誰も仕事をくれないのであって、やはり是は書かねばならないので或るが、偉い事細かいめんどくせえのである。だから、今日は半分だけにしておいて、あとは明日のお仕事とする。
が!
最近、色々な出版社にコォンタクトを取った所、んでまあ、二箇所の出版社から「是非原稿の提出を御願い致す」との事であるから、何処の出版社かどうかの名前は伏せるが、まあ、アソコとアソコである。アソコのアソコでは無い。こちらもほぼ、まあ、こうなてくれば、なんというか半分お仕事みたいなものである。しかし、是は、少なくとも自分のフレイバーを文章に変え、其れを売文してお金を稼ぐ事が出来るのだから、なんというか、最近ではどちらが本業なのかワケがわからなくなってきているので或る。
先週は大宮「いづみや第二支店」で泥酔した割には新曲が何曲か産声をあげ、二日掛かりで職務経歴書を書き、売文用の随筆集等を取り纏めていたり、今日は是からホットショットの「ぶるうす・せっしょん・ないと」にでも出かけようかな?などと思案してゐる。
是はどうなるのかワケがわからないじゃないかぁぁぁぁっ!
かえでさん。頼んだ。
●6月12日(土) ●6月13日(日)
なんだか、ようワケのワカラン抗生物質(フロモックス・100mg)とパブロンゴオルド(細粒)を、昨夜のうちに6時間毎に服用した結果、夏風邪はメソメソと尾っぽが細くなって行き、その結果治癒したようなので、その結果、高校時代の同輩であり、親友であり、郵政公社のスティーヴ・ルカサーの異名を取るヤブリンの御宅に、勿論泊まる覚悟で遊びに行って来た。
実は、先般もヤブリンの御宅に遊びに行ったのだが、その時候は小生が筆を休めていた最中で有ったので、ここに記すことが出来なかったので或る。
土曜日の午前にヤブリンの御宅へ「小生は、本日、貴君の御宅へ、又、遊びに行こうか、と、思案している次第で候、しかし小生、夏風邪が治癒したばかりであり、貴君の御子息に伝染する事が心配でならぬ候云々」と電機通話機で話したところ、ヤブリンは、「はなひる(ヤブリンの御宅で小生は『はなひる』と皆に呼ばれている)、君、そんな心配は無用で或る。何故なら、僕が風邪を引こうが、子供達はピンピンしてゐる。どうか君。遠慮せずに着てくれたまへ」と、有り難き言葉を頂戴出来たので、埼玉県は美女木まで出掛けていつたので或る。
まず、電話を掛けた時に、一番最初に電話口に出たのが、長男の「りゅうくん」であったのではないかと思われるが、「はなひるです。りゅうくん?」と小生が言うと、電話の向うでは「はなひる〜!?」とりゅうくんが応え、後ろの方では
「え゛っ!?あ゛なひる゛〜っ!!!」
「?>*?}*PL*<+L★☆#+@+>&%$#”@?ーーーっ!!!」
と、一番下の次男坊「りく」がワケのワカラン絶叫に近い大声を出してシャウトし、是は、なんというか、嬉しさの余り小便でも漏らしたのではないか、と予想できそうなイキオイで或る。
ちなみに、ヤブリンの御宅は、ヤブリンと其の奥さんのみちこさん、ヤブリンの母上、れいちゃん(♀)りゅうくん(♂)りく(♂)の大家族であるのだが、小生が良く知っているのは、れいちゃんが生まれた頃から三歳ぐらいまでであって、れいちゃんは、今では小学三年生に育った。りゅうくんは小学一年になるかならないか、りくはまだ幼稚園に通っているかいないか?。多分三歳ぐらいだと思われる。
そして、小生は今年四十歳である。
子供達は、皆、とても可愛い。「何か土産でも。子供達の喜ぶものを」と、いつも思うのだが、是又、これから親友で或るヤブリンの御宅に遊びに行き、怪しげな酒を酌み交わし、子供達と遊ぶ、などと、こんなにもたのしい事が是から待ってゐる、とおもうと、どうも道中を急いでしまい、せめて新宿は通り道であるから、あの辺の有名な洋菓子屋で、時候はこれから暑くなるであろうから、シユウアイスでも御土産に買っていこうか、と何時も何時も思うのだが、何時でも先を急いでしまい、結局土産は「ショーチュー」と云うことになつてしまふので或る。
昨日は子供達、とは云っても、れいちゃんはもうおねえちゃんなので、男ばかりで遊ぶのだが、是がまた物凄いパワーを必要とするものである。
二人を相手に、テニスと同時にバドミントォンをやる。其の後はサッカーで或る。そしてかわりばんこに肩車をしてぐるぐる廻る。子供達はひと時も小生から離れず、大はしゃぎで或る。これが又楽しいのだが、三十分でライブ一時間ぐらいのパワーは軽くかかる。
そして、大汗をかいて遊んだ後は、水シャワーを浴びて、又遊ぶ。でも楽しいからずっと遊ぶ。
ヤブリンと小生がジョニー・ルイス&チャーのビデオを見ていようが、シューチューを飲んでいようが、よっちゃんイカを食ってようが、バルコニーで一服していようが、スティーヴ・ルカサーかもしれないが、ホットサンドウィッチかもしれない。なんでもこいで或る。
小生が捻り鉢巻をして、「これは、『はなひるのおっちゃん』の鉢巻やから、取ったらあかんでぇ〜!!」と言えば、なんとか、どうにか、あの手この手で、どーにかして「おっちゃんの鉢巻」を取ろうとする。
そして気がつけば夜は更け、子供達は寝てしまう。
いいなあ。こどもの一日って。こどもの時間ってきっとすごいんだろうなあ。
「はなひるのおっちゃん」も、昔は皆と一緒だったんだよ。
●6月11日(金)
夏風邪ひどくなる。
●6月10日(木)
本日はバカがひく「夏風邪」で熱がある為お休みさせていただくます。
●6月8日(火)
それは先週土曜の晴れた日のことだった。多少二日酔気味の小生は、二日酔の気分の悪さを一刻も早く酒で紛らわそうと、三時半に大宮「いづみや・第二支店集合」という皆との約束であったのだが、「各自勝手にいづみや第二支店集合」と言う約束に捻じ曲げ、自分は三時ちょっとすぎにいづみや第二支店のカウンターに独りで座っていた。
自動券売機で食券を買う。「サワー・¥350」と「つまみB・¥400」を買い求め、カウンター内側の「お姐さん」に「緑茶ハイとオムレツね」といって差し出した。
それから、百關謳カの随筆集を取り出し、ソイツを相棒にして、酒と肴を共にする。
暫くすると、かえで穣登場。なんやら「焼き芋屋で買った焼き芋の長いようなモノ」を持っている。
「何?それ?」「えっへっへ。」とかえで穣。
よくよく説明を聞くと、一見笛のようなモノなのだが、これがクチに出しては言えないような恐ろしいモノである。
其の後、外笑、ダンナさんと登場し、其の後記憶ナッシング。
気がつけば身体中傷だらけでラーメンを啜っており、よくぞまあ家まで帰れたもんだ。
そして小生、「大宮・いづみや第二支店」後遺症、未だ治らず。ご迷惑をお掛けした皆様にこの場をお借りしてお詫びいたしたい。
記憶がすっかり無い為、もう一度位行って、よ〜くレポートしないといけないハメになってしまった。
●6月5日(土)
大宮「いづみや第二支店」へゆく
●6月4日(金)
体裁ばかり繕っている奴が沢山いる。一部の馬鹿ったれも一緒だ。
俺は言いたい。ソイツ等に。手前等には腐った根性がお似合いだ、と。
テメエらは紛い間違っても「創作」等する資格は無い。そして誰かの「創作物」を鑑賞する資格も無い。
淡々と仕事をこなす事がお前等の快感なんだろう!?
クソッタレ。
このニッポンと言う国は、人身売買が平然として行なわれている。
俺は、このニッポンに自分の墓を作るつもりは、一切無い。
滅びろ。ニッポン。「Love is Blind」を鎮魂歌にしてやる。
ありがたく思え。
●6月3日(木)
今日は、薬の残りも段々心細くなつてきたので、久々の精神病院通いで或る。
何時もは主治医の先生を予約しておいてその先生に診てもらいに行くのだが、今日は予約無しで行ったもんだから、もう一人の知っている先生に診て貰おう、と云う腹でいたのだ。
しかし今日は予約なしで病院に行つたので、その「もう一人の知つている先生」に診てもらうには「あと一時間以上かかつてしまう」と、受付の娘が言うもんだから、其れでは困る、とは思っても別段他に用事が有る訳では無いので、一時間以上待つても良いのだが、一時間以上待つ、と云うことは相当苛々するはずであるには確かで、そう云われて待合室の周りを眺めてみると、矢張り人で込んで居るのであって、是はどうしたものか、と思案した挙句、「一番早い先生でお願いしたい」と娘に伝えた処、了承した、との事であつた。
小生にとつて、初めて診てもらう先生にお会いする、と云うことは、是、云わずと知れた好奇心が悶々と湧いて来るのであつて、自分の中では「まだか、まだか、」と思案し、その辺に放つて或る雑誌に目を通す事も侭なら無いので或る。
そして、いよいよ、と思つていたのだが、ふと、隣りに置いてあつた食に関する記事を主とした雑誌に目が行つたので、見てみると、是は、御馳走ばかりを取り並べた様な雑誌で在り、頁を捲る度に「ああ、美味そうだ、あれも喰つてみたい、これも喰つてみたい、と思わせるやふな気持ちになり、うむむ、と思ったところで小生は診察室から呼ばれたので或る。
そしていよいよ初めてお目にかかる先生との対面をするのであるが、その先生はかなり若い先生であった。
話を進めるたびに思つたのであるが、この先生はかなり大雑把な図太い神経を持つた先生で或る、と云うことが判つて来たのだ。
この先生はかなり小生のツボを誘つた。矢張り、若い先生というものは、小生の性分に合う様で、小生が、「アモキサンを試してみたいのですが」と言うと、いきなり大きな額に入つた薬のサンプルを取り出し、「以前飲んでたのはこのピンクと白のカプセルです」と言うと、まるで浪花商人のように「ああ、そうですか。んじゃ25mgを三錠行きましょう」とまるで飲み屋のオヤジのように言い放ち、処方箋を書き始めたので、小生は呆気に取られるばかりで或る。
小生はこの先生を一発で気に入つてしまった。思い切りが良く、明るく、活発なので、小生の持病である、うつ病患者には持つて来いの先生なのかもしれない。この先生には、「たかが『うつ病』などで鬱々としている自分が馬鹿らしく思わせる」という物凄い才能を持った精神科医なの或る。
小生も、なんだかとつても馬鹿らしくなり、猫に与えるためのパツク分けされた鰹節等を買い込んで、猫に与える前に「ホレホレ」などと意地悪をしたりして、是は結局猫に与えるので或るようなことしてみたので或るが、猫は大喜びで或る。
うつ病と云う、なんと馬鹿らしい病気に罹ってしまい、是はなんとまあ、馬鹿らしい事であるなあ、と小生は思つたので或る。
●6月2日(水)
さて、小生は正真正銘の無職である。
それは何故か。以前にも書いたが、働きたくとも誰も誰も仕事をくれないからである。で、先月のうちに人材派遣会社に登録をしたのであるが、此処でもやはりなかなか決まらない。それは何故か。クライアントが欲張って、アレも是も出来る人が欲しい、などと贅沢をいうからであって、そんなクライアントの贅沢を叶えられる人材ならば、人材派遣会社に登録などせずとも、自ら仕事を得る力を持っており、とっくのとうにどっかの会社で正社員で働いているだろう、という想像もつかないクライアントもまたバカであるから、バカな事を言い出してくるのである。
唯唯一の救いは、小生の担当をされているA子さんが物凄く可愛いのである。小生のケータイのメルアドは、ハッキリと「s-tripsなんちゃら」と言うアドレスを使っているので、もしかしてAちゃんが「何!?このs-tripsて?」と思い、Yahoo!などで検索されたら、そこでもうアウトで或る。
何故か。それは、さすれば、このサイトを発見する事に也、小生のバカさ加減を披露しているものだから、Aちゃんは、「なんだ。華さんって。」ということになり、全てがバレてしまい、今度事務所に行ったときに、「へっへっへ。華さぁ〜ん?」などと云うことを、可愛いAちゃんに言われてしまった日には、身もフタもあったものではないからだ。
兎に角、絶対にバレないようにしなければならぬ事だけはたしかではあるが、昨日、Aちゃんから小生のケータイにメールが送られてきた事だけは確かなので、Aちゃんが、「何!?このメルアド?」等と疑問を持たぬように、祈るばかりである。
●6月1日(火)
さて。いよいよ「本日のポキール」再開で或る。あー。何から書こうかなあ。ってもネタ無いんだよなあ。でも書きます。
休止から再開までの間一体何をしていたのかと言うと、是は唯、百間先生の著作をむさぼるように読んでいたのである。そして、自分も書きたい、書きたい、と思いつつ悶々とした日々を送っていたのだ。まるで「悶える三助」で或る。
そんな風に悶えるような日々を過していたら、「いづみや第二支店」と「まんまん亭」を次々に襲って行き、緑茶ハイで泥酔し、まんまん亭でギョーザを喰って、ビール飲んで、ラーメン喰って、泥酔して帰路に着く、という末恐ろしい企画が何時の間にか立てられていたのであった。この企画の立案者は、やはり外笑であり、改めて外笑の企画力に驚いた小生である。外笑恐るべし。
後は一体何をしていたのか、と云うと、「郵政公社のスティーヴ・ルカサー」ことヤブリン家に泊まりに云って、トーフ食って、酢イカ食って、とろろ芋食って、キューリ喰ったり、散々ショーチューのんで泥酔し、三人の子供達と遊びまくったりして、結構楽しい時間を過ごしていたのである。
まあ、「自粛」という期間があって、その間かなり悶絶していたのだけれども、「自粛」という割には、なんだか随分楽しい事をしていたのは確かだが、やはり「書けない」のは、自分にとってかなり辛い事だ、というのは確かだった。
んで、また今日から再開と言う事で、また一生懸命書くので、皆さんお楽しみに。
●4月22日(木)
※お知らせ
本掲載「本日のポキール」4月10日(土)、4月11日(日)、4月12日(月)掲載の表現について、内部事情者であれば明らかに特定の個人に対する誹謗中傷であることが判明でき、また、記事の読者が、内部に無関係な第三者であっても、明らかに著作倫理に欠如し、かつ、その規定に反する記事の掲載がありました。
よってご迷惑をお掛けした方々に心よりお詫びすると共に、該当記事を削除させていただきました。また、「本日のポキール」記事掲載は、平成十六年五月末日まで自粛させていただきます事をご了承ください。
●4月20日(火)
完璧にネタ切れです。こういうときは、ラーメン大學へタンメンを喰いに行こうか、どうしようか?タンメンだったら青龍にするべきか?
●4月19日(月)
大宮「いづみや第二支店」後遺症治らず。首をヘンにひねって寝たらしい。首が痛い。
※詳細については後日取り纏め、書き込みます。
●4月18日(日)
大宮「いづみや第二支店」後遺症。夜中までかずお君と昔話。
※詳細については後日取り纏め、書き込みます。
●4月17日(土)
「いづみや支店」に行く日が等々来た。小生は先日、その店構えを見ただけで、顔が青ざめ、腰を抜かし、眼鏡は傾き、ついでに身体も斜めになり、腕と膝はガクガクブルブルとなり、其の恐ろしさ故に華毛が全部抜けてしまった大衆酒場である。
しかし、今回は、自分から「行きたいから連れてって」と我が岩石音楽楽団、エス・トリップスのフロントマンである処の外笑に依頼し、約束したからには、是はもう後に引く訳には行かない。絶対に行かなければならず、せめて脱毛してしまった華毛の分ぐらいは取り戻さないと、小生にも、プライドと言うものも在るし、怖いもの見たさ、とでも言おうか、串カツとでも言おうか、其れともライスカレーかもしれないが、どうしても自分で「いづみや支店」を体験せねば、気が済まなくなって仕舞っているのである。
この日は、某株式会社の面接が午前の十時からあり、其れは其れで、面接の感触も、まあ上々であり、何故か奇妙な偶然だが、二名の面接官の偉い方の方が、なんと内田百間先生のファンであり、百間先生の作品である「まあだかい」等の映画をも見た、という方で、面接試験とは全く関係の無い百間先生の話で三十分以上も話し込んで仕舞い、予定は一時間の面接試験であったのだが、なんと二時間も話し込んでしまって、面接試験が始まったのが午前十時、終わったのが午の十二時と云う、なんと二時間にも渡る面接試験になってしまつたので或る。
そんな面接試験を終えて、こちらはどうかと云えば、腹が減ってグーグー鳴るし、二時間にも渡る緊張が続いたせいか、どっと疲れが出て、我が絶品「ピイスライト」に火を付け、なんだか独り事を言いたくなって、ああ、ヤレヤレ。などと言ってみたりして、ヘロヘロな状態だったのだが、この後には「いづみや支店」に行かなければならず、ヘラヘラしている場合ではないのであった。
兎に角、腹が減っては戦は出来ぬ。我がバンド、と言うよりも、エス・トリップスの一員であるかえで穣に、面接が無事終り、是非錦糸町で待ち合わせをし、焼肉屋で精とイキオイを付けてから、大宮「いづみや支店」に向かいたい、と、その旨を携帯用電話機を使い、電子書簡を送った。
かえで穣との待ち合わせは14時に錦糸町駅北口。そこから目の前にある焼肉屋「三千里」へ向かう。ここのランチは安くて美味い。かえで穣はビールを飲み、焼肉ランチのドンブリ飯をペロリと食べ、俺はおかずのみで瓶ビール(サッポロラガー・大瓶)を飲み、ウーロンハイを二杯飲んだ。これから「いづみや支店」に飲みに行くのに何故か、とお思いだと思うが、是ぐらいのイキオイと精をつけておかねば、またもや華毛が全部脱毛してしまい、「禿華毛」になってしまう恐れがある為、其れを避けるための入念な準備である。
外笑との待ち合わせは、「大宮駅・豆の木前16時30分」で或る。時間はまだ充分に有る、と、思い、ノンビリしていたら、なんだか、さっきの面接の疲れが、どっと出た。
「もうそろそろ」と思って、錦糸町駅ビル4階の本屋で内田百間先生の著作を、かえで穣と一緒に冷やかすが、かえで穣がお目当ての、オビ付き初版の「冥土」が無い。「冥土」は置いて有るのだが、オビが付いていないのだ。「冥土」には百間先生と芥川竜之介が登場する、名作「山高帽子」が収録されている。俺にはオビなど必要無いし、初版でも十版でも、読めれば関係ないので、その「オビなし初版・冥土」を千円で購入した。
そして、俺とかえで穣は、いよいよ意を決し、腹をくくり、ナナメになった眼鏡をキチンと直し、大宮に有る処の「いづみや支店」に向かうのであった。
(続)
※内容が濃くて一度に書き切れない為、詳細については取り纏め次第、掲載します。
●4月16日(金)
小生は云わずと知れた正真正銘の貧乏人で或る。
財布の中などは何時覗いてみても千円札が七、八枚と、あとは硬貨がちらほら入って居るだけで、こんなものは何時まで覗いて見て居たって、増える訳が無いのだが、小生は、普段の生活で外食を殆どしないので、まあ、煙草銭と、後は、弁当のようなものを、一日一食、喰うぐらいで、是は握り飯の時もあれば、天婦羅うどんのようなものの時も或る。
酒は、近所の卸問屋で一番安い二リットルで八百円、という焼酎を、これまた二リットル百六十八円の烏龍茶で割って飲む程度で、酒肴代にしたって大した金額にはならないものだから、この街に棲む事は、気楽なものであり、財布の中のお金は、何時みても大して変わらない金額なので或る。
たまに贅沢をしようとするなら、バンドの仲間と安酒を居酒屋で飲むぐらいで、女の色香が噎せるような場所には近付きもしない。
現金などというものは、小生の性格からして、持っていれば珍妙な古着を見つけては買い込んでみたり、昨日のように、以前から探していた百間先生の本を見つけたりすれば、有頂天になって買い込んでみたりするものだから、わざと現金を持たないようにしているのだ。
其れに、その七、八枚の千円札も、何やらかんやらで使ってしまい、残りは一、二枚となってしまうときもあるのだが、最近では給金が振込になっていて、其の小金は、是、郵便貯金や銀行に振り込まれるのであるが、其れを引き出そうとすると、銀行にいかねばならず、また、銀行などと云うものは、何時でも人で込んでいて、千円札十枚を引き出そうとすると、長蛇の列の行列に並び、何やらややこしい機械の操作をして、引出しの手続きをせねばならず、そうすると、お金を引出しに行くのがとても億劫であるし、行列に並んで苛々するのが厭なのである。
其れならば、一度に何萬円と引き出しておけば良いのであるが、そうすれば、さつきのはなしのように無駄遣いをしてしまうものだから、小生が引き出すのは、いつも千円札が十枚、と決めているのである。
しかし、この預金も増えたり減ったりするので性質が悪い。それでは、何故、増えたり減ったりするのか、というと、預金を増やすには仕事をせねばならないのは解かっているのだが、誰も仕事をくれないからである。こないだまで勤めていた勤務先には、嫌気が差してやめてしまったし、是は自分で買って出た貧乏なのだから仕方があるまいが。
できれば、バンドが売れて、その樂曲を人前で演奏したり、樂曲を樂曲集などと取り纏め、是を販売したりして得たお金や、雑文が幾らか貯まって、是を随筆集などと取り纏め(なんでも取り纏めたくなる人だ)、売文して得たお金で生活できれば一番いいのだが、小生にも欲が或る。是は、何かが欲しい、などという物欲では無く、こんどの欲は、やりたい事業がある、というものだから、是はお金のかかる事であって、其れ程のお金を稼ぐには、勤めに出なければならず、また、そうせねば、お金は貯まらないのであるが、勤めに出たくとも、誰も会社に入れてくれないので、是は困ったものである。
そんな貧乏人が、一冊千円から千二百円もする百關謳カの著作を買い込んでよいのか、などと、叱られそうだが、是は良いのである。それは、良い著作ならばひとの心を豊かにし、其の感触から、発想や創造、などの産物が生まれ出てくるからである。貧乏しようとも、良い創作品を手にすれば、其れは人の心を豊かにし、また、そこから創造が始まることも有るからだ。
洗うが如く清らかな貧乏人には、未来の夢が与えられる。本当の貧乏人とは、お金に縛られ、守銭奴となったものである。お金のためのお金となった人間が何かを創造する力を持っているとは、到底思えないものだ。預金通帳の残高が、人の創造力を働かせるとは到底思えない。
貧乏人は、猫が喜ぶだろう、と思い、二百円の猫の爪とぎを新しいものに買い換える。其れを添付のまたたびと共に猫に与え、猫が狂喜乱舞する姿を見ながら酒を飲む。是がささやかなる貧乏人の楽しみなので或った。
●4月15日(木)
〜で或る。さふして小生は、事或る度に本屋に寄り、内田百間先生の著作を探してゐたので或るが、是は、なんといふものか、何処の本屋を探しても一向に見つからず、又、見つかる気配すら無く、まあ、滅多に見つかつても、其れは極稀に一、二冊程度本屋に置いてあればまだましであるやふなものだから、小生はもどかしい思ひをしながら日々を過してゐたので或る。
そうしてゐた小生で或るが、今日は、昨日の雨も止み、天気も良いよいことだし、最近の普段の生活は多少の運動不足気味であるから、大島八丁目の辺りを左の方へ曲がつた、改正通りの処に或る「ツタヤ」とか言ふ本屋の辺りまで散歩がてら、本でも冷やかしにでも行こう、という腹で出掛けたのだ。
小生は、「どうせこんな本屋に、百間先生の著作など有る訳無い」と腹をくくつてゐたので或るが、是は大間違いで在った。
なんと内田百間先生の著作が再編され、発売されてゐたのだ。
小生は、あまりの驚きに多少狼狽し、しかし、すぐに気を取り直して、其の中から二冊を選び、会計を済ませ、急いで帰宅するのであった。
文庫本に挟み込んであつたチラシに拠ると、「内田百間 集成 全24巻毎月一冊配本」となつて居て、現在、最新の配本は19巻で在るらしく、未だ全巻は配本されてないらしい。早速、内田百間探検隊の隊長であるかえで穣に携帯用電話機から電子書簡にて、証拠品二点を押収した、との旨、連絡を取つたので或る。
自宅に着いて、本を広げると、添付のチラシが何やら折り込んで或る。其のチラシをよく読んで見ると、「ノラや」などは既に発売されているらしい。小生はあまりのショックに、「う〜ん。バタッ!」と倒れる所だつたが、何とか気を取り戻し、先生の著作を読むのであつた。
そして、その著作は傍らに置いた酒を忘れる程、無茶苦茶に面白かつたのである。しかし、夢中で読み進んで行った処、折角買った二冊ともあっと言う間に読み終えてしまつたのであつた。
そこで、小生、今度は「ノラや」などの著作を買い求めに、わざわざ乗合バスに乗り、国電の亀戸駅まで出掛けていつたので或る。そして、別の著作三冊をも入手したのだつた。
本を取り、会計の手続きをして、また乗合バスに乗り、帰宅すると、猫が網戸越しに遠くの烏を眺めてゐたのであるが、なにやら、猫は、「ノラや」の入つた袋に目を付け、其の周りをぐるぐると回つてゐる。是は、何か、気配を感じたのかも知れぬ。
小生は風呂に入り、綺麗に髭を剃り、頭も身体も洗い、風呂から出てくると、猫はまたもや烏である。
小生にはよく解からぬが、猫には猫の思案があるのだらふ。小生はこれから、傍らに酒を置き、先生の著作を拝見しようといふ処である。
※今回入手した著作
「ちくま文庫 内田百間 集成 全24巻」うち
「6.大貧帳」 「7.間抜けの実在に関する文献」「10.ノラや」「13.爆撃調査団」「16.蜻蛉玉」
●4月14日(水)
う〜ん。う〜ん。う〜ん。ネタが無いよう。ん〜。ん〜。ん〜。
かえで穣から「ネタが無い事をネタにしたらどう?」というメールをもらったけれど、そのネタすらも無い。
思うのは、ラーメンが喰いたいが、バンライのねぎチャーシュー麺にするか、ラーメン大學のタンメンにするか、それとも握り飯を喰って寝てしまおうか、と言った処がせめてものネタになりそうな処で或る。しかもバンライに至ってはトンコツスープで、量も並、中盛り、大盛りとあり、小生はいつも中盛りをオウダアするのであるが、うむむむ、是はどうしたものか。
それとも、最近では野菜不足気味であるからして、ラーメン大學に行ってタンメンを喰ったほうが良いのではなかろうか。しかし、それでは味があっさりしすぎて物足りなさを感じるのではなかろうか。しかし、ラーメン大學のタンメンの野菜の盛りは大盛りで、是を喰いきる事ができるのであらふか。
むむむむむ・・・悩む小生である。どちらを喰ったかは、明日ご報告致す所存である。しかし、ネタが無いと、こうもつまらぬ書き物になってしまひ、困惑する小生である。
●4月13日(火)
あまりにもネタが無いので「ああ。俺はネタが切れたこのままで余生を過すのだなあ。」などと思っていたら在りました。ネタ。
其れはローソンの「鍋焼き天ぷらうどん」。
今日俺は腹がへって居る訳でも、特に何かをモリモリと、食うような食欲が在る訳でも無く、しかし是では身体が衰弱してしまふので、せめて何かカロリーの在るものを口にせねば、とおもいつつ、コーヒー牛乳でも買おうかと、近所のローソンへ出掛けていった処、小生は「鍋焼き天ぷらうどん」と遭遇するのであった。
「こ、これは」と小生は思ひ、其の「鍋焼き天ぷらうどん」とコーヒー牛乳を手に取り、レジのおねいさんの処へまつしぐらとむかつた。
家にかへり、「鍋焼き天ぷらうどん」の包装を全て剥がし、添付の薬味や、つゆをうどんの入った鍋に注ぎ、中火で火にかける。待つ事4、5分。鍋は「ぐつぐつ」と音を立て、煮えたぎった様子である。しかし、小生は其れだけでは気が済まぬ。滋養をつけようと、その煮えたぎった鍋に生玉子を一個、投入したのだ。
饂飩というものは、その麺のコシがどうのこうの、などと、ヤイヤイ云われているものなのだが、こちらとしては、身体になるべく消化吸収されやすいやうに、やわらかいものを喰いたいのであつて、即ち、コシ等は一切無視して、コシが無くなり、饂飩がヘロヘロになり、投入した生玉子がとろ〜りと成るまで煮込む。
そうして出来あがつた「鍋焼き天ぷらうどん」。
是を「ふぅふぅハフハフ」とやりながら、ズルズルと喰らふ。つゆの味が染み込んだ饂飩には、とろ〜り、となつた生玉子を、更にとろ〜りとからめて、其れを喰らふ。
また、「天ぷら」とは言っても、唯のかき揚げなのだが、それも煮込みすぎて、でろでろになつたものを、饂飩に絡めて、ハフハフと喰らう。つゆもズルズルと啜る。
全部喰い終った処で、程良く冷えたコーヒー牛乳をごくごくと飲む。
是が誠にもつて、美味かったのである。
●4月12日(月)
(著作物倫理規定に抵触するため、削除いたしました。)
***
こまつた事に、かえでさんの蛇嫌いが治らぬ。是はどうしたものか。困惑する小生で或り、一難去って又一難で或る。
●4月11日(日)
(著作物倫理規定に抵触するため、削除いたしました。)
●4月10日(土)
(著作物倫理規定に抵触するため、削除いたしました。)
●4月9日(金)
自分の「精霊流し」のことを考えてみた。
外笑、勝麺、かえでさん。この三人には是非来てもらいたいものだ。後は、昔一緒にバンドをやっていた草木インド、スーパーギタリスト・ハゲの岡田、郵政公社のスティーブ・ルカサー、かずお(ヤブリン)君とその奥さんの美智子さん。オーストラリアに行ってしまったチョースケ。
後は、佐川急便の亀井とその彼女の谷塚、となると大日向も来るな。後は、関満(セキミツ)とかムショ上がりのイッチーとか変態のオノズカとか。となると、将さんとか奥井さんの関係で10人くらいか。あ!江尻さんとか愛ちゃんも来るかも。となると、鳥越とかも来るじゃんか。結構来るなあ。
皆のために今のうちに金稼いでおかないと。「いづみや」にも未だいってないし。
●4月8日(木)
近所のディスカウント・ストアーで何の気なしにフルーツ味のアイス(棒状のもの・一箱17本入り)を買ってきて、「フン。こんなもの。」と馬鹿にして一本食べてみたら、これが一本じゃ止まらない。連続で6本も食ってしまった。しかし、所詮17本入りで¥280円の一割引きだから、6本食ったって、たかが知れている。無くなったらまた¥280円の一割引で17本買ってくれば良いだけの話であって、俺にしてみれば、ささやかな贅沢である。食う前の袋に入った状態のアイスを、寝ている猫に「ひや〜!」と言いながらくっつけると、猫は露骨に嫌そうな顔をして逃げて行く。あたりまえか。
●4月7日(水)
隣人で或る処の娘、昨夜男を連れ込んだらしく、本日未だ朝も早いといふのに朝からハアハアで或る。
小生、熟睡中の処をハアハアの声で起され、誠に寝覚めの気分が悪い。また、隣の娘の身体をきづかふと、是はいけない、こんな早朝からハアハア等といふ行為をしてゐたのでは、オペペがスゥ〜スゥ〜風邪を引いてしまふ。そう思いつつ小生は、二度寝をせやふと暫く様子をうかがつてゐたので有るが、ハアハアは一向に止む気配が無い。なにせ若者のハアハアは停まる処を知らぬ。
誠に以って頭に来た小生は、オウデイオにヘツドフヲンを突込み、シイヂイのトレイに「アイアーン・メデーン」と云ふ重金属音樂を演奏する樂団の作品を装填し、ボリウムは十二時の方向へ上げ、「再生」のスゥイッチを「ぽっち」と押した。ヘツドフヲンの向きは勿論身体に装填せずとも音樂が良く聴こへるやうに、耳に当てる部分を外に向けたまま外に置きつぱなしで或る。
何故ヘツドフヲンを使うのかといふのは、直接スゥピィカから音を出したのでは、隣近所に迷惑に成るであらふ、といふ心使ひからで或る。しかしヘツドフヲンを使おうが、其れを頭に耳に当てなければ、何の防音効果も無いので在るが。
「アイアーン・メデーン」の演奏する重金属音楽は効果絶大で、三曲目に差掛ろうといふ処でハアハアの声は聞こえなくなり、其の後小生は、猫と一緒に、ゆつくりと二度寝をしたので或るが、今度は「アンスラークス」や「パンテイラ」等でも試してみたいと思ふ。
●4月6日(火)
ヒマだ。ネタになるような事もない。身体も何ともない。ネコもヒマらしい。なんかないかな〜。と、思っていたら有りました!
「足の裏ツボマッサージ」自分でやるには、あぐらをかいて座り、もむ方の足の裏を上にします。そして足の裏にヒジをつきたて、もむ!もももむもむももむもむもむもむ!グリグリともももむもむももむ!!!
最初は痛いけれど、そのうちだんだん痛くなくなってきます。もみ終わった後は気分爽快!是非お試しください!
●4月5日(月)
アル中の退薬症状(いわゆる禁断症状)には、振戦(手指の震え)、不安・焦燥感、幻聴、幻覚などがあるが、今回は振戦と不安・焦燥感が出た。この中で震戦、これは酒を断って三日目の今日で消えた。逆流性食道炎の症状も消えた。残るは不安焦燥感だけなのだが、これは退薬症状の一部という見方よりも、酒を断ったことにより、「仕事が決まらない」という現実の問題がよりリアリズムを増して自分にはっきりと投影されることが、心理的な原因として、自分の中で起きているのだと思う。
この「不安・焦燥感」というものを解決するには、誰それに頼み込んで相談して見たり、薬に頼ったりしても問題の根本的な解決にはならず、これは、この問題(この場合は仕事が決まらないということ)を自分自身の力でクリアすることが解決への唯一の道だ。それによってのみ、つまり自分で解決できる問題は他人を一切介入する事無く自分で解決する、といった事を重ねる事で、自分の精神は鍛錬され、そして其れを繰り返すことで、他への依存を打ち破り、自分の力量や裁量で物事を進める事の出きる強い精神ができ上がってゆくものなのだ。
今回の場合は、「決まらんもんは決まらん。相手は生身の人間で、人を一人採用するということは、企業にとって重大な事であり、一日二日で答えなんぞ出ぬ。」と、ある程度の「開き直り」を以って腹をくくるしかなく、また、焦っても大した結果は出ないに決まっている。そう思って、近所の神社などを散歩したり、一度読んだ本を読み返してみたり、会社訪問を繰り返してみたりしながら良い仕事が来る時を耐え忍んで待つしかない。もう、失敗は許されないのだ。
何にせよ、自分の行動を第三者の目として冷静に見ることが出きるようになった事だけは確かな事だ。それだけでも十分な価値があるとおもう。
●4月4日(日)
昨日から何か喉につっかっかる感じ。これは、逆流性食道炎の症状だ。ということで酒を飲む事を控え、養生することにした。そうしたら今度はアルコールの身体的・精神的依存、いわゆる「アル中」の禁断症状が出てきて、これがまた辛いのなんの。しかし此処は酒を飲まずに抗不安剤をのんで乗り切るとしよう。此処で飲んだら俺の負け。廃人になってしまう。愛する人達もたくさんいるし、やりたい事だってたくさんある。俺はまだまだ負けるわけにはいかぬのだ。
●4月3日(土)
こんな事があらふか。仕事がなかなか決まらぬ為に平日が待ち遠しい。しかし会社選びを焦って決めても善い結果は出ずに失敗をするだけなのだが、こうも決まらぬとは誠に癇に障るもので、座布団の上ですやすやと寝ている猫をつついてみたり、しつぽをぐるぐるしてみても、これまた猫の反感を買い、手を齧られたり、ひつかかれたりするだけで、自分が痛い思ひをするだけなのだが、飼い主の私が、仕事が決まらず苛々して居るといふのを少しでも猫に解かつてもらいたいものだが、其れは無理といふものだ。
そして、猫といふものは、飼ってみるとよく解かるのだが、眠つてゐる時の愛嬌と、多少の悪戯が唯可愛いだけで、其れだけで飼い主から餌を与えられ生きてゆける誠に狡賢いものなのだが、其れもまた憎めない生き物で或る。
●4月2日(金)
外笑の通ふ処の大宮に或る「いづみや支店」たるや、小生その風貌に恐れを成し、入店出来ず。外笑の噺に拠るところ、その「いづみや支店」の販売システムたるや、奇奇怪怪であり、大宮と云ふ処の破廉恥の最と云うが故、誠にずっぽし紅海月たる曲の由縁を小生は感じた。
昭和初期の面影を持つ「いづみや支店」に恐れをなした小生は、一般人民が寄る処の「庄や」などと云ふ居酒屋に外笑とに行つてしまひ、「緑茶ハイ」等と云ふ平凡なものをオウダアしてしまつた事には、「いづみや支店」の怪は未だ以つて謎のままである。
「いづみや支店」にはいづれ行く事になるのであらうが、小生独りでは誠に恐ろしく、此処は外笑に案内を依頼し、小生は勝麺とかえでさんを同伴せねば、入店は叶わぬ事になるであらう。
●4月1日(木)
今日はエイプリル・フール。なんだけど、嘘をついたり冗談を言ってる場合じゃないんです。
●3月31日(水)
春の日差し。こんな日にショーチューのお湯割りは似合わぬし、飲みたいとも思わぬので、今日からショーチューの緑茶割り。これがけっこういけます。緑茶はキリンの生茶で。鶏のから揚げなんかと一緒に。焼きうどんの季節はなんだか終わったようで、これから曲をバンバン書きます。
●3月30日(火)
誰かに恋をするたびに何度も想うのだけれど、恋をしている最中は楽しい事もたくさん有るし、辛い事だって山ほどある。そしてそれらはいつもの、つまり恋をせずにいる時の人生の楽しさや辛さと比較すると、楽しさも辛さも何倍にもなって自分に跳ね帰ってくる。これを恋の痛みとするとしよう。
ならば、俺は恋をするたびに、その重圧な痛みに耐え切れず、夜な夜な酒を飲み、街をほっつきあるき、笑い、泣き、血を流し、どんどんボロボロになってしまう。そして、「もう恋なんてごめんだ」と、いつもそう想う。
そう想うのだが、恋というものはまさにいきなり襲い掛かってくるもので、昨日まで何ともなかったのに或る日を境に自分の中で奇妙な変化が訪れ、「あれっ?」と思ったときにはもう時すでに遅し。で、病に似た恋の痛みを抱え続けることになってしまう。
そして、その痛みだけが自分を支える杖のようなモノになってしまい、まことにタチが悪い。そして、この病に効く薬は今のところ皆無である。
●3月29日(月)
我が道を この途のみと辿りつつ
ゆけば春日に照らされて 咲いた蕾に早春の香り
其処には君の残り香と さつきの君が重なつて
君にも我にも春来たりてと 我に寄り添う君に願ふ
●3月28日(日)
ヨドバシカメラ錦糸町店に行ってきた。プリンタのインクと電話の子機の電池がもうダメになってきたから新しいニッカド電池を買ってきて、交換しようという腹だ。
買い物はとっとと済ませて、自分が欲しいものを見る。パソコンも今度はMACに買い換えようと思っているので、店員に隠れてこっそりMACのコーナーにへばりつき、長時間操作しながら操作方法を修得してしまおう、という作戦を現在展開している。今日も俺は、小一時間程MAC・G5にへばりついてた。
それとオーディオ。これは上を見ればキリがないので、「ふむ。俺だったらアンプはコレでMDデッキはこれで。CDプレーヤーはDVDに付いているからいらないとして、問題はDVDプレーヤーだな。コレはやっぱりHDDが付いていて・・・」などと勝手に見積りを始める。洗濯機や冷蔵庫も一通り見て回る。見積りも一通りする。
「ああ、俺は物欲の塊で、今は欲しいものばかりだ。引越しするまでガマンガマン。引越しするときに一気に買うから、もうちょっと待っててね。」などとブツブツ言いながら、自分を戒める。
ヨドバシに飽きたら、四階の本屋へ。ここでまたハマる。今日は東海林さだお先生の「まるかじりシリーズ」の新刊「どぜうの丸かじり」を買ってしまった。
ウチに帰ってきて「どぜうの丸かじり」を読みながらショウチュウを熱湯で薄めたものに梅干を入れ、昼間っから飲んでしまう。早く読み終えないと、また隣りでハアハア始まったら本を読むどころじゃなくなってしまうからだ。
●3月27日(土)
今日は内科に行って前回の検査結果を聞いてきたのだが、俺の担当の女医曰く、「どこも悪くないですね。検査の結果は正常ですよ。」嘘をつけ。俺をごまかそうたって、そうはいかないぞっ。
「センセィッ!中性脂肪も肝機能も正常なんでつか?」
「ん〜?中性脂肪がちょっと高いけど、これぐらいなら正常値ですね。」
「センセィッ!そんなのおかしいでつ!生化と血算をもう一度検査してみてくださィッ!あと、リパーゼとトリプシンも診てくださいぃっ!」
「ん〜?なんでおかしいんですか?正常値なんですよ?」
あたりまえだ。こんだけショウチユウを飲んでいるのに、検査血が正常なんて異常だ。明らかにおかスィ。だから検査しておきたいのだ。しかし「酒飲んでるから心配でまた検査したい」なんて医者に言ったら何をされるかわからぬ。そんなこと口がさけても言えぬ。だから、「心配なんでつ!」と言ったら。そしたら、医者が
「じゃあケンサしまつか?三週間後にまた来てくだサィッ!」
俺は「わかりまスた!がくっ。」とがっくりうなだれて処方箋をペラペラと持ち、ペラペラと薬局に薬をもらいに行った。
●3月26日(金)
隣に女が引っ越してきたのは別にいいんだけれど、たまに男を連れ込んでいる。それも別にいいんだけれどハアハアの時の声が煩い。今度ハアハアやりやがったら、オーディオのボリュームを10にしてアンスラックスを鳴らしてやる。よ〜く憶えてやがれ。
●3月25日(木)
今更親を憎んだってしょうがないし、俺の方から絶縁した親戚を憎んだって仕方ない。このやり場のない怒りや、壊れた気持ちはいったい何処に埋めればいいのだろうか。
●3月24日(水)
スィ〜スィ〜ス〜ダララッと仕事を探していたら、昨日「明日面接に来てね!」と一社アポが取れたので、面接に行った所、その会社メケェッ!あ、失礼致しました。と同名他社が一社あり、ついうっかりソッチのゼンゼン関係ない方の会社に行ってしまう、といった「スカ」をやらかしてしまった。
「間違えて遅れます」と、その旨の事をそのことを実際に面接に行った会社の面接官にお詫びし、よくよく話してみると、メケェッ!メケェッ!いや、失礼致しました。「いやあ。良くあるんですよ。ウチもドメイン取られちゃったし」と面接官は残念そう。
面接メケェッ!メケェッ!メケェッ!あ、失礼致しました。ワタクシ最近生活がみだれ気味なもんでもうし訳・・・メケェッ!ありません。ゴホン。面接自体はまあまあの出来で、あんな会社で仕事できたらいいなあ。と思いました。
それでは皆さんご一緒に。「メッケメケェッ〜!!!」
テレビでいかりや長介さんの遺影を観ると、やっぱりあの人は生粋のベーシストなんだなあ。と思いました。あのベースを弾く真剣な表情はどうだ。ベースをカッコよく弾いている姿が遺影でよかった。最後の最後にカッコいい姿を見せてくれてありがとう。
●3月23日(火)
「書くんだ。『本日のポキール』を。大丈夫だから。落ち着いて、息は・・・そうそう。ちょっと注射するからね。手をぎゅっと握って。そうそう。ちょっと『ちくっ』とするからね。」
「フサルサ。モリッサ。モプドッサ。ベジガラムプンゴットドウン。ヨピ。マレテッソジャンヂュマッステンムフムッ!フムッ!フムッ!」
* * *
大阪ではスパゲッティ・ナポリタンのことを「紅うどん」と呼び、扱いとしては関東でいうところの「焼きうどん」または「飯のおかず」と同じである。
昼飯時には労務者風のオッサンが「おねぇちゃん、ワシ紅うどんの大盛りとミニカツ丼のセットや」「ワシは紅うどんとかやくご飯の大盛りや」というふうにつかわれる。そして、それらには必ずアイスかホットのコーヒーが付いて来る。本当である。
な〜んて全部ウソに決まっとるやないかぁっ!
* * *
「ちゃうちゃうちゃう!曲がるその際目けだを左にからだおおむくっ!手ろ、か利じゃ℃ズボンンオア無さッム,似るワナノプ、べぶとらどむぎゅどでまじゃぽっ・・・ぽ!」
「センセィッ!患者さんがぁっ!」
「う〜む。だいぶ良くなってきているものの、これはどうしたものか。医者を呼ぶか。」
●3月22日(月)
今日実は、「紅うどん」について書こうと思っていたのだが、東京では寒さによりカラーテレビの画面が画期的な色になると言う現象が発生し、天才のワタクシは天災による事故を警戒した為、「紅うどん」の方は入手できたのだが「焼きうどん」の方をを入手できなかった。紅うどんについて語る為には「焼きうどん(もしくは鍋焼きうどん)を入手し其れについて研究しなれば成らない為、「紅うどん」について語る事は別の機会に譲る事にしたいと思う。
●3月21日(日)
いかりや長介さんが死んでしまった。享年72歳。
この、なんとも言い表せない驚きと悲しみに似た想いは、ハナ 肇さんが亡くなった時に初めて体験したもので、その日もバンドのリハに行こうとうどん食って、地下鉄に乗ろうとしたところ地下鉄の売店に山積みされた夕刊紙の一面に、デカデカと「ハナ 肇さん死去」と掲載されていた。それを見たトタンに「えぇっ!?あのヒト死ぬの?」とまず驚き、其れが収まって落ち着きを取り戻した頃に悲しみが襲ってくる、というものだ。
人間は何時か必ず死ぬ。ハナ 肇さんだっていかりや長介さんだって人間だから、何時かは必ず死が訪れる。訪れるのだが、「ゲバゲバ90分」や「8時だヨ!全員集合!」といった番組をリアルタイムで観ながら育ってきた俺には、その対象の「死」が一体どう言うものなのか理解できないのである。ただ今確かなものは、楽しい時代のひとつが終わってしまったという俺の勝手な思い込みだけだ。
72歳かあ。もうちょっと長生きしてほしかったなあ。でもこれはしょうがない事で、他人がとやかく言うものでは無い。そして、エストリにも同じことが起こるのは間違え無い事なのだ。子供の歯が抜けていくように一人づつ死んで行く。これは、出逢いがあれば、絶対に別れがついてくることと同じだ。だからと言ってビビッていたのでは何も出来やしないので、前に進むことしかしないでいるのだが。
いかりや長介さんは、きっと今頃、荒井 注(故人・元ドリフターズのメンバー)に「遅せえじゃねえか!バカヤロー!」などと文句を言われつつも再会の酒を酌み交わし、そこへ更に泥酔したハナ 肇さんが乱入したりして、怪しげな酒を怪しげな雰囲気の場所で飲んでいるんだろう、と思う。
いかりや長介さんが亡くなって、「もはやこれまで」と思ってかなり悲観していたのだが、まだ居たんである。残るはあとふたり。「ガチョ〜ン」とやってカメラのフレームを揺さぶる男と、例の、あのスーダラ男だ。早いとこ色々勉強しないと、教えてくれる人が居なくなってしまう。これにはアセる。
(いかりや長介さんのご冥福を心よりお祈り申し上げます。)
●3月20日(土)
ワタクシの最近の生活は、まず、メイドが淹れた朝の紅茶を飲み、手にインクが付かぬ様に丁寧にアイロンがけがされている新聞の経済欄に目を通すことから始まる訳など絶対に無く、今は一体何月何日の何時なのか、といったことを確認する作業から始まる。何故か。
それは持病のうつ病が悪化し、先日仕事を辞めてからというもの、格好がつかないもんだから仕事を探してさえはいるものの、医者に「当分の間、仕事などせずにブラブラしていなさい。うつの方はそのうち自然に良くなりますから。」という医師の指導も有り、「んじゃブラブラしてっか。」という結果を受け、こうなったものである。
しかし、そんな指導などされても、平日は皆働いていて俺の相手なんかしてくれる者は周りには何処を探そうが居るワケも無く、ヒマなもんだから昼の12時あたりからショーチューを熱湯で薄めたモノに梅干を入れたりして、其れを飲んだりしているワケで或るからして、そうなると昼の二時に一旦仮眠を入れて、夕方四時頃ムクムクと起き出して、夕方七時には鉄壁の酔っ払い、夜の九時には泥酔者と成っているからだ。
そして今日。「責任者出てこい!」と皆が怒りたくなるような寒さの中、久々のエストリが集まっての飲み会があった。
その中で意外であったのだが、「最近の『ポキール』は面白いねぇ。」という評価である。是は、家の中でおとなしく泥酔しているからまだいいものの、これが別のどこかの場所で泥酔していたと仮定すると、我が身ながら背筋がゾッとする。其れ程に泥酔し、或る意味、神がかった状態の身体に、更に何かが憑依しているような状態で書いたものが先週の「ポキール」なのだ。これは全くの「お筆先」で或る。それなのに皆が「面白い」という。これは、一体どう言うことなのか。
それは、何故面白いか、ということは謎である。しかし、最近あまり奇妙キテレツな人物やバンドや、読み物なんかもそうだけど、奇妙キテレツで人々の興味をかきたて、人気と評価を得るようなものが少なくとも少なすぎる、とこの男は思うのである。
だったら、自分で材料を買ってきて、調理して、はいどうぞ、と。こうするしかなくなってしまったのではないのだろうか。
よく検証してみると解かるが、確かに昔は何をやるのもそうだが、特にアーティスティックな分野では、ギャグひとつとってみたって、是は誰もが「お手本」を持っているわけでもないのだから、演るほうも必死なのであって、生活だって有る筈なのに、まさに手弁当で必死に自分たちの中でその価値を見出し、創造してきたであろうと思う。
明治、大正から昭和初期の頃の文士達の生活なども面白い。これはもうその隙間を垣間見ただけで変人の博覧会のようなもので、その生き様たるや、是は必死なんてものではなく、そのまま自らの生き死にに関わって来るようなもので、非常に興味深い分野なのだが、其の話をすると話が長くなるので別の機会に譲るとしよう。
今では時代が代わり、誰も彼もがレディメイドのものにそこそこの満足を得過ぎていて、それをもって「これでよし」としていることに、何か問題や危機感を抱く者は我々だけなのだろうか。
俺は自他共に認める奇人変人だ。でも発狂はしていないので基地外ではない。こんな輩がアーティスティックな世界にハマらない方がどうにかしている。其れを外から眺めている自分が居る事も自分で解かっている。その理由は、ただ単純に自分を眺めている事が面白いからだ。自分は金型から大量生産されたものとは明らかに違っている。自分がそう思いこんでいるだけで、「あんたは非凡ですよ」と言われたって元がねじれているのだから仕方ない。自分で自分を眺めながら、「この男は。この後いったい何をやらかすんだろう?」そう思って生きてゆくことしかできないのだから。
今在るもので満ち足りているのなら、そこからは何も生まれてこないし、何も出来ないと思う。だけれども、さっき書いた「既成の現実には満足できない」そんな考え方を持つ人間が寄り添って集まると創作が始まる。エス・トリップスも其の中のひとつだ。
そんな中に居る俺なのだ。こんな俺のような奇人変人が音楽創ったり文章書いてみたりして、そうすると、やはり誰かがどうにか、つまり、「面白い」「面白くない」「好き」「嫌い」「無理」などの評が下される。そうすると、「今度はどの手で行ってやろうか」などと目論んで、更に其れを、今までと違った思考や角度で練り直して、しつこいようだが音楽創ったり文章書いてみたりするわけだ。こんなことが面白くなくて一体何が面白いと言うだろうか。
俺はこんなに面白い事は一生やめないだろう。そう思いつつ、今日もショーチューを熱湯で薄めたものに梅干を入れたものを啜りながら、鬱だ鬱だと騒ぎながら、今日も生きて此処に居る。
●3月19日(金)
落ちつけ。「本日のポキール」をかくんだ。
lたう!だめえづっy!だってjnPD8823092iんfmんmfんふぁfdさっふぁあfだdふぁだああっだ!!!!
「ローソンの五目あんかけヤキソバはおいしかった」
「やればできるじゃないか。」
;「@;.「@4P3「DUP「@TP@P;。DRT。お2@T0.^お2−2.^50「@2435「4P5.D」2@P34「」D5P。」234@PD」。;43’’$$$$$$$$$$$$$$$$$$$$$$$$$$!!!
センセィッ!クスリの副作用が強過ぎマスッ!!!
●3月18日(木)
昨日ガタゴトと隣の部屋がうるさかったのは、新しいヒトが引越ししてきたからだったらしい。さっき「昨日隣の部屋に引っ越してきた●●(女性)です!」と挨拶のお菓子を持ってきた。
どうやら上京してきたばかりの女学生もしくは社会人一年生らしいのだが、あの落ち着いた雰囲気からするとどうやら女学生のセンは薄そうだ。となると社会人一年生のセンが濃厚か。
茶髪でもなく、黒髪を短くきちっとしていて、瞳は鹿の目のようでキリッと美しい。しかも清楚である。アレはアレだな。ホレ。文学だ文学。
しかし、キミ達は一体何を想像しているのかね?ああ、厭だ厭だ。ドイツもコイツも煩悩だらけだ。
ああ、俺も早く引越ししたい。
●3月17日(水)
スッパいものが食べたいっ!夏みかんなんて、思い出しただけでたまんないっ!もしかしたらニンシンした・・・そんな訳きゃないか。でもスッパイものが食べたいことに変わりに無く、食べたいものは食べたいっ!
●3月16日(火)
なんだか曜日の感覚がごちゃごちゃしている。テレビのせいでは無く、インチキIT土方会社のせいです。
●3月15日(月)
あと一週間。
●3月14日(日)
はて?今日は何かの日のだったような気もするのだが、はて?何の日だっけ?
●3月13日(土)
かえでさんが「あそびに行こう」というので14時ぐらいにランチを食って、カラオケ行って日本海庄屋に行ったら久々にすっかり泥酔してしまった。それよりも、二千円札に要注意。アレはたかだか二千円のクセしやがって一万円札より態度がデカく、ときたま一万円札と見間違える。二千円札なんてもうやめて回収すりゃあいいのに。
●3月12日(金)
くみチに創ってあげたパソコンに障害発生!原因はメモリのハマりが甘かったため、マザボがピーポー言い出した。障害はピーポー発生後約60分で復旧。パソコンをお求めの際は365日24時間オンサイトサポートの華電器へ!
(月額保守料:焼酎甲類2リットルから承っております。)
●3月11日(木)
この「ポキール」の日付と曜日を間違えている事をかえでさんに教えてもらって、日付と内容を合わせるのに一苦労した。まあ、これで間違っていたとしても、こんな寝言を纏めた日記なんぞは今年の大晦日でつじつまが合っていればそれは良しというものなのだと思うのだが、それよりも、コレよりも、、、
無いっ!ローソンで売っていた焼きうどんが二日も続けて無いっ!誰かが買い占めをしているのだろうか?それとも、この「ポキール」を読んで、俺の「焼きうどん症候群」を邪魔しているのかっ!?何故だっ!?
しかし、昼には無くとも夜だけは出しているらしい。何故だっ!?
まあ、全てはナゾのままだが、焼きうどんひとつあれば、猫のモモは添付の「かつおぶし」に狂気乱舞し、俺はコレさえあれば酒肴として十分なので全く以って都合がよろしい。「ひとつ頼むよ。焼きうどん君。キミには期待しているのだから。『かつおぶし』クンもキミも持ちつもたれつ、ここはひとつ仲良く頑張ってくれたまえ。」
(ちょっと東海林先生風。)
●3月10日(水)
3月になると春を意識した曲が多くなってくる。テーマは、春や卒業といったそのもの自体を歌った歌が多い中で、今日は何と「なごり雪」といった去り行く冬と、できたての春を歌った曲をひょんなことから聴いたのだが、うかつにも涙落してしてしまいそうだった。やられた。
●3月9日(火)
近頃、ローソンの焼きうどんとアイスモナカしか喰ってない。「アイスモナカ」はというももは、をのんっだ」」ァKS;JDッダSSSSJFF;アLSKJF;アLSKFJ;クィオフエQ2347809R6YCB189アDJFCン@9う4B9う@BBっブRペエB@@@!!!!!!!!!!!!
●3月8日(月)
いい感触。ホントにいい感触。何のことかって?むはっは。ナイショ。
●3月7日(日)其の二
昨夜、酔っ払ってかえでさんと電話しているときに面白半分で創ったブルースっぽい曲が本当に出来上がってしまった。どうしよう。
歌いだしは、
♪あなたかえでさん〜〜アタシは誰なの?〜〜アタシ深川のぉ〜酔っ払い〜だから〜せめて今夜はぁ〜無邪気に遊ぶのぉ〜この街の匂いが好きだからぁ〜ネェ〜ダ〜リン〜」とね。
と、まあふざけてみたけれど、「ブルース」という曲はそんなに簡単に出きる曲ではない。どういう経過を辿って「ブルース」が出来たのか試してみるが良い。そんなに甘いものではないのだ。アメリカ人は「ブルースは自分の国の文化だ」と思っている。或る日、其れを解かって欲しくて楽器屋を営むアメリカ人のブルースマンが、アジア人の俺に向かって「お前、何時まで此処にいるんだ。長くいるんだったら、いいブルースのライブがあるから、タダ兼をやるぞ」コレはハワイのダウンタウンでのライブだし、帰国は明日ということで丁重にお断りした。
とってももったいないお話でした。
●3月7日(日)
焼きうどん再び。焼きうどんを酒肴にして、飯はレトルトカレー。ゴハンは自分で炊く。最近、コレがいいカンジ。
●3月6日(土)
ローソンに行って、「ああ、そうだ今日はゴハンが炊いてあるんだ」と思い出し、その後、ふうむ。酒肴はどうしたののか?と考え込み、結局「焼きうどん」を買って帰った。この「焼きうどん」が絶妙の旨さで、ハマりそう。
●3月3日(水)ひな祭り
今年の桜の開花予想(東京)は3月20日だそうです。今年はみんなで花見にでも生きたいな。モチロン昼間っから飲みます。
●3月2日(火)
ハイ!久々のポキールです。今日は仕事が早く終わったので、近所のパチンコ屋さんを見学しに行ってきました。そしたらどうでしょう、この盛況は。満員御礼状態。なんだけど、出玉は昔と比べるとしょぼいしょぼい。ちょろちょろ。あれでも儲かるんですねえパチンコ屋さんというものは。みなさん、パチンコをやって誰が一番儲けているか知っていますか?答えは「パチンコ屋さん」です。ワタクシはパチンコなんてやる気にもなりません。
●2月22日(日)
朝8:30に目が覚めて、「うわっ!遅刻だっ!なんて言い訳しよう???」とよ〜く考えてみたら今日は日曜日だった。アタマに着たので朝酒をかっくらってやった。ざまあみやがれ。
●2月21日(土)
浅草寺のおみくじは「吉」か「凶」しかありません。「凶」が出たからといってムキになって「大吉が出るまでおみくじをひく」などという無茶なことは絶対にやめてください。あそこのおみくじは、凶か吉しかありません。確立で言えば二分の一。あんなものよりも、星占いとかゼロ学占いのほうがナンボかましです。ボッタクリの宗教法人に金を貢ぐようなことほどアホらしいことはありません。みなさん気をつけましょう。
●2月20日(金)
あー。疲れた。大阪出張。もう、いっぱいいっぱいだ。やっぱり自分の家が落ち着くし、無機質なホテル暮らしよりよっぽどいい。でもね、新幹線の「のぞみ」の700系というモノは、すごく乗り心地がよくてよかった。あ、そうそう。大阪でも堺のほうには、まだ牛丼を出す店があったので、牛丼ときつねうどんのセットを食った。なんだか、大坂という所は、何をたのんでもうどんかソバがセットになっていて、なんでだろ?
●2月15日(日)から2月20日まで大阪出張。
●2月13日(金)
16進数で6桁の乱数を出す事は出来たけど、テーブルに書き込むのと、重複チェックが、まるでわからねえや。あ、そうそう。義理チョコと義理まんじゅうを三時のおやつに仕事場の女の子がくれたんで、めんどくせえから両方いっぺんに食べたら、アタマが割れるほど甘かった。
●2月12日(木)
今日のお仕事は〜現在、顧客固有の様々な情報、つまり、ドコの店舗にはどんな機器が納入されていて、機器やファームのバージョンなどがバラバラに管理されているので、その顧客情報をデータベースで一元管理したい。だけど開発費は一切出ないからAccessで作って、と言われ、DBの論理設計と物理設計とテーブル設計をやった。
明日はVisualC++上でのDLL開発環境を俺のマシンにセットアップすることと、一意な6桁の英数字を、乱数を出力する関数を使用して出力し、DBの更新とDLL化する機能を上記のシステムに追加する。その基本設計と詳細設・・・・・。
コラァ!なんでや!?百歩譲ったとして、顧客情報はまだ許す。しかしなぁ〜モノには限度があるねんでぇ!営業のPCにVisualC++の開発環境があって営業がDLL開発してるなんちゅうのは、ドコの会社やねん!?ああ!?▼▼〆
●2月11日(水)建国記念日?
かえでさんと一緒に飯田橋のギンレイホールという、いわゆる名画座に二本立ての映画を観にいった。ここには以前かえでさんに誘われて行った事があるのだが、さすが名画座だけあって、映画の当たり外れが無く、テロリストのアクション映画ばかり好んで見ている俺のような人間が観ても、とても楽しめる映画をやっている。
今日も非常に興味深い映画二本を鑑賞してきたのだが、映画館を出るとそのチョット先には3本立て¥900円のアレを上映している映画館があった。最近あんまりアレには興味はなくなってきたのだが、あまりにも懐かしいのでついフラフラッと入りそう・・・にはならなかった。
●2月10日(火)
ファームが悪いのか、コンデンサの容量が多すぎるのか悩む。営業なのに。そして100回電源を入れたり切ったりして、どのエラーコードのエラーが何回出るかを測定する。営業なのに。
●2月9日(月)
ライブ疲れ抜けきれず。早く寝ます。(ホントはネタが無いだけです。)
●2月8日(日)
朝まで飲んでも飲み足りない。えーと。ネタがなんだかあったはずだが、わすれてしまった。金子さんネタです。(さてクイズです。「金子さん」とは誰の事でしょう?)
●2月7日(土)
ライブも出演していただいたバンドさんも打ち上げも良かったんだけど、何故か後味の悪いライブでした。ちょっと寂しい気もする。ヒトって変われば変わるもんなんですね。
●2月6日(金)
テンションを上げすぎたせいで夜眠れず、多少寝不足気味だけど、もっとテンション上げるぞ!
●2月5日(木)
もうすぐライブなので、今日ぐらいからテンション上げとこ。
●2月4日(水)
あのコかわいいなあ。
●2月3日(火)
職場のパソコンのフロッピーディスクドライブがぶっ壊れたので殺して再インストールでぽん!
●2月2日(月)
新しい職場へ初出勤。
まる一日かけて焼き直した自分専用のクライアント機をイケイケドンドンでいじくり回してたら、終業15分前に設定が全部ムチャクチャになってしまいブッ壊れたところで、初出勤無事終了。
●2月1日(日)
なんだか俺のPCがおかしい。ヘンだ。ブッ壊れる前にMacG5を、世界最速のG5を、美しいG5を手に入れねば。
●1月31日(土)
やっちゃんと一緒に個人練習。「俺に演奏できない曲などありえない」と自己暗示をかけて一生懸命練習すると、演奏がメキメキと上達する事がわかった。
●1月30日(金)
今、晩酌をしているのだが、さっき買った「アイスモナカ・抹茶」のことが気になって気になって、晩酌どころじゃない。
●1月29日(木)
「ハヤシライス」をくってみようか・・・と思ってやめた。
●1月20日(火)
う〜ん。休業。念セts仮に亭
●1月19日(月)
休業
●1月18日(日)
高校時代からの友人である「さっちゃん」と道で偶然出逢う。さっちゃんはあの頃のままで、さらさらの髪の毛がいい匂いだった。しかし、チャリンコにまたがった姿に色気は無い。しかし俺はそこに「女」を感じてしまった。ああ、さっちゃん。
恋したとしても所詮叶わぬ恋なんだけどね。
●1月17日(土)
金が無いのは首が無いのと一緒で鬱。「本日のポキール」一月分本日にて掲載終了。再開のメドは28日頃。
●1月16日(金)
明日ホットショットに行って、もうひとつのバンドさんにオファーをかけに行ってきます。
●1月15日(木)
モーだめ。疲れた。モー寝る。
●1月14日(水)
今度の二月七日(土)のライブなんだけど、この際、イケイケドンドンで突っ走っちゃっていいかなあ?ってか、もう歯止めが効かなくなっているんですけど。いいやいっちゃえイケイケドンドンで。メジャーもインディーズもヘッタクレも、もう関係ねえや。やっちゃえやっちゃえ。それぐらいでびびってどうする!?要はキアイだ。自分のキアイに負けたらそれで終りだ。俺は絶対負けないぞ。
●1月13日(火)
桃屋のイカの塩辛でゴハン二杯。(特に意味はありません)
●1月12日(月)成人の日
ひとの悪口を言うのはあんまりいいことじゃないよね。醜い、下劣な行為だと思います。みんな一生懸命生きてるんだからさ。
●1月11日(日)
かえでさんと電話で話しながら昼酒を。その結果、日本に居ながらにして「時差ボケ」を体験できました。夜中の一時と昼の一時がでんぐり返っていたのは、全て「もけけ」のせいです。
●1月10日(土)
ユーミンの曲で「埠頭を渡る風」という曲がある。名曲である。夜も過ぎて、明け方独りで街を歩いている時にこの曲がふっと頭に浮かんできて、それからそれが頭から離れない。しょうがないから「埠頭を渡る風」を小声で歌いながら帰ってきた。途中で泣きそうになったけど、絶対に泣かない。
過ぎ去れしあの頃に、純粋無垢な気持ちで俺に向かってきたあのひとに対して、まともに応えることが出来なかった俺のような与太者にお似合いの天罰は、こんなふうに下るのだ、と思った。
●1月9日(金)
面接でちゅ。自分では、まあまあの出来だったと思うけど、強敵がいるかもしれないので結果は判らないんでちゅ。仕事自体は、ウラ社会を見ることが出来るかもしれないような、面白い事をしている会社でちゅ。でも、ちゃんとした店頭公開企業でちゅ。結果が出るまで、10日待つんでちゅ。(この男は、とうとう脳天に春がきたか?)
●1月8日(木)
うちの猫がストーブの前で居眠りしながら夢を見ていたらしく、「ぐるるるぅ〜」と唸っていたので、「ホレホレ」と言いつつ眠りから起すと「シャーッ」と言った。余程嫌な夢だったんだろう。今は正気を取り戻し、またストーブの前で寝ている。
●1月7日(水)
扁桃腺炎治ったかな?チョット引っかかる感じ。でもウツ。今週土曜にウツの具合を診てもらう予定です。
●1月6日(火)
のどのほうは治りつつあります。でもウツからどうしても出られません。私はどうしたらいいのでしょうか。
●1月5日(月)
医者に行って腫れた扁桃腺を診てもらったら「こんなに腫れた扁桃腺は初めて診た!」と言われた。よかったねえ先生。珍しいモノみれて。強力な抗生物質と炎症止めを処方してくれた。
●1月4日(日)
ノドが腫れて痛いため固形物がノドを通らないので、納豆に玉子をかけてズルズルにしたものをズルズルとたべた。
●1月3日(土)
扁桃腺が腫れて熱が出始めた。
●1月2日(金)
勝手にしやがれアホンダラッ!つまんないから、もう酒飲んでねるッ!
●1月1日(木)元旦
一年のなかで一番不愉快な今日という日。